二人っきり
思ったほど集中力が途切れることなく充実した一日となった。
やっぱり五階さんは教え方がうまいんだよな。俺尊敬しちゃう。
これなら平均点をグッと上げてクラスで上位を目指せるかもしれない。
希望的観測だけど。まあないよりはあった方がいい希望。
「ありがとうございました。やっぱり五階さんも政治家を目指すの? 」
何となく思いつたことを聞いてみる。
「冗談でしょう? だったらこの高校に入ってない。私はただ普通に暮らしたい」
もしそうなら一人暮らしもあんなところを選ばないそう。庶民の生活に憧れて。
それは立派な考えの持ち主。でも一年もすれば気も変わるかもな。
俺たちと関わっていれば嫌でも自分の居場所が分かるだろうし。
こうして五階さんと別れて高級ホテルで二人っきり。
ここからが本番。まさか一緒に寝るのか?
「ねえお風呂入ろうか? 」
有野さんが呟く。
うん? 誰に言ってるんだ? 部屋を見渡しても俺しかいない。
それはそうだ。だって二人っきりなんだから。
いつものように覗いてる奴もいない訳で。ああそれも俺か……
「済みません。五階さんならもう部屋に…… 」
誘ってる? たとえ誘われてもどうすることもできない。
有野さんはそれ以上は何も言ってくれない。
とんでもない空気になっている。これはまずい。一大事だ!
冗談の一つでも言えたらいいが学校では真面目なクラスメイトで通ってるから。
いや違った。ただの変態のレッテルを貼られた哀れな男。
ただ消しゴムを拾おと思って起こした事件。
事件と言っても大したものじゃない。ただの誤解とすれ違い。
後で話せば理解も納得もするつまらない話。
それでもクラスメイトからの評判はガタ落ち。変態呼ばわり。
しかも一度だけでなく何度もだからな。これが俺のやり方だと定着。
女子を狙う凄腕ハンターとしてクラスの奴らには認識されている。
そんなことないのに。でもいくら誤解だと言っても教師含め誰も相手にしない。
理解者は被害にあった有野さんたちぐらいなもの。
あーあどうして俺って誤解されやすいんだろう? 勘違いされやすいんだろう?
クラスでの評判は最悪。男からの激しい嫉妬に生理的に拒絶しようとする女子。
ほぼ無視だぜ。頼りの有野さんも学校ではなかなか。不機嫌に睨みつける。
いくら多重人格でもそれはないよ。俺の心だって傷つくのさ。
理解はしていてもどうしても信じられない。一体彼女の何を信じればいいのか?
そんな彼女が今目の前で頬を赤らめておかしなことを言ってる。
ここはどう答えるべきだ? 今俺は試されている。
「お風呂なら勝手のどうぞ」
冷たくあしらう。とりあえず様子見だな。どう言うつもりか探りを入れる。
俺はこう見えて紳士だ。今の有野さんは天使のような存在。
無理矢理頼み込めば何でもしてくれるし許してくれるとも思う。
でもその優しさに甘えてはいけない。俺は彼女を愛してるのだから。
おっと…… 大げさだよね。でもずっとクラスで見て来た。
もうその感情が爆発することはあってもなくなることはない。
運よくお隣さんだった訳で。ただずっとこのままでいいのか俺には分からない。
だから今日はその関係をはっきりさせたかった。
「一ノ瀬君…… 」
「晶でいいっすよ。そんな他人行儀はもうやめましょう」
あれ俺は何を言ってるんだ? おかしいぞ。興奮して変なことを言ってる。
しかもちっとも止まる気配がない。このまま告白でもする気か?
俺はバカなことしてる。でももう我慢できない。
「だったら私もマナで」
「それは無理! 学校ではどうする気ですか? 俺はいつも睨まれてる」
「それは…… 」
どうやら多少ながら自覚があるらしい。それでも名前呼びはできない。
拒絶されてるのにそこまで親密でいようとは思わない。
「さあゆっくり入って下さい。俺がいないものだと思って」
一応は気を遣ったつもりだがまさか不貞腐れたと思われてないよな?
それはさすがに悪い。彼女のプライドを傷つけることになる。
「でも…… 」
「気を遣わずに。俺は後で入りますんでどうぞごゆっくり」
「でも一緒に…… 」
「ははは…… 有野さんも冗談きついな。これは非常事態なんですから。
この危機的状況から逃れることだけを考えましょう」
あーあ心にもないことを言う。俺って最低だな。
彼女の想いに応えてやれない。
彼女の感情はきっと一時的なものだろう。
恐らくベースにあるのは放課後の彼女。
しつこく絡んで自分の感情に素直な女の子。
朝の有野さんもいいけどこっちのウザいぐらいの有野さんも慣れたから悪くない。
おっとウザいは禁句だったっけ? そもそも悪口だもんな。
贅沢な話だが俺としてはクラスでの有野さんに振り向いてもらいたい。
そうすれば彼女のすべてを知ることができるだろうから。
付き合うのもこんな風に強引な誘いに乗るのもまだ早い。
そう思ってるのは今がまだ理性が微かに残っているから。
はっきり言ってこの後どうなるかは占い師だって分かるものか。
こうしてどうにか一人っきりになった。
シャワーの音で欲情してはまずいので外へ。
とりあえず一度頭を冷やそう。
うわ…… まずい! 浴衣のまま来てしまった。
しかも最悪なことにオートロックで戻れない。
まあいいか。さあ夜風に当たって……
つい目眩が。頭を壁にぶつける。
最近多いんだよな。クラクラすることが増えた。
やはりこれもあの症状が影響してるんじゃないか? そんな風に感じる。
今度相談するかな。でもあの医者いい加減なこと言いそう。
「大丈夫一ノ瀬君? 」
「へへへ…… 問題ないっすよ有野さん」
あれ? 返事がない? 怒ってる?
それにしても早いな。いくらシャワーでも早過ぎませんか?
俺のためにもっとゴシゴシしてたんじゃないの?
でも別に汗臭い有野さんも悪くない。と言うか大歓迎。
続く




