第32話「積み重ねた記録」
【前書き】
見つけた問題を、誰かに伝えるために。
調査を続けて三日が経った。
下町の石畳を歩く足取りは、もう迷わない。
協力者の男――名前はレオンというらしい――が、今日も路地の角で待っていた。
「来たか」
「はい」
俺は頷き、昨夜まとめた記録を取り出した。
紙の束が、わずかに重い。
レオンがそれを受け取り、目を通す。
数秒の沈黙。
「……よく、ここまで」
「AIの助けがあります」
『現在までの調査箇所、十三地点。魔力漏出の原因は、放置された古い魔道具群の連鎖反応です』
とAIが静かに告げる。
「連鎖……?」
レオンが眉を上げた。
「一つだけじゃない、ってことか」
「はい」
俺は、紙の一部を指差す。
「倉庫街の魔道具。下町の井戸。市場の裏の排水路」
「どれも単体では問題にならない。だけど、それが繋がって……」
「悪化する、ってことか」
レオンは、小さく息を吐いた。
「厄介だな」
『正確には、時間経過により影響範囲が拡大します』
「……放置すれば、もっと広がる」
俺はそう言いながら、紙を見つめた。
記録は、もう十分に積み上がっている。
原因も、影響範囲も、対処法も、全て書いてある。
「これなら」
レオンが、俺を見た。
「ギルドに、持っていけるか?」
「……はい」
俺は頷いた。
ただし、まだ不安はある。
この記録が、本当に信じてもらえるのか。
『客観データとして、十分です』
AIがそう告げるが、胸の奥の緊張は消えない。
「じゃあ、今日中に行くか」
レオンがそう言って、歩き出す。
俺も、その後を追った。
ギルドへ向かう道すがら、街の景色が少しだけ違って見えた。
通りを歩く人々。古い建物。石畳の隙間から伸びる雑草。
どれも、今まで気にしたことのない風景だ。
だが、今は違う。
この街の"足元"を、俺は知っている。
ギルドの扉を開くと、いつもの喧騒が迎えてきた。
掲示板の前には冒険者たちが群がり、受付には依頼者が並んでいる。
「報告は、あっちだ」
レオンが、奥の窓口を指差す。
『報告窓口です。調査記録を提出してください』
俺は、深く息を吸った。
そして、窓口へ向かう。
職員が顔を上げた。
「報告ですか?」
「はい」
俺は、記録の束を差し出す。
「下町での自主調査です」
職員が、一瞬だけ眉を動かした。
「……自主?」
「はい。魔力漏出の原因と、対処法をまとめました」
職員は、記録を受け取り、ぱらぱらとめくる。
その目が、わずかに見開かれた。
「これは……」
「問題は、複数の地点に分散しています」
俺は、落ち着いて言った。
「放置すれば、影響範囲が広がります」
職員は、しばらく記録を見つめ、それから顔を上げた。
「少し、待ってください」
そう言って、奥へ引っ込む。
『評価が行われています』
とAIが告げる。
「……信じてもらえるかな」
「信じてもらう、じゃない」
レオンが、隣で言った。
「見てもらうんだ」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
数分後、職員が戻ってきた。
「……カイトさん、ですね」
「はい」
「この記録、正式に受理します」
胸が、わずかに跳ねた。
「追加調査依頼として、ギルドから依頼を出します」
「報酬も、出ます」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
「いえ」
職員は、少しだけ表情を緩めた。
「こういう仕事、誰もやりたがらないんです」
「でも、必要なんです」
その言葉が、胸に染みた。
ギルドを出ると、王都の空が広がっていた。
相変わらず高いが、もう冷たくは感じない。
「やったな」
レオンが、肩を叩いてきた。
「……はい」
俺は、小さく笑った。
記録は、積み上がった。
そして、初めて、誰かに届いた。
派手じゃない。だが、確かに前に進んでいる。
『現在の状況、良好です』
「……ああ」
俺は、静かに頷いた。
これが、俺のやり方だ。
逃げずに見て、記録して、伝える。
それだけで、誰かの役に立てる。
記録が、初めて"声"を持った回でした。地味でも、確実に前進しています。
【次回予告】
「報告という選択――後回しにされた問題ほど、声を上げるのが難しい」




