表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やわらかな王の墓  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/27

第12話 村の値踏み

 地下へ降りる前に、私は少しだけ時間を稼ごうとした。


「それ、俺が読めなかったら?」

「そのときはそのときです」

 ハルヴァは言った。

「読めたら?」

「そのときもそのときです」

「答えになってないな」

「監査局らしい答えでしょう」


 確かにそうだった。

 だが、ここで素直に従う気にもなれない。


「条件がある」

 私が言うと、ハルヴァの眉がわずかに動いた。

「異邦人の立場で交渉を?」

「物証扱いなんだろ。なら丁寧に扱ってもらわないと困る」

「続けて」

「エナを一緒に行かせる。ネムも」

「理由は」

「俺はこの国の文字も制度もよく知らない。読み違えたとき、現地語がわかる埋葬官と役人がいたほうがいい」

 

 ハルヴァは少し考え、あっさり頷いた。

「妥当です」

「通るのか」

「通る条件を出しましたから」

「嫌だな、話が早いと逆に」


 そうして私たちは、監査局の裏階段から地下へ案内された。

 石造りの階段は急で、冷気が下から上がってくる。壁に灯された火皿の炎は弱く、ところどころ風もないのに揺れていた。

 三階ぶんほど降りたところで、空気が変わる。湿り気が増し、土の匂いが濃くなる。森の匂いだ。王都の石の下に、あの森がそのまま埋まっているような感じだった。


 やがて通路の先に、人だかりが見えた。監査局の下役らしい者たちが遠巻きにしている。

 中央の壁から、白い根が這い出していた。


「うわ」

 私は思わず声を漏らした。


 森で見たものと同じだ。ただしこちらのほうが太く、数も多い。大人の腕ほどの太さの根が石壁の継ぎ目を押し割るように現れ、床を這い、再び別の壁へ消えていく。その表面に細かなひだがあり、脈打つたび光沢が動く。

 そして確かに、壁に沿って並んだ根の曲線は、文字の列のようにも見えた。


「出たのは今朝です」

 ハルヴァが説明する。

「記録庫の下層、古い勘定棚の裏壁から」

「勘定棚」

 ネムが嫌そうに繰り返す。

「最悪ですね」

「なぜ?」

 私が問うと、彼が答えた。

「古い帳簿と継承関係の照合文書が保管されている場所です」


 私は壁の根を見た。

 王都の地下。勘定と継承の棚。そこから這い出す白い根。

 嫌な符合だった。


 監査局の下役たちの一人が言った。

「朝、棚を引いたらこうなっていたんです。最初はただの根かと」

「ただの根なら、もっと嫌じゃないか」

 私は反射的に答えてしまった。下役は黙った。すまない。


 エナが一歩前へ出る。

「触らないでください」

「すでに少し触った者がいます」

 ハルヴァが言う。

「手の色が抜けました」

「色が?」

「ええ。指先だけ白く」

「戻るのか」

「今のところは」


 私は近づいた。

 根の表面がゆっくり脈を打つ。

 その並びを目で追うと、頭の中にじわりと意味が立ち上がってくる。

 文字だ。やはり。


「読める」

 私は言った。


 背後がざわめいた。

 ハルヴァの声だけが静かだった。

「何と」

 

 私は根の列を追った。

 読むというより、向こうから流れ込んでくる。

 胸の奥が冷える。


「……“数え違いは、食い違いではない”」

 私はゆっくり口にした。

「“墓は空席を嫌う”」

「空席」

 ネムが低く繰り返す。

「続けてください」


 私はさらに目で追う。根の脈動が少し強くなる。

 ひどく嫌な予感がした。


「“順は器であり、名は後から満ちる”」

「待って」

 エナが言った。

「それはつまり」

「俺に聞くなよ。今読む」


 最後の列は、ほかより深く壁へ食い込んでいた。

 私は息を整え、読み下した。


「“十三が空けば、十四は王である”」


 沈黙が落ちた。

 階下の冷気が、一気に重くなった気がした。


 ネムが最初に口を開いた。

「十三が空く、とは」

「王位の空席」

 ハルヴァが答える。

「死、退位、失位、あるいは」

「名の剥奪」

 エナが継いだ。


 私は壁から少し離れた。

「つまり、関所の記録は間違ってないのか」

 ネムが答える。

「第十四位の者が、ある条件下で第十四の王になる」

「その条件が“十三が空く”」

「はい」

「でも第十三の王は生きてるんだろ」

「生きていても空くことはあります」

 ハルヴァが静かに言う。


 私は頭痛を覚えた。

 生きていても王位は空く。

 半分死んだ王。先に立つ墓。順が器で、名があとから満ちる。

 この国の王制は、人間を中心に組まれていない。席が先にあり、人は後からはめ込まれる。


 エナは根を見つめたまま、低く言った。

「師匠の紙にあった。“墓は王を選び直す”」

「……そういうことか」

 私は呟く。


 ハルヴァは腕を組み、珍しく少しだけ顔をしかめた。

「王宮へ上げる前に、意味を精査しなければ」

「無理でしょう」

 ネムが言う。

「もう遅い。地下の根が監査局に出た時点で、噂は回る」

「噂を止めるのも監査局の仕事です」

「止まった試しが?」

「ないですね」


 役人らしい会話だった。

 だが、私は別のことを考えていた。

 村で感じた値踏みの目だ。

 人は、よそ者を見たとき、まず何に使えるかを考える。

 王都はもっと露骨だ。

 王位という“空席”があるなら、そこへ何を押し込むかを考える。人間の事情など二の次で。


 私は白い根を睨んだ。

「こいつ、他にも何か言ってるか?」

「どういう意味です」

 ハルヴァが問う。


「まだ読んでない部分がある気がする」


 根の端、床際の細い枝が別の列を作っている。さっきは脈動が弱くて気づかなかった。

 私はしゃがみ込み、その細い列を追った。

 意味が浮かぶ。


「“外から来た者は、名のない席を恐れよ”」


 今度こそ、誰もすぐには喋らなかった。


 名のない席。

 外から来た者。

 恐れよ。


 私は立ち上がった。喉が乾いている。

 ハルヴァの目が、初めて少しだけ警戒を帯びた。


「異邦人」

「何だ」

「あなたを地下に連れてきた判断は、やや軽率だったかもしれません」

「今さらだな」

「ええ。ですが、もう遅い」


 白い根が、どくりと一度だけ大きく脈打った。

 まるでこちらの会話を聞いているみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ