空を駆ける
尾行を続行する。
それにしても有野さんもこの辺に住んでるんだなあ。偶然俺もこの近く。
まさか毎朝見かけていたりして。
でもたぶん彼女は部活に入ってるから朝練が忙しいだろうし。
俺は遅刻ギリギリで走る癖が抜けない。
仮に近くだとしても今後は出会うことないんだろうな。
俺も彼女みたいに本格的な部活入るのも悪くないかも。
どうせ学校から歩いても三十分もかからないんだし。
しかし自転車通学できないのがネックだよな。
大家さんがうるさくて駐輪代を寄越しなと言うんだもん。
善意の大家さんも遺産トラブルで疲れてる。
もしかして有野さんも歩きなのかな?
夜は物騒だし朝は疲れるしでいいことないと思うけど。
俺の足で二十分とは言え彼女の方が歩き自体は速かったよな。なら問題ないか。
ちょうど中間地点に例のショッピングモールもあるから。
後をつけようとしたがいつの間にか見失ってしまった。まあいいかどうでも。
それから五分もせずに我が家が見えた。
と言ってもオンボロの小さな小さな一軒家。
人気がないから安くて借りられたのは凄くラッキーだったと思う。
まさか幽霊出ないよね? どうも最近眠りがよくない。
体が何かを訴えている。でもそれが何なのか分からない。
相談する相手もいないのでそのままにしてるが大家さんに話した方がいいかな?
この部屋で何かあったんならきちんと話して欲しい。
それが大家さんの義務だ。貸主による告知義務が発生する。
「ああお帰り。ほらいつもの」
学校への行き帰りにしろ大通りに出るにしろこの狭い道を通る必要がある。
反対側からもつながっているのだがそこから行けば随分遠回りになってしまう。
だからいつもこの道を通っている。近いから当たり前なのだが一つ問題がある。
勢いをつけてジャンプ!
「ファール! 」
どうやら踏み出した足がラインを超えていたらしい。
ここには夜でも分かるように光るようにしている。
変なところに拘ってると言うか律儀。せこいとも言える。
もちろん本来なら道路交通法に抵触するだろうが何と言ってもここは私道だから。
「いや歩き疲れてヘトヘトで」
「若いんだから言い訳しない! 私があんたの頃はね…… 」
「ごめんなさい! 今度から気をつけます」
昔話につき合わされる前に退散。半世紀前の話をされては堪らないから。
「ちょっと! 今度ファールしたらあんたが使用料を払うんだ。覚えておきな!」
うーん。安さに釣られてこんな家を借りなければよかった。
でも大家さんが悪い訳でもない。それくらい分かってるんだ。
兄弟でトラブルになって口も利かなくなったせいで財産を分けることに。
その半分が大家さんで残りの半分が兄弟のものらしい。
だから今さっき通った私道はその兄弟のもの。逆側が大家さんの私道。
これ以上勝手に通ると通行使用料を取ると通告されたらしい。
大家さんにしても冗談じゃないと言う気持ちは強いのだろう。
だから俺たちにできれば反対側から来るように。無理なら私道を飛び越えろと。
気持ちは凄く分かるけどこう毎日だと堪らない。
俺はほぼ帰宅部であって走り幅跳びの選手ではない。走るのも嫌なんだからさ。
俺たちと言ったのはここは奥まった三軒のみ。ここは普通の家とは違う。
大家さんが相続してこの家に俺たちみたいなよそから来た学生専用の家。
本来アパートが一般的だが手が出せないほど高いと言うかここが格安なだけだが。
学校からなるべく近くにとなるとここがベスト。
でもほとんどの奴はここの存在を知らない。
俺も転校の時にたまたま母さんが貰って来たパンフレットからだからな。
偶然空いたのでちょうどいいと思って選んだ。俺としてはどこでもよかった。
寮生活だけは避けたかったし電車通学も苦手。
恐らく一学期で転校したからやめたかしたんだろうな。
確か前の住民は俺と同じ一年生の男子だった。
どう言う理由があるのか知らないがもったいないよな。
相場の半額だからな。母さんなどここ以外許しませんって言うから困った。
困ったけどそれが運命なら仕方ない。
大家さんは学生想いの良い人だが兄弟の仲が悪くなってから神経質になっている。
いい加減行き帰りを監視しないで欲しいよな。
ジャンプするの大変なんだからさ。
では一人寂しくお食事としますか。
慣れればどうってことない。単身赴任中の父親もこんな感じなんだろうな。
それにしてもお隣さんはどうしてるんだろう?
興味がないのででっかいレースのカーテンで閉め切っている。
だから隣が何者か知らない。ただ近過ぎるからたまにテレビの音は聞こえる。
そこから嫌らしい声がするのでたぶん男だろう。
右隣がそうだとして左隣は未だに音さえ漏れて来ない。
本当に帰って来てるのかさえ不明だ。
洗濯もので分かりそうだが今は部屋干しが主流。
その場合は女性となる。男なら一週間まとめてコインランドリー。
俺はと言うと母さんが三日に一度回収に来てくれるので問題ない。
もう十月も後半……
間もなく二か月経つことになる。
あれからもう二か月か…… 長いような短いような。
前の学校でちょっとした行き違いで学校に行きづらくなっていたからな。
ちょうど夏休みのタイミングで学校を移った。
でもここでも似たような状態は続く。一人だけの戦いが始まった。
せめて友だちがいたらな…… いや学校では無理か。
つまらないことを考えるのはよそう。今日は疲れたしもう寝よう。
隣から嫌らしい声が流れて眠れなくなる前に寝てしまおう。
いつかご近所付き合いもしないといけない。そう思うと憂鬱だ。
ゴミとかは母さんにすべて任せてるからトラブルは今のところない。
でも話し相手が大家さんだけでは悲しい。
積極的に明日から動こうと思う。
まずは具体的な目標を定める。
でもダイエットと同じで三日は持つが一週間で忘れてしまう。
俺はそう言ういい加減なところがある。
おやすみなさい。
続く




