第53話「迎え」
変化は、知らせより先に足取りに現れる。
自宅の鍵を受け取ったあとも、すぐにそこへ向かうことはしなかった。
王都での用事は、まだ残っている。
巡回の確認、引き継ぎ、形式的な報告。
生活が変わると分かっていても、仕事は仕事だ。
ただ、その日の動きは、どこか違っていた。
歩く速度が少し遅い。
周囲を見る回数が増えている。
王都の街並みが、初めて訪れた場所のように感じられた。
呼び止められたのは、昼を過ぎた頃だった。
「少し、よろしいですか」
近衛兵の一人が、控えめに声をかけてくる。
いつもより距離が近い。
「何でしょう」
「連絡事項です。
あなた宛てに」
一瞬、仕事絡みかと思った。
だが、続いた言葉は違った。
「すでに、馬車は出ています」
私は立ち止まった。
「……馬車?」
「ええ。
王女の指示です」
それ以上の説明はなかった。
だが、内容は察せられる。
『対象、移動中』
短い表示。
行き先は、王都。
私は一度だけ、深く息を吐いた。
胸の奥で、何かが静かに動く。
「到着は、いつ頃に」
「日暮れ前には」
近衛兵は、事務的に答えた。
だが、その表情は柔らかい。
「自宅の方には、すでに手配が済んでいます。
あなたが先に入る必要はありません」
つまり、私が知らないところで、準備は進んでいた。
仕事を終え、街を歩く。
夕方の光が、石畳を橙色に染めている。
今までなら、この時間帯は落ち着かなかった。
何かが起きるかもしれない、という意識が離れなかった。
今日は違う。
『現在、緊急性の高い危険要因なし』
数字を確認し、私はそれを閉じる。
危険がないから、ではない。
考えが、そこに向いていない。
馬車の音が、遠くで聞こえた気がした。
振り返っても、姿は見えない。
それでも、足は自然と前に出る。
自分でも驚くほど、軽い。
昔の感覚に、少しだけ近い。
絶望の中にいた頃、迎えを待つことはなかった。
待つ余裕がなかった。
今は違う。
何かが、こちらへ向かってきている。
それを、拒む理由はない。
私は歩き続ける。
まだ、会ってはいない。
だが、変化はもう始まっていた。
【あとがき】
今回は、迎えが動き出した段階までを描きました。




