表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やわらかな王の墓  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

第14話 王都への通行証

 宮城へ呼ばれるまでのあいだ、ほんの短い猶予が与えられた。


 猶予といっても、自由時間ではない。監査局の一室で待機し、必要な書類を整え、移送のための形式を踏むだけの時間だ。王都というのは、どうやら人間を動かす前に必ず紙を動かすらしい。その感覚だけは、私にとって妙に理解しやすかった。


 セリオという宮廷埋葬部次官は、必要事項だけ告げるとすぐ別室へ消えた。代わりに下役たちが三人入り、私の身分を仮登録する作業が始まった。名前、出現地点、同行者、身体的特徴、所持品。所持品の欄に、壊れたスマートフォンと社員証とボールペンが並んだとき、私はなんとも言えない気分になった。


「この板は何です」

 若い書記がスマートフォンを持ち上げる。

「通信機器みたいなもの」

「今は使えない?」

「たぶん」

「刃は?」

「ない」

「毒針は」

「ない」

「祈祷具?」

「違う」

「では娯楽品ですか」

「……半分くらいは」


 書記は理解できない顔で記録し、今度は社員証をつまんだ。

「これは?」

「身分証」

「王都で言う通行証のような?」

「近い」

「所属は……“東央営業第一部”」

「もう意味はない」

「こちらでは、所属は意味があります」


 その一言に、私は少しだけ口を閉ざした。

 この国では所属が意味を持ちすぎる。名前より、本人の感情より、まず所属と順番と席が先に立つ。


 エナは部屋の隅で、変わらず記録帳の写しを作っていた。ネムは照会文の追記と、地下での白い根の文言を整理している。どちらも淡々としているが、緊張は隠せていない。


 やがて一通りの登録が終わると、別の役人が木札を一枚持ってきた。掌に収まるほどの黒い札で、縁に銀糸が埋め込まれている。片面には墓標の紋、もう片面には細かな刻字。


「臨時通行証です」

 役人が言う。

「異邦人真柴遼。監査局預かり、宮廷埋葬部照会案件」

「通行証がないと宮城に入れないのか」

「あると入れるわけでもありません」

「嫌な制度だな」

「制度は嫌なものです」


 この国の役人は、なぜか皆そこだけ率直だった。


 木札を手に取る。

 冷たい。金属ではないが、木でも骨でもない触感だった。

 ふと、裏面の刻字へ目が行く。

 読める。


 ――通るを許されし者、通るべきである。

 ――戻るを許されし者、稀である。


「帰りの注意書きが重すぎる」

 私が呟くと、役人はきょとんとした。

「何と?」

「いや、何でもない」


 彼には読めないのだろう。

 木札すら、私には文字として開いてくる。

 便利だが、便利であることがどんどん不吉になってきた。


 役人が去ったあと、私は木札を机に置き、ため息をついた。

「通行証って、どこでも似たような圧があるんだな」

 ネムが言う。

「王都では、通行証は“入る資格”ではなく“追跡のための印”です」

「知ってたけど嫌だ」

「返納が必要です」

「返納?」

「はい。死んだ場合も回収されます」

「そこまで徹底するのか」

「むしろ死者の札ほど厳密です」

 

 エナが筆を止めずに口を挟んだ。

「札が戻らないと、記録上どこにも死ねません」

「どこにも死ねない?」

「行方不明に近くなります」

「それ、かなり嫌だな」

「この国では、行方不明は死より面倒です」


 私は木札をもう一度見た。

 たかが通行証ひとつに、所属、監視、死後処理まで詰まっている。

 村でも関所でも感じたことだが、この国では人の移動がそのまま管理の始まりなのだ。


「村を出るときも木札をもらったな」

 私は言った。

「王都までの仮通行証」

「ええ」

 エナが頷く。

「村長は、あれで村の責任をあなたから切り離したかったのだと思います」

「つまり、あの時点でもう村のものじゃなかった?」

「はい」

「冷たいな」

「村は小さいので」


 その言い方は残酷に聞こえるが、否定しにくい現実でもあった。小さな共同体ほど、抱えきれない異物を早く外へ流すしかない。


 私は窓の外を見た。格子越しの中庭で、二人の下役が水差しを運んでいる。祈りの時間が終わったあとの、いかにも事務的な動きだ。

 都会も村も、本質的には似ているのかもしれない。

 違うのは、村が生き延びるために値踏みし、王都が運用するために査定することだ。


「リョウ」

 エナが珍しく少しだけ言いよどんだ。

「何だ」

「宮城へ行ったら、言葉を選んでください」

「それはもう皆に言われてる」

「今度は少し違います」

「どう違う」

「王都では、言葉がすぐ席になります」

「意味がわからない」

「軽い冗談でも、忠誠や反逆や請願として記録されることがあります」


 私は数秒、黙った。

「最悪だな」

「はい」

「じゃあ黙ってたほうがいい?」

「黙りすぎると、隠していると見なされます」

「詰んでないか?」

「王都ですから」


 そこへハルヴァが戻ってきた。

 手には新たな封書が二通。顔色は変わらないが、目の奥が少しだけ急いている。


「宮城への入構が認められました」

「案外早いな」

「早すぎる、と言うべきかもしれません」

 ハルヴァは言った。

「本来なら、こうした案件は二段階以上の照会を経ます。しかし今回は違う」

「上が急いでる?」

「ええ。あるいは、急がざるを得ない」


 彼は私の通行証を確認し、紐を通して首に掛けるよう指示した。

 木札が胸元に当たる。冷たい。

 妙な首輪みたいだ、と私は思った。


「宮城に入る通行証は別にあります」

 ハルヴァが続ける。

「これは、そこへ行くまでのあなたの所在を保証するだけ」

「保証というより監視だろ」

「保証と監視は近い言葉です」

 

 やはり王都の人間は、そういうところだけ率直だった。


 準備が整い、私たちは部屋を出た。

 廊下を歩きながら、私は胸元の木札に触れた。

 村を出るときにも札があり、王都へ入るときにも札があり、今また宮城へ向かうための札がある。

 この国では、通るたびに何かを切り離され、何かへ属し直す。

 通行証は扉を開く道具ではなく、所属変更の印なのだろう。


 私は自分の首から下がる黒札を見下ろした。

 知らない国の文字で、私はもう何度も記録されている。

 元の世界で持っていた社員証と、もしかしたら本質はそんなに変わらないのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ