第46話「備えの共有」
何も起きない日ほど、備えだけが積み上がっていく。
王宮の回廊を歩く足音が、昨日よりも少し多い。
それだけで、空気が変わったことは分かる。
視察の予定は変わらない。
だが、人の配置と距離感が、微妙に調整されている。
私は柱の影で一度立ち止まり、進行方向を確認した。
『異常値、同一地点で三回目』
数字だけが提示される。
理由は示されない。
だが、重なりすぎている。
「ここ、通路を半分に」
短く指示を出すと、護衛の一人が即座に動いた。
近衛兵も、それに合わせて立ち位置を変える。
説明はいらない。
今は、共有されている。
王女エリシアは、足を止めずに進む。
歩調も、視線も変わらない。
「何かありますか?」
声は低く、問いというより確認だった。
「可能性の話です」
それだけ答える。
彼女は小さく頷き、それ以上は聞かなかった。
視察ルートの折り返し地点。
ここ数日、数値が揺れ続けている場所だ。
庭に面した回廊で、外からの光が強い。
視界は開けているが、その分、死角も多い。
『遮蔽物、三箇所増加』
私は一歩、位置を前に出す。
同時に、護衛チームが半歩ずつ動く。
誰かが合図を出したわけではない。
だが、動きは揃っていた。
「慣れてきたな」
後方から、近衛兵の声が聞こえた。
「ええ」
私は振り返らずに返す。
慣れは油断と紙一重だが、今は必要な段階でもある。
視察自体は、問題なく終わった。
何も起きない。
それが、逆に引っかかる。
控室に戻り、簡単な確認を行う。
動線、人数、変更点。
誰も冗談を言わない。
「次は?」
問いかけに、私は一瞬だけ間を置いた。
「今の配置を基準に」
「了解」
即答だった。
『次回、同条件下での異常値発生確率、上昇』
私はその数字を、頭の隅に置く。
まだ、決める段階ではない。
王宮を出る頃には、空が曇り始めていた。
風向きが変わり、旗の音が大きくなる。
視察ルートを振り返り、私は一度だけ立ち止まる。
何も起きなかった。
だが、備えは確実に進んでいる。
それでいい。
今は、それでいい。
『次回、注意推奨』
「分かってる」
声に出す必要はない。
だが、言葉にしておく。
護衛任務は、静かに続いていく。
音を立てないまま、確実に。
【あとがき】
警戒は個人の判断から、共有へと移り始めました。
次回、小さなズレが形を持ち始めます。




