第44話「配置の変化」
一歩動くと、見える景色が変わる。
護衛任務は、三週間と一日目に入った。
朝、王宮の門前に集合する。
リーダーが点呼を取る。配置を告げる。
「今日は午後から庭園視察がある。午前は執務室だ」
いつもと同じ流れだった。
俺は後方。それは変わらない。
王女エリシアが姿を現す。
俺たちは歩き始める。
『本日の予定は過去データと照合中。曜日パターンと一致』
執務室への道のりを歩く。
廊下の角を曲がるたび、俺は周囲を見ていた。
昨日の使用人。
あの靴が、同じだったのか違ったのか。
『該当時間帯の使用人動線を監視中。現時点で対象は未出現』
まだ現れていない。
午後かもしれない。
執務室の前に到着する。
護衛たちは、いつも通りの位置に散った。
俺も壁際に立つ。
静かな廊下。
時間が過ぎていく。
昼食を挟み、午後になった。
庭園視察のため、護衛たちが再編成される。
リーダーが指示を出す。
「今日は視察ルートが変更になる。南庭園から入り、東庭園で終わる」
いつもと逆だった。
『過去のルートと照合。通常は東→南。本日は南→東。変更理由は不明』
変更理由は示されなかった。
護衛たちも、特に疑問を持っていない様子だった。
王女が現れる。
俺たちは移動を開始する。
南庭園に入る。
季節外れの花が咲いている。
魔法で維持された、人工的な春。
それは変わらない。
だが、歩く順路が違うと、見える景色も違った。
普段は最後に通る噴水が、最初に現れる。
普段は最初に見える薔薇園が、遠くに霞んでいる。
『視覚データを記録中。通常ルートとの差分を蓄積』
王女は、花を眺めながら歩く。
いつもと同じ速度で、いつもと同じ距離感で。
護衛たちは、距離を保って付き従う。
俺は後方にいた。
ふと、前方の護衛の一人が足を止めた。
小さな段差があった。
普段のルートにはない段差だ。
「殿下、足元に段差があります」
護衛が声をかける。
王女は足を止め、段差を確認した。
「ありがとう」
短い言葉だった。
そして、歩みを再開する。
その時、俺は気づいた。
段差を確認した護衛は、普段は中央にいる男だった。
今日は前方に配置されていた。
『護衛配置の変更を検出。対象:中央→前方。理由は不明』
配置が変わっている。
俺は周囲を見渡した。
他にも、いつもと違う位置にいる護衛がいた。
後方にいるはずの男が、側面にいる。
側面にいるはずの男が、中央にいる。
『複数の配置変更を検出。全体として、前方の警戒密度が上昇』
ルートが変わったから、配置も変わった。
それは自然な判断だ。
だが、誰が指示したのか。
リーダーは、ルート変更を伝えただけだった。
配置変更については、何も言っていない。
『現場判断による配置最適化と推定。指揮系統外の自主的調整』
現場判断。
護衛たちは、自分で判断して動いていた。
ルートが変われば、危険な場所も変わる。
それに合わせて、自分の立ち位置を調整していた。
俺は、自分の位置を確認した。
後方。
変わっていない。
だが、後方から見える景色は変わっていた。
普段は見えない角度から、王女の背中が見える。
普段は死角になる茂みが、視界に入っている。
『後方からの視認範囲が変化。死角パターンの再計算が必要』
俺は、一歩横にずれた。
誰にも言わず、自分の判断で。
茂みが視界の端に収まる位置。
王女の背中と、前方の護衛たちが一直線に見える位置。
『新しい立ち位置を記録。視認範囲は約12%拡大』
数値としては、わずかな変化だった。
だが、俺は一歩動いた。
指示を待たずに、自分で動いた。
庭園視察は続く。
東庭園に入り、いくつかの花壇を巡り、王宮に戻る。
その間、俺は何度か立ち位置を微調整した。
誰も何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
視察が終わり、護衛たちは解散した。
「明日も同じ時間だ」
リーダーの言葉を聞き、俺は王宮を後にした。
宿への道を歩きながら、考えていた。
今日、俺は何度か自分で動いた。
指示ではなく、現場判断で。
他の護衛たちも、同じことをしていた。
それは、珍しいことではないのかもしれない。
だが、俺にとっては初めてだった。
三週間、俺は後方に立ち続けていた。
言われた場所に立ち、言われたことをしていた。
今日、俺は一歩横にずれた。
『行動パターンの変化を記録。本日より「現場判断」が観測対象に追加』
宿に着く。
机に座り、窓の外を見た。
王都の灯りが揺れている。
明日もルートが変わるかもしれない。
変わらないかもしれない。
どちらにしても、俺は見続ける。
そして、必要なら動く。
『明日の観測項目を更新中。使用人の靴、護衛配置、ルート変更の有無』
リストが増えていく。
俺は机の上のペンを手に取り、明日の持ち物を確認した。
短剣、水筒、予備の革紐。
確認を終え、ペンを置く。
窓の外では、灯りがひとつ、また消えた。
【あとがき】
カイトは初めて「指示を待たずに動く」という選択をしました。それは護衛として当然のことでもあり、同時に彼自身の変化でもあります。次回、その「動く」という判断が、ある問いを呼び起こします。




