第15話 王の半分
監査局から宮城までは、馬車ではなく徒歩での移送だった。
逃亡を警戒しているのか、あるいは都の中心部は車が入りにくいのか。どちらにせよ、私は護衛二名、先導一名、ハルヴァ、ネム、エナと一緒に大通りを進むことになった。
王都の中心へ近づくにつれ、通りの幅は広がるが、人の密度はかえって薄くなる。庶民の市場や露店は減り、石造りの大きな建物が増えた。祈祷院、記録庁、兵站庫、貴族の館らしき塀高の屋敷。どれも上へは伸びず、横に重い。
宮城が近づくと、街の音が少し変わった。
雑多な生活音が減り、代わりに規律のある音が増える。
靴音、鐘、報告の声、遠くの訓練場の掛け声。
中心へ行くほど、人間の自由な雑音が削られていくのだ。
巨大な門の前で一度止められ、通行証を照合される。
そこで私は、門衛の肩章が全員、白糸で縁取られていることに気づいた。
「王都兵は半喪だって言ってたな」
私はエナへ小さく言った。
「宮城の連中も?」
「はい」
「王が半分死んでるから?」
「そうです」
私はため息をついた。
「本当に“半分”で社会回してるんだな」
「王だけではありません」
エナが答える。
「この国のものは大体、どこか半分です」
「何それ」
「生と死、名と席、信仰と行政、赦しと処罰」
「便利な言い方だな」
「便利なのは、だいたい長生きします」
門をくぐる。
宮城の内側は、王都の市街よりさらに静かだった。石畳はきれいで、掃き清められ、脇の木々も低く刈り込まれている。遠くに見える本殿のような建物は、想像していた王宮の華やかさとは程遠い。美しいというより、巨大な葬祭施設に近い。白と灰と黒だけで構成された塊。窓は少なく、壁が多い。
「王が住む場所っていうより」
私は思わず言った。
「埋まる準備してる場所だな」
「近いです」
ネムが答えた。
「宮城は、居住と埋葬と政務が分かちがたく重なっています」
「最悪だな」
「王都の中では、もっとも王都らしい場所です」
中庭を横切る途中、ひとつの回廊の先に、白布をかけられた担架が二つ運ばれていくのが見えた。宮城でも死者は普通に動いている。いや、むしろ宮城だからこそ死が見えるのかもしれない。
やがて私たちは、宮廷埋葬部の控え間らしき部屋へ通された。
ここでしばらく待たされる。
壁には歴代の王たちの胸像が並んでいるが、どれも奇妙に顔が似て見える。実際に血筋が近いのか、それとも“王らしさ”の型へ寄せて造られているのか。
「なあ」
私はその胸像群を見ながら言った。
「王って、本当にみんな似てくるのか」
「外見ですか」
ネムが問う。
「いや、雰囲気」
「似せられるのです」
彼は即答した。
「服、言葉、食事、姿勢、睡眠、祈祷、閲覧する文書、会う相手、すべて整えられる」
「本人は?」
「残りの半分で対応します」
私は彼を見た。
「それが“王の半分”か」
「ひとつの説明としては」
エナが静かに補った。
「即位の日、王は半分死ぬ。そう言われます」
「うん」
「でも本当に死ぬのは、肉体だけではありません」
「名とか、個人とか」
「はい。食べるもの、眠る時間、会いたい人に会うこと、嫌だと言う権利」
彼女の声には、少しだけ硬いものが混じっていた。
埋葬官として王を近くで見てきた者の、嫌悪に近い理解かもしれなかった。
「つまり王は」
私は椅子にもたれた。
「即位した時点で、公的な役割に半分食われる」
「はい」
「残り半分で国を治める」
「はい」
「最後の一片で、自分が誰だったかを思い出す」
「そう言われています」
森で聞いた言葉が、ここでようやく具体に近づいた。
王とは権力者ではなく、役割に食われることを制度化された人間なのだ。
「向いてるな」
私は皮肉っぽく呟いた。
「会社員に」
ネムが咳払いした。笑いを堪えたのかもしれない。
エナは真顔のまま言う。
「違います」
「何が」
「会社員のほうが、まだ降りられます」
「……やめろ」
「王は退くのも制度です」
「さらに悪い」
そのとき、控え間の外でざわめきが起きた。
人の足音が急ぎ、低い声が飛び交う。
扉が少し開き、黒衣の役人が一人顔を出した。
「次官殿より通達。謁見前に、異邦人は王の姿を直接見ぬように」
「見ぬように?」
ハルヴァが眉をひそめる。
「理由は」
「本日の御状態が不安定のため」
「不安定」
「半身の均衡が乱れておいでです」
私は完全に意味がわからなかった。
「それ、病気?」
役人は私を見て、少しだけ言葉を選んだ。
「病でもあり、制度上の揺らぎでもあります」
「制度が体調を崩すのか、この国は」
「近いです」
役人はそう言って去っていった。
控え間に、重い沈黙が落ちる。
「均衡が乱れるとどうなる」
私が尋ねると、ネムが低く答えた。
「王が、自分の半分を支えきれなくなる」
「それで?」
「王である部分と、人である部分の境が曖昧になる」
「それ、かなりまずいんじゃないか」
「はい」
「だから呼ばれた?」
「たぶん」
エナは胸像の列を見つめたまま、ぽつりと言った。
「もし王が空いているなら」
「うん」
「“十三が空けば、十四は王である”」
「……ああ」
私は頭の奥が冷えるのを感じた。
生きているのに、空く。
空けば、次が満ちる。
器が先で、名があと。
この宮城そのものが、その理屈でできている気がした。
ふと、回廊の窓の外で白いものが揺れた。
花かと思った。
違う。細い根だった。
建物の基礎の石の隙間から、白い根がほんの少しだけ顔を出している。風もないのに、ゆっくり脈打っていた。
私は目を逸らせなかった。
王の半分を食っているのは、もしかすると比喩ではないのかもしれない。




