第36話「第一王女との出会い」
彼女は、王国で最も美しく、最も孤独な人だった。
ギルドの評価官に呼ばれてから、さらに数日が経った。
俺は相変わらず、地味な依頼を淡々とこなしていた。
その日、掲示板の前に立っていると、受付の女性が駆け寄ってきた。
「カイトさん!」
「はい」
「緊急で、呼ばれています」
「……どこに」
「ギルド長室です」
胸が、わずかに跳ねる。
ギルド長室なんて、一度も入ったことがない。
『通常とは異なる呼び出しです。重要案件の可能性があります』
とAIが告げる。
「分かりました」
俺は、受付の女性について階段を上った。
扉の前で立ち止まり、深く息を吸う。
ノックをすると、中から低い声が響いた。
「入れ」
扉を開けると、広い部屋の奥に、初老の男性が座っていた。
ギルド長――ダリウス・グレイ。
王都で最も力のある冒険者の一人だ。
「カイト・アーレスだな」
「はい」
「座れ」
促されるまま、椅子に座る。
ギルド長の目は、鋭い。
「お前の調査報告、読ませてもらった」
「……はい」
「地味だが、正確だ」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
「それで、だ」
ギルド長は、一枚の書類を差し出した。
「護衛の依頼がある」
「護衛……ですか」
「ああ」
ギルド長は、頷く。
「第一王女エリシア殿下の、視察護衛だ」
心臓が、強く打った。
王女――王国で最も高貴な存在。
その護衛に、俺が?
「あの……俺は戦闘が得意ではありません」
「分かっている」
ギルド長は、短く言った。
「だが、お前には別の能力がある」
「……別の?」
「状況分析と、冷静な判断だ」
ギルド長は、書類を指差す。
「殿下の視察先は、下町だ」
「お前が調査した場所に近い」
「……」
「派手な実績はない。だが、地味な仕事を確実にこなす」
「それが、お前を推薦した理由だ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
地味な仕事が、こんな形で評価されるなんて。
『合理的な人選です。あなたの能力は適切に判断されています』
「……受けます」
俺は、はっきり答えた。
「よし」
ギルド長は、満足そうに頷いた。
「明日、王宮に来い」
「詳細は、そこで説明する」
翌日、俺は王宮の門の前に立っていた。
石造りの巨大な門。
その向こうに、王国の中枢がある。
「カイト・アーレス様ですね」
門番が、丁寧に頭を下げた。
「はい」
「お待ちしておりました。こちらへ」
案内された部屋には、既に数人の護衛が集まっていた。
どれも、見るからに歴戦の冒険者たちだ。
俺だけが、明らかに場違いだった。
『周囲の戦闘能力は、あなたを大きく上回っています』
「……分かってる」
小さく呟いたとき、扉が開いた。
そして、彼女が入ってきた。
金色の髪。透き通るような青い瞳。
白い衣装に身を包んだ、美しい女性。
第一王女エリシア。
だが、その目には、どこか冷たさがあった。
「護衛の皆様、お集まりいただきありがとうございます」
声は、穏やかだ。
だが、感情が見えない。
「明日、下町を視察します」
「警護をお願いします」
護衛たちが、一斉に頭を下げる。
俺も、慌てて頭を下げた。
王女は、一人ずつ顔を見ていく。
そして、俺の前で止まった。
「……あなたは?」
「カイト・アーレスです」
「カイト……」
王女は、わずかに目を細めた。
「ギルドの推薦ですね」
「はい」
「戦闘経験は?」
「……あまり、ありません」
正直に答えると、周囲の護衛たちがざわめいた。
だが、王女の表情は変わらない。
「では、なぜここに?」
「……地味な仕事を、確実にこなすからだと」
王女は、しばらく俺を見つめた。
それから、小さく頷く。
「分かりました」
「よろしくお願いします」
それだけ言って、王女は去っていった。
残された部屋で、護衛の一人が呟く。
「あいつで、大丈夫か?」
「戦闘経験がないなんて……」
小さな声だったが、聞こえた。
『評価は低いですが、敵対的ではありません』
「……気にしない」
俺は、静かに呟いた。
派手な実績はない。
だが、俺には俺のやり方がある。
王女の護衛か。
想像もしていなかった依頼だ。
それでも――逃げない。
王女エリシアとの出会いです。カイトが「地味な仕事の評価」として選ばれた、大きな転機です。
【次回予告】
「王女の護衛――守るとは、目立つことではない」




