第33話「報告という選択」
後回しにされた問題ほど、声を上げるのが難しい。
ギルドから正式な追加調査依頼を受けてから、二日が経った。
俺とレオンは、下町の最後の調査地点を回っていた。
「これで、全部か」
レオンが、地図に最後の印をつける。
「はい」
俺は頷いた。
調査箇所は、合計十八地点。
どれも、誰も気にしない場所ばかりだ。
『全調査完了。データの整合性を確認しました』
とAIが告げる。
「……よし」
俺は、記録をまとめ直す。
原因、影響範囲、優先順位、対処法。
全て、順序立てて書いた。
「これを、ギルドに持っていく」
「ああ」
レオンが頷く。
「だが、通るかな」
その言葉に、胸が少しだけ重くなる。
「危険度が低い、って言われたら……」
「それでも、出すしかない」
俺は、記録を見つめた。
放置すれば、必ず悪化する。
それは、もう分かっている。
ギルドへ向かう途中、受付の女性とすれ違った。
「あ、カイトさん」
「はい」
「報告、ありがとうございました」
彼女は、少しだけ笑った。
「上の方も、ちゃんと読んでくれてますよ」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
「……良かった」
「ただ」
彼女は、言葉を切った。
「優先度の話が、出てるみたいです」
「優先度……」
「はい。危険度が低いから、後回しにするべきだって」
胸の奥が、じくりと痛む。
『予測通りです』
とAIが静かに言う。
「……そうですか」
俺は、小さく息を吐いた。
後回し。
それが、この問題の本質だ。
危険じゃないから。今すぐ困らないから。
だから、放置される。
「でも」
受付の女性が、続ける。
「あなたの記録、すごく丁寧でした」
「だから、ちゃんと検討はされてます」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
「……ありがとうございます」
「頑張ってください」
彼女は、そう言って去っていった。
報告窓口に着くと、昨日とは違う職員が立っていた。
年配の男性で、厳しい目つきをしている。
「追加調査の報告ですか」
「はい」
俺は、記録を差し出した。
職員が受け取り、ぱらぱらとめくる。
その目は、冷静だ。
「……詳細ですね」
「はい」
「ただ」
職員は、記録を置いた。
「これは、緊急案件ではない」
胸が、きゅっと締まる。
「……はい」
「優先度は、低い」
「ですが」
俺は、言葉を選びながら言った。
「放置すれば、広がります」
「それは、記録に書いてありますね」
職員は、記録を指差す。
「ですが、今すぐ対処が必要なわけではない」
「……」
「他にも、緊急の案件がいくつもあります」
「そちらを優先せざるを得ません」
その言葉は、正しい。
だが、胸の奥が、ざわついた。
『感情的な反論は避けてください』
とAIが告げる。
「……分かりました」
俺は、深く息を吸った。
「では、この記録を、保留扱いにしてください」
職員が、わずかに目を見開く。
「保留……?」
「はい」
「いずれ、必ず対処が必要になります」
「その時のために、記録を残してください」
職員は、しばらく俺を見つめた。
それから、小さく頷く。
「……分かりました」
「保留案件として、正式に記録します」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
「ありがとうございます」
「ただ」
職員は、続ける。
「あなたの記録の正確さは、評価されています」
「……本当ですか」
「はい」
職員は、わずかに表情を緩めた。
「こういう仕事を、ちゃんとやる人は少ない」
「だから、次に何かあれば、あなたを呼びます」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。
ギルドを出ると、レオンが待っていた。
「どうだった」
「保留、です」
「……そうか」
レオンは、小さく息を吐いた。
「でも、記録は残った」
「はい」
俺は、頷いた。
派手な成果じゃない。
すぐに解決したわけでもない。
それでも、確かに前に進んだ。
『記録が正式に保管されました。将来的に参照される可能性があります』
「……それで、いい」
俺は、空を見上げた。
後回しにされた問題ほど、声を上げるのが難しい。
だが、声を上げなければ、誰も気づかない。
だから、俺は逃げなかった。
「次は、何するんだ?」
レオンが聞いてくる。
「……まだ、調べることがあります」
「そうか」
レオンは、小さく笑った。
「お前、本当に諦めないな」
「……諦める理由が、ありません」
俺は、静かに答えた。
王都の空は、今日も高い。
だが、もう遠くは感じなかった。
俺は、自分の場所を少しずつ作っている。
派手じゃない。でも、確実に。
記録は残りました。すぐに報われなくても、確実に意味はあります。
【次回予告】
「静かな評価――派手じゃない仕事が、静かに積み上がる」




