第37話「王女の護衛」
守るとは、目立つことではない。
視察当日の朝は、早かった。
王宮に集合したのは、夜明け前だ。
護衛は俺を含めて五人。
全員が武装し、緊張した空気が漂っている。
「では、出発します」
護衛のリーダー格らしい男が、短く言った。
馬車が用意され、王女エリシアが乗り込む。
その横顔は、相変わらず感情が読めない。
『心拍数が上昇しています。深呼吸を推奨します』
とAIが告げる。
「……分かってる」
俺は、小さく息を吐いた。
馬車が動き出す。
護衛たちは馬車を囲むように配置され、俺は後方を担当することになった。
「新人は、後ろだ」
リーダーが、そう言った。
「前に出るな。足手まといになるだけだ」
「……はい」
俺は、素直に頷いた。
戦闘能力では、確かに劣っている。
だが、それ以外でできることがある。
『周囲の魔力濃度を監視します』
「頼む」
下町に近づくにつれ、街の景色が変わっていく。
綺麗な石畳から、ひび割れた道へ。
立派な建物から、古い倉庫へ。
馬車が停まり、王女が降りてくる。
「ここが、下町ですか」
王女の声は、静かだ。
「はい、殿下」
リーダーが答える。
「視察ルートは、事前に確認済みです」
「問題ありません」
だが、俺は違和感を覚えていた。
『魔力濃度に、微細な揺らぎがあります』
「……どこだ」
『前方、約五十メートル。建物の影です』
俺は、目を細めた。
建物の影に、わずかな動きがある。
「すみません」
俺は、リーダーに声をかけた。
「前方に、何かいます」
「何?」
リーダーが、険しい顔をする。
「お前、何を見てる」
「建物の影です」
リーダーは、しばらく前を見つめ、それから首を横に振った。
「何もいない」
「ですが……」
『魔力反応が移動しています。殿下の方向です』
胸が、きつく締まる。
「危ない!」
俺は、反射的に王女の前に出た。
次の瞬間――
ヒュン、という音と共に、何かが飛んできた。
『短剣です。回避してください』
体が、勝手に動いた。
短剣が、俺の頬をかすめる。
「暗殺者だ!」
リーダーが叫び、護衛たちが一斉に動く。
建物の影から、黒装束の男が飛び出してきた。
「殿下を守れ!」
護衛たちが前に出る。
だが、暗殺者は素早い。
一人、また一人と、護衛が弾き飛ばされる。
『敵の動きを予測します。次は右から』
「右!」
俺は叫んだ。
リーダーが、反射的に右へ剣を振る。
暗殺者の腕が、わずかに切られた。
「何で分かった!」
リーダーが驚く。
「後で!」
『三時の方向から、追加の敵です』
「三時!」
俺の声に、護衛の一人が振り向く。
そこには、もう一人の暗殺者がいた。
戦いは、わずか数分で終わった。
暗殺者たちは、逃げていく。
護衛たちは全員無事だったが、息を切らしている。
「カイト……」
リーダーが、俺を見た。
「お前、どうやって……」
「……感覚です」
嘘だった。
だが、AIのことは言えない。
王女が、静かに俺の前に立った。
「カイト」
「はい」
「あなたが、守ってくれたのですね」
「……護衛ですから」
王女は、しばらく俺を見つめた。
その目に、わずかに感情が浮かぶ。
「ありがとう」
短い言葉だった。
だが、その声には、確かな温度があった。
視察は、予定を早めて終了した。
王宮に戻る馬車の中で、俺は窓の外を見ていた。
『今回の行動は、適切でした』
「……そうか」
派手な活躍じゃない。
だが、確かに守れた。
それが、俺のやり方だ。
王宮に着くと、ギルド長が待っていた。
「カイト」
「はい」
「護衛、ご苦労だった」
ギルド長は、満足そうに頷く。
「殿下から、直接感謝の言葉があった」
「それと」
ギルド長は、続ける。
「今後も、殿下の護衛を任せたいとのことだ」
胸が、わずかに跳ねる。
「……俺が、ですか」
「お前の冷静な判断が、殿下の命を救った」
「それが、評価された」
その言葉が、胸に深く落ちた。
戦闘で勝ったわけじゃない。
だが、確かに役に立てた。
王都の空を見上げる。
もう、冷たさは感じない。
守るとは、目立つことじゃない。
静かに見て、気づいて、動くこと。
それが、俺のやり方だ。
暗殺未遂が発生しましたが、カイトの冷静な判断で最悪の事態は回避されました。功績は全体のものですが、王女は確かに見ていました。
【次回予告】
「王女の秘密――彼女が笑わない理由を、俺は知った」




