第35話「遅れて届く肯定」
問題は、起きなかったからこそ見えない。
市場での依頼を終えてから、数日が経った。
俺は相変わらず、ギルドで地味な依頼を受け続けていた。
水質調査、魔道具の点検、薬草の鑑定。
どれも、戦わない仕事ばかりだ。
掲示板の前で依頼票を眺めていると、背後から声がかかった。
「君、カイトだね」
振り向くと、ギルドの職員――中年の男性が立っていた。
見覚えがある。保留扱いにした報告を受け取った人だ。
「はい」
「少し、話せるか」
「……はい」
俺は、職員について奥の部屋へ向かった。
部屋には、もう一人、年配の女性がいた。
ギルドの上層部らしい、落ち着いた雰囲気を纏っている。
「初めまして。私はギルドの評価官をしているマリアです」
「カイト・アーレスです」
「座ってください」
促されるまま、椅子に座る。
胸の奥が、少しだけざわついた。
『緊張していますが、敵対的な雰囲気ではありません』
とAIが告げる。
「単刀直入に言います」
マリアが、一枚の書類を差し出した。
「あなたが報告した下町の件ですが……」
「はい」
「先日、小規模な魔力暴走が発生しました」
胸が、きゅっと締まる。
「……どこで」
「下町の、倉庫街です」
「あなたが調査した場所の、すぐ隣でした」
その言葉に、息が詰まる。
「被害は……」
「軽微です」
マリアは、静かに言った。
「倉庫の壁が少し崩れた程度。怪我人はいません」
「……」
「ですが」
マリアは、俺をまっすぐ見た。
「もし、あなたの報告がなければ、私たちは原因を特定できなかったでしょう」
「あなたの調査記録が、すぐに役立ちました」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……そうですか」
「はい」
マリアは、小さく頷いた。
「あのとき、あなたが動いてくれたから、被害が広がらなかった」
「それを、伝えたくて呼びました」
言葉が、出なかった。
保留扱いにされて、何の意味もなかったと思っていた。
だが、違った。
確かに、意味はあったんだ。
「カイトさん」
マリアが、続ける。
「あなたの仕事は、派手じゃない」
「でも、確実です」
「そして、誰も見ていない場所で、問題を防いでいる」
その言葉が、胸に深く落ちた。
「……ありがとうございます」
「いえ」
マリアは、微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとう」
部屋を出ると、廊下に先ほどの職員が立っていた。
「カイト」
「はい」
「君の記録は、今後も参考資料として保管される」
「次に何かあれば、必ず君を呼ぶ」
その言葉に、俺は深く頭を下げた。
「……お願いします」
ギルドの外に出ると、王都の空が広がっていた。
相変わらず高いが、もう遠くは感じない。
『感情の安定を確認しました』
「……ああ」
俺は、小さく息を吐いた。
報われなかったわけじゃない。
ただ、遅れて届いただけだ。
逃げなかった意味は、確かにあった。
その夜、宿に戻ると、レオンが待っていた。
「おう、カイト」
「レオンさん」
「聞いたぞ。ギルドに呼ばれたって」
「……はい」
「どうだった」
「感謝されました」
レオンは、にやりと笑った。
「だろうな」
「お前の仕事、ちゃんと見てる奴はいるんだよ」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。
「……ありがとうございます」
「礼を言うな」
レオンは、肩を叩いてきた。
「お前が頑張ったんだ」
窓の外を見ると、王都の灯りが静かに輝いていた。
誰も見ていないと思っていた。
だが、見ている者は、いた。
逃げなかった選択は、確かに誰かに届いていた。
『あなたの行動は、正しく評価されています』
「……そうだな」
俺は、静かに頷いた。
派手じゃない。すぐには報われない。
それでも、逃げずに続ければ、いつか誰かに届く。
それが、俺のやり方だ。
逃げなかった意味が、遅れて返ってきました。カイトが初めて「逃げなかった意味」を実感する回です。
【次回予告】
「王女との出会い――彼女は、王国で最も美しく、最も孤独な人だった」




