第45話「護衛という日常」
護衛は、特別な出来事が起きない日ほど神経を使う。
王宮の朝は、相変わらず静かだった。
石畳を踏む音、遠くで開く扉の気配、巡回兵の足取り。
どれも昨日と大きく変わらない。
だが、完全に同じというわけでもない。
私は立ち止まり、視察予定の回廊を目でなぞった。
左右の柱、天井の高さ、曲がり角までの距離。
護衛として配置されるには、悪くない場所だ。
『成功確率、前回比で1.8%低下』
脳裏に浮かんだ数値を、私はそのまま受け取る。
理由を尋ねることはしない。
必要なのは判断材料であって、説明ではない。
「配置、少し詰めます」
そう告げると、近くにいた近衛兵が小さく頷いた。
理由を聞かれなかったことに、違和感はない。
最近は、それで通る。
王女エリシアは、数歩先を歩いている。
背筋を伸ばし、視線は前へ。
護衛対象としてではなく、ここでは「この場にいる人間」として振る舞っている。
視察が始まってから三週目。
護衛任務は、特別な出来事ではなくなりつつあった。
それが良い兆候なのかどうかは、分からない。
回廊を抜け、中庭へ向かう。
光の入り方、風の流れ。
前回と比べ、庭師の配置が一人増えている。
『要因:非戦闘員増加。視界遮断率、微増』
私は一歩、立ち位置をずらした。
それだけだ。
エリシアが足を止める。
「今日は、こちらを通る予定でしたか?」
「ええ。ただ、少しだけ」
言葉を選ぶ。
必要以上のことは言わない。
「……分かりました」
彼女は理由を聞かなかった。
それも、最近では珍しくない。
中庭を抜ける頃、違和感は消えないままだった。
だが、何かが起きる気配もない。
『現時点での直接的脅威、検出なし』
それでも私は、警戒を解かない。
何も起きない時間が続くほど、後で帳尻が合わされることを知っている。
視察は予定通り進み、王宮内へ戻る。
護衛チームとの合流も、滞りなく行われた。
「問題なし、か」
誰かが小さく呟いた。
その言葉に、私は首を横に振らなかった。
問題がない、という判断を下す材料が、まだ揃っていない。
任務終了後、控室で簡単な報告を行う。
数値、配置、変更点。
感想は含めない。
近衛兵の一人が、こちらを見る。
「最近、判断が早いな」
「……慣れただけです」
それ以上の会話は続かなかった。
王宮を出る頃には、日が傾き始めていた。
宿へ戻る道すがら、私は今日の動きを頭の中でなぞる。
変わったことは、少ない。
だが、少なすぎるのも不自然だ。
『次回視察時、注意項目を二件追加』
「分かった」
声に出して答える必要はない。
それでも、私は小さく息を吐いた。
護衛任務は続く。
日常のように、静かに。
何も起きない一日が、積み重なっていく。
それが、今は一番危険だと分かっていながら。
少しずつ「日常」になっていく護衛任務。
しかし、何も起きない時間こそが違和感を育てていきます。
次回、視察ルートに小さな変化が生まれます。




