第40話「続く日常」
日常は続く。だが、何かが変わり始めている。
護衛任務は、翌日も続いた。
王宮の回廊を歩く。
今日の任務は、書庫への同行だった。
「カイト」
リーダーが、低い声で呼ぶ。
「今日も後方だ。動くな」
「はい」
俺の役割は変わらない。
末端の護衛。目立たず、騒がず、見ているだけ。
王女エリシアが書庫に入る。
護衛は外で待機する。
『周囲の魔力反応を監視中』
静かな廊下だった。
窓から差し込む光が、埃を照らしている。
他の護衛たちは、黙って立っている。
俺も、同じように立つ。
時間が、ゆっくりと過ぎていく。
あの日から、五日が経った。
暗殺者は逃げたまま。捕まっていない。
だが、王宮は何事もなかったかのように動いている。
「おい」
隣の護衛が、小声で話しかけてきた。
「お前、あの日いたんだってな」
「……ええ」
「よく生き残ったな」
その言葉に、俺は何も返さなかった。
生き残った。それだけだ。
『当該戦闘における生存確率は、事前情報なしの場合、推定38%』
低い数字だった。
運が良かっただけ、とも言える。
書庫の扉が開き、王女が出てくる。
「戻ります」
短い言葉だった。
俺たちは、再び歩き始める。
王女の背中を見ながら、俺は考えていた。
五年前の暗殺。
今回の襲撃。
関係があるのか、ないのか。
『現時点で関連性を示す情報なし』
分かっている。
だが、引っかかる。
王宮を出ると、日が傾き始めていた。
「今日は以上だ」
リーダーが、短く告げる。
「明日も同じ時間に集合」
護衛たちが散っていく。
俺も、宿へ向かった。
王都の街並みが、夕日に染まっている。
日常の風景だった。
だが、どこか落ち着かない。
宿に戻ると、机の上に便箋がそのまま残っていた。
昨夜、何も書けなかった。
今夜も、書けるか分からない。
リリアは、何も知らない。
暗殺者のことも、王女のことも。
「危ないことはしていない」とは書けない。
かといって、「暗殺者に襲われた」とも書けない。
心配をかけたくない。
でも、嘘もつきたくない。
その狭間で、ペンが止まる。
『返信を保留することも選択肢の一つ』
「……そうだな」
俺は、便箋を引き出しにしまった。
窓の外を見ると、王都の灯りが一つずつ灯っていく。
暗殺者は、まだ捕まっていない。
王女の母を殺した犯人も、五年間捕まっていない。
王都は、静かに見える。
だが、その下には何かが潜んでいる。
俺には、まだ見えていないものがある。
『新規情報の取得を継続』
今は、目の前のことをやるしかない。
護衛の仕事を続け、見続け、記録し続ける。
いつか、点と点が繋がる日が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
それでも、やることは変わらない。
逃げずに、見続けるだけだ。
【あとがき】
護衛任務の日常が描かれました。暗殺者は捕まらず、リリアへの返事も書けないまま。次回、王女との距離が少しだけ変わります。




