冷え子先生
昼が過ぎ午後の眠い授業。我慢しても我慢しても目が閉じてしまう。
どうにかしようと姿勢を正すも効果なし。
いつの間にか昨夜の悪夢を思い出してしまう。
いけない。ここは集中集中。昼間っから考えてるようなことじゃない。
古文はさすがに眠くなるよ。もう少し体を使えれば耐えられるのだろうが。
ゆっくりと名文を読まれてもただ眠くなる。入眠魔法であるかのように。
仕方ない。ここは有野さんを見てどうにかするか。
今どうしてるのかな?
きちんとノートを取ってる。偉いな。後で移させてもらおうかな。
へへへ…… 無防備の有野さんも悪くない。真面目な横顔が最高にいい。
おっともう気づいて睨みつけて来る。徹底してるな。
分かってるんだよ。多重人格の影響だと理解してるつもりだ。
でも傷つくんだよね。もう少しだけでも抑えてくれると助かるんだけど。
無理な注文だとしてもせめて無表情であって欲しい。
それにしても美しい横顔。睨みつける時だけは正面から。
俺の視線に気づいてることになる。
あーあいつか一緒にお弁当食べられたらな。無理だと分かってるそれでも……
今の有野さんは今の俺を毛嫌いしてる。夜の俺は逆に夜の有野さんを拒絶してる。
どう考えてもおかしいよな。放課後の彼女とも違うんだよな。強引と言うか大胆。
大人の有野さんに支配される哀れな男が俺の正体。
夜に現れる最後の人格。道徳と常識を失った彼女は攻撃性と残虐性を備えている。
俺の心を見透かして侵入し壊そうとする。
それにしてもどうしてこんなに一日の内にコロコロと変わるんだろうか?
彼女こそ医者に見せた方がいいような気がする。余計なお節介だろうけれど。
五階さんに相談してはみたがどうもはっきりしない。
ただ見守っていて欲しいとだけ。さすが親友だね。
だから授業中はなるべく見守っていることにする。
「そこ! 静かに! 」
先生が後ろを向いた瞬間に話し始める。
「いいですかここが今度の期末テストに出ますからね。
覚えておいてください。ああごめんなさい」
間違えて重要な箇所を消してしまう暴挙に。
決してわざとではないそうだが二度と書きはしない。
まあいつものこと。救済があるので問題はないさ。
「分からなかった人は特別にお教えしますから放課後に来てくださいね」
古文の冷え子先生。もちろん本名じゃない。
いつも笑顔で物静かで冷静で古文を愛するおばちゃんだ。
しかし一度火がつくと憤怒の如く怒りだすので誰も手がつけられない。
だから冷え子先生の時は多少うるさくしても最後まで行かないよう気をつけてる。
実際それで怒られた奴は何人も俺もその一人。大体はクラス単位で叱られる訳で。
放課後にホイホイついてって逆鱗に触れたらまずいからまず誰も行かない。
でも俺はそうも行かない事情がある。ちょっとした報告もあるからな。
「先生来ましたよ。今日の授業の復習をお願いします」
やはり誰も来てないか。どうせもう誰も来ないさ。締め切っていい。
その方が賢明だよな。俺だって本音では来たくなかった。
でもホテル合宿までしたから。最後まで諦めるわけには行かない。
「あら一ノ瀬君もどうやらやる気になったのね」
「ははは…… すぐに帰りますんで」
この先生話出すと長いんだよね。ストップと言っても聞きやしないし。
しかも俺たちに特別な関係でもある。
「では以上です。質問は? 」
「解釈が難しいんですがもしかして他にもあるとか? 」
「偉い。そうですね。もう何通りか解釈がありますが試験ではこれでいいの。
それ以上は専門的になるから高校では扱いません。あるとだけ言っておきます」
どうやら問題はないらしい。一つ勉強になったぞ。
しかし何で俺こんなに熱心なんだ? いつの間にか五階さんたちに感化された?
「それでどうです? 」
古文の話はこれまで。本題に入るとしよう。
「いや…… まだ退院は先になるそうで活動は難しいかと」
「そうですか残念。着物に関しては私も詳しいのでいつでも相談していいのよ」
確かに古文の先生をやってるだけあってその辺はお手のもの。
我がクラブと言うかスカート保存委員会には適任。
ただもう少し近現代だといいな。スカートは古文には出てこないでしょう?
どちらかと言うと西洋の文化。
セーラー服も同じように海外から。先生の言い方では水兵さん。
俺は一年だし二学期の途中からだから歴も浅い。
先輩が異常なこだわりを持っている。俺は親友に誘われて何となく。
今スカート保存委員会は活動休止状態。
親友が怪我して入院してから動きが取れずにいる。
だから文化祭にも不参加だった。今までの調査の結果の公表も止めてしまった。
情けないが仕方ない。俺と先輩とではどうしても温度差がある。
俺たちを繋いでいた親友がいないとバラバラになってしまう。
その休止状態の顧問を任されてるのが冷え子先生だ。
「どう退院は? 今年中にはどうにか間に合うんでしょう? 」
もちろん体も心配だろうがサークル活動再開のめどが立たないのも気になってる。
「そうですね。恐らくは問題ないかと」
「そう。だったら三学期からは活動再開できそうね」
「はい。その点はご心配なく」
ただ俺がその頃までに隣人関係を清算できるかにも掛かってる。
こうして叱られることもなく無事に終える。
ふう思った以上に疲れたぜ。
まあ冷え子先生は基本的に優しいからめったには怒らないよね。
バカなことを聞いて来る連中が常にイライラさせてるだけ。
さあ少々遅くなったが話を聞こう。
でもさすがの有野さんも諦めて帰ったかな?
校門を出るとすぐに有野さんに捕まってしまう。
続く




