第54話「ただいま」
帰る場所があると、人は一気に弱くなる。
家の前に立った瞬間、現実感がなかった。
鍵を差し込む手が、少し震える。
「……ここが、自宅……?」
思わず口に出た。
王都の中にある、自分の家。
屋根があって、壁があって、扉があって――
それだけなのに、胸の奥が変に熱くなる。
鍵を回す。
カチャッ。
扉が開いた瞬間――
「カイト!!!」
聞き覚えのある声が、全力で飛んできた。
次の瞬間、視界いっぱいにピンク色。
「うわっ!?」
ドンッ!!
衝撃と一緒に、体が後ろに傾く。
「おかえり!!!」
「……リリア!?」
抱きつかれたまま、バランスを崩しかける。
「ちょ、ちょっと!いきなり!?」
「だって!!だって!!」
声が震えている。
腕に力が入っている。
「あんた、ほんとに、ほんとに……!!」
言葉になっていない。
「……リリア」
そう呼んだだけで、胸が詰まる。
「カイト……」
少し遅れて、もう一つの声。
顔を上げると、母が立っていた。
少しやつれた顔。
でも、ちゃんと笑っている。
「……ただいま」
その一言が、やっと出た。
「おかえり」
母は静かにそう言ったあと、少しだけ歩み寄ってきて、
そっと、頭に手を置いた。
それだけで、限界だった。
「……あぁ……」
声が漏れる。
今まで張っていた何かが、一気にほどける。
リリアはまだ離れない。
「遅いんだよ!ばか!心配したんだから!」
「……ごめん」
「ごめんじゃない!!」
でも、声は怒ってない。
ただ、嬉しさでいっぱいだ。
家の中は、もう生活の匂いがしていた。
荷物。
簡単な家具。
台所から、かすかに食事の匂い。
「……住んでる」
思わず言葉が出る。
「当たり前でしょ!!」
リリアが顔を上げて言う。
「もう家なんだから!!」
家。
その言葉が、胸に落ちる。
宿じゃない。
仮の場所じゃない。
一時的な拠点でもない。
帰る場所。
戻る場所。
生きる場所。
「……すげぇな」
気づいたら、笑っていた。
理由もなく、ただ笑っていた。
母が少し困ったように笑う。
「ほんとに……変わったね」
「そう?」
「うん」
「でも、変わってないところもあるわよ」
そう言って、私の顔を見る。
「ちゃんと、帰ってくるところ」
その言葉に、胸がまた熱くなる。
リリアが腕を引っ張る。
「ほら!!座って!!話すこといっぱいあるんだから!!」
「え、今?」
「今!!」
「休む暇もないのか……」
「ない!!」
でも、嫌じゃない。
むしろ――
嬉しい。
うるさい。
騒がしい。
感情が多い。
言葉が多い。
全部、今までなかったものだ。
孤独な時間。
静かな部屋。
淡々とした日常。
それが、全部終わった気がした。
「……ただいま、俺の人生」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
【あとがき】
今回は、再会と感情の解放の回です。




