第55話「日常」
日常は、特別な出来事がなくても続いていく。
朝から、うるさい。
「カイト!起きてる!?もう昼だよ!?」
扉の向こうから、元気すぎる声が飛んでくる。
「起きてる!起きてるから叩くな!」
ガンガンガンッ!!
「返事遅い!!」
「理不尽だろ!?」
布団から起き上がり、頭をかく。
窓の外は明るく、王都の音が普通に聞こえる。
……普通だ。
これが、日常。
台所に行くと、母が料理をしていた。
湯気の立つ鍋。
パンの焼ける匂い。
「おはよう」
「もう昼だけどね」
そう言いながら、笑っている。
「ちゃんと寝れた?」
「ああ……まあ」
実際、ぐっすりだった。
警戒で浅く眠ることもない。
目を覚ました時、誰かが近くにいる。
それだけで、全然違う。
「ほらほら!座って!」
リリアが椅子を引く。
「昨日の話の続き!王都の市場どこ行く!?」
「まだ決めてない……」
「じゃあ全部!!」
「無茶言うな!!」
でも、笑っている自分がいる。
王都に来てから、
任務、警戒、数字、判断、危険――
そういうものばかり考えていた。
今は、違う。
「……あ、そうだ」
ふと、思い出したように言う。
「今日、巡回がある」
「仕事?」
「一応な」
「ふーん」
リリアはあまり気にしていない。
「じゃあ帰り遅い?」
「いや、夕方には戻る」
「なら夜ご飯一緒だね!」
即決だった。
母が小さく笑う。
「ちゃんと帰ってきなさいよ」
「分かってる」
その言葉を、自然に言えるのが不思議だった。
外に出ると、王都は穏やかだ。
人々は普通に暮らし、笑い、働いている。
『高危険度事象、なし』
久しぶりに見た、その表示に、肩の力が抜けた。
一時的な平穏。
それは分かっている。
世界は広い。
問題も、終わってはいない。
でも。
「……今は、これでいいか」
そう思える時間が、ちゃんとある。
帰る場所がある。
待っている人がいる。
守る理由が、ここにある。
巡回を終え、夕方の道を歩く。
家の灯りが見えた瞬間、足が自然と速くなる。
「ただいまー!」
「遅い!!」
「言うほど遅くないだろ!?」
笑い声が、外まで漏れていた。
王都の平穏は、今は確かにここにある。
【あとがき】
今回は、生活が定着したところまでを描きました。




