第52話「報酬」
報酬は、数字ではなく形で渡されることもある。
王宮からの呼び出しは、前回ほど改まったものではなかった。
指定されたのは、執務区画の一角。
人の出入りが多く、会話も途切れない場所だ。
それだけで、内容の性質が察せられる。
部屋に入ると、王女エリシアと、近衛兵の責任者が席についていた。
書類が一つ、机の上に置かれている。
「今回の任務に対する報酬についてです」
王女は、形式的な前置きを省いた。
「金銭での支払いも検討しましたが、別の形を用意しました」
書類が、こちらに差し出される。
私はそれを手に取り、内容に目を通した。
王都内の住所。
建物の規模。
付随する権利。
一瞬、意味を測りかねる。
「……住居、ですか」
「ええ」
王女は頷いた。
「護衛として、王都に常駐する以上、拠点が必要です。
宿では、限界がありますから」
合理的な判断だ。
特別な配慮ではない。
少なくとも、そう説明できる。
「維持費は王家持ちではありません。
ただし、所有権はあなたにあります」
条件も明確だ。
私は書類を机に戻した。
指先が、わずかに震えている。
理由は分かっている。
この報酬は、生活に直結する。
「受け取ります」
答えは即座に出た。
「分かりました」
王女はそれ以上言及しなかった。
感情的なやり取りを挟む場ではない。
部屋を出ると、廊下の喧騒が耳に入る。
人の声、足音、遠くの鐘。
王都の中で、私はずっと仮の場所に立っていた。
宿も、仕事も、一時的なものだった。
それが、変わる。
『居住拠点、確保予定』
数値や確率では表せない変化だ。
それでも、確かに現実として存在する。
王宮を後にし、街へ出る。
道の両脇に並ぶ建物が、少し違って見えた。
ここに、戻る場所ができる。
そう考えただけで、歩調が自然と緩む。
絶望の中にいた頃、先のことを考える余裕はなかった。
今日をやり過ごすだけで精一杯だった。
今は違う。
明日や、その先の配置を、現実として思い描ける。
私は空を見上げ、一度だけ深く息を吸った。
まだ、何も始まっていない。
だが、始められる場所は手に入れた。
【あとがき】
今回は、任務の報酬として与えられる「場所」を描きました。




