見えない
真実と幻想が曖昧になる。
俺が望んだ世界のはず。しかしまったく願った覚えがないのだ。
不思議だよな。本当に不思議な出来事。
有野さんが見えない。有野さんのすべてが見えない。
身に着けているものは見えるのになぜか肝心なモノが見えないのだ。
あれほど欲しているはずなのにそれが見えない不思議。
考えと行動が矛盾している。何の為に覚悟を決めたのか?
すべてを犠牲にしてでも俺は見ようとしたはずだ。
こんなはずではなかった。こんなはずでは……
まさか後悔することになるとは思いもしなかった。
なぜかずっと有野さんはそのままと言うカオス状態。
誰か説明して欲しい。もう俺には訳の分からない。ぶっ飛んだ世界。
ああどうしたんだろう俺? 俺がおかしい? きっと俺がおかしいんだろうな。
こうして悪夢の一夜は過ぎて行った。
次の日も次の日も変わらず。同様の症状が続く。
霧が晴れることはない。
まるで拷問のような時間。見なければ覗かなければいいのにそうはいかない。
体が勝手に反応する。ほぼ無意識状態でカーテンの前に待機している。
今日も明日も三日後も同じことを続けるのだろう。
果たしてこの状況がいつまで続くのか?
そうして三日後の帰り道。
いつものように有野さんと歩いていると突然おかしなことを言い出す。
「どうしたの一ノ瀬君? 最近元気がないね。元気にしてあげようか? 」
その発言はあまりにも無防備すぎる。
もう訂正はできませんよ。一度口にしたからには実行してもらう。
表情を見ても変化が見られない以上大した期待はできそうにないが。
元気にしてもらえるなそれに越したことはない。具体的に言って欲しい。
だがその前に一つどうしても確認しておきたいことがある。
「夜はいつもどうしてるの? 」
ついに突っ込んでしまう。
普段の有野さんを見ているとどうしても想像できないんだ。
毎日のように裸でウロウロする困った裸族の方にはまったく見えない。
人は見かけに寄らないレベルをとうに超えている奇行。
俺はまるで夢を見ているよう。あるいは幻覚症状に陥っているかのよう。
「ふふふ…… 何を言ってるのかな? 」
はぐらかす有野さん。二人っきりなのになぜその話題を避けようとする?
有野さんあなたが仕掛けたことじゃないか。どうしてそのような真似を?
今こそはっきりさせるべきだ。そうしなければこちらの身が持たない。
俺の理性がいつ吹っ飛ぶとも限らないのだから。
「ほら何と言いますか夜の有野さんは一段ときれいだからつい…… 」
まずはジャブで。夜の彼女の異常行動に狂ってしまいそう。
「もしかして見たの? 」
そう言って恥ずかしそうに俯く。顔は真っ赤だ。
夜もこれくらいかわいらしいといいのだがちょっと怖いぐらいだからな。
「見てると言うかたまに見かける程度で」
腹の探り合い。ただ有野さんには無意味な気もするが。
無意味な行為を続ける。
「何? 何? どうしたの? 」
五階さんが興味津々と言った様子で話に加わる。
どうやら俺たちの後をコソコソつけていたらしい。
と言っても同じ帰り道。何の問題もないが。
そう俺たち三人は帰り道フレンズ。
「五階さん久しぶり。最近見かけませんでしたがどこへ? 」
つい余計なことを聞いてしまう。さすがに有野さんを追及してられないからな。
「それが…… うち政治家の娘でしょう? だからいろいろとあるんだ。
ここ何日か実家に戻っていたの。そうだ一ノ瀬君も一度来てみる? 」
ふざける五階さん。まあ社交辞令みたいなものだよな。
それに決して興味がない訳ではないので。
「ハイ是非とも! いつか行って見たいなと」
「そう。だったら次に戻る時にでも一緒にどう? 」
実家帰りでつやつやの五階さん。美味そうなものをいっぱい食ったんだろうな。
実家ってどこだ? 次っていつだ?
「来月にもまた会わないといけないの。その時に一緒に行こうよ」
うわ…… かなり具体的だ。これはまずいことになったぞ。
「ははは…… 何だか凄そうだな。俺服ないし…… 。
やんわり断っても見る。それが彼女を傷つけないやり方。
「大丈夫。私が見立ててあげるから心配しないで」
「パピヨン。まさか挨拶に行く気? 」
「まさか。ただの顔見せだよ。お友だちを紹介しますってね。
そうだマナもいく? 」
俺は断ってるはずだ。それなのにちっとも察してくれない。
誰が挨拶に行くと言った? そんな話聞いてないぞ。
いきなり言われても俺は無理。
「いいよ。堅苦しいから遠慮しておく。
それより今ね一ノ瀬君がおかしなことを聞くんだよ」
おいおいまさか俺たちの秘密をバラす気か?
常軌を逸してるよ。どうなってるんだ?
「ああ夜ね。それは彼も男だから。興味があるんでしょう。
でもダメだよ一ノ瀬君。嫌らしいこと聞くのはマナー違反だからね」
意外と厳しい五階さん。危ない危ない彼女にも聞こうとしていた。
「そうではなくいつもどんなパジャマで寝てるのか聞いただけだよ」
これでどうだ? 答えらえはしないだろう?
「えっとパジャマは着ないの私。下着だけ」
ぶわ! つい想像してしまい鼻血が出る。あーあ情けないな俺。
そもそもその下着だってつけてないだろう? 全裸なくせに。
「大丈夫一ノ瀬君。ほらティッシュ! 」
ティッシュ…… ぶわー!
つい鼻血が止まらなくなる。どうしてしまったんだろう?
「あーあ一ノ瀬君がまた鼻血。ほらこっちに」
そうやって引き寄せて胸に当たれば余計に血が出る。
まさかこいつらわざとやってないよな。
「もうどうしたの一ノ瀬君? 今日は特におかしいよ」
それだと俺は前々からちょっとおかしい人になってしまう。
おかしいのはたぶんそっちの方。
「さあ…… 」
「どうしたんだい騒がしいね? 」
もう少しで家と言うところで大家さんに引っ掛かる。
余計な時に大家さんの登場。
これは再び嵐の予感?
続く




