第38話「王女の秘密」
彼女が笑わない理由を、俺は知った。
暗殺未遂から三日が経った。
俺は再び、王宮に呼ばれていた。
「殿下が、直接お話ししたいとのことです」
案内された部屋は、静かだった。
窓から差し込む光が、床に模様を描いている。
「お待たせしました」
扉が開き、王女エリシアが入ってくる。
今日は、護衛も侍女もいない。
「カイト」
「はい」
「座ってください」
促されるまま、椅子に座る。
王女も、向かい側に座った。
しばらく、沈黙が続く。
『心拍数が安定しています。敵対的な雰囲気はありません』
とAIが告げる。
「あの日」
王女が、静かに口を開いた。
「あなたは、迷わず私の前に出ましたね」
「……はい」
「なぜですか」
その問いに、俺は少しだけ考えた。
「護衛だからです」
「それだけ?」
「……それだけです」
王女は、わずかに目を細めた。
「正直ですね」
「嘘は、苦手です」
その言葉に、王女は小さく笑った。
初めて見る、本当の笑顔だった。
「私は」
王女が、視線を窓へ向ける。
「人を信じるのが、苦手なんです」
「……」
「誰もが、王女という立場を見ている」
「私自身を、見てくれる人はいない」
その声には、深い孤独が滲んでいた。
「それに」
王女は、言葉を切る。
「五年前、母が暗殺されました」
胸が、きゅっと締まる。
「……そうですか」
「はい」
王女の声は、静かだ。
「護衛がいました。でも、守れなかった」
「犯人は、まだ捕まっていません」
その言葉が、胸に重く落ちる。
だから、彼女は笑わないのか。
誰も信じられないのか。
「私は」
王女が、俺を見た。
「あの日、あなたを見て思いました」
「この人は、嘘をつかない、と」
「……」
「計算もない。打算もない」
「ただ、やるべきことをやっただけ」
王女は、小さく微笑む。
「だから、あなたと話したかったんです」
俺は、何も言えなかった。
慰めの言葉も、約束の言葉も、思いつかない。
ただ、できることがある。
「殿下」
「はい」
「俺は、戦闘が得意じゃありません」
王女が、わずかに目を見開く。
「でも、逃げません」
「見るべきものから、目を逸らしません」
その言葉に、王女の目が、少しだけ潤む。
「……ありがとう」
「それだけで、十分です」
部屋を出るとき、王女が静かに言った。
「また、お願いできますか」
「護衛を」
「……はい」
俺は、頷いた。
「できる限り」
王宮の廊下を歩きながら、俺は考えていた。
王女は、孤独だ。
誰も信じられず、誰にも本当の顔を見せられない。
だが、俺にできることは少ない。
ただ、逃げないこと。
問題から目を逸らさないこと。
それだけだ。
『あなたの姿勢が、評価されています』
「……評価じゃない」
俺は、小さく呟いた。
「ただ、逃げないだけだ」
その夜、宿に戻ると、レオンが待っていた。
「おう、カイト」
「レオンさん」
「聞いたぞ。王女の護衛だって」
「……はい」
「すごいじゃねぇか」
レオンは、笑った。
「だが、気をつけろよ」
「何に、ですか」
「王宮の仕事は、複雑だ」
レオンの顔が、少しだけ厳しくなる。
「お前みたいに真っ直ぐな奴は、利用されやすい」
その言葉に、胸がざわつく。
「……気をつけます」
「ああ。でも」
レオンは、肩を叩いてきた。
「お前らしく、やればいい」
窓の外を見ると、王都の灯りが静かに輝いていた。
王女の孤独。母の暗殺。
まだ捕まらない犯人。
俺には、何ができるのか。
『現時点で、全てを解決する必要はありません』
「……そうだな」
俺は、静かに頷いた。
できることを、一つずつやるだけだ。
逃げずに、見続けるだけだ。
それが、俺のやり方だ。
王女エリシアの過去が明かされました。カイトは慰めも約束もしませんが、「逃げない姿勢」だけは見せました。
【次回予告】
「手紙に込められた想い――言葉にならない不安が、届く」




