緑先生との密会
緑先生は俺だけの先生だ。
常に優しく見守ってくれる。でも俺と関わればきっと迷惑が掛かる。
それが教師の使命かもしれないがこれ以上は負担になるだけ。
いつも悪いと思ってるが言い出せずにごまかしてしまう。
「もうこれ以上はいいっすよ」
照れくさいのもあるが女難の相があるからな。
できるだけ女性を近づけたくない。
有野さんや五階さんに大家さんは隣人だし毎日のように会うからそれは不可能。
でも学校でならその機会を減らすことができる。
そもそも俺は孤独な一人ぼっちさ。
「ホラ遠慮しない」
緑先生が気に掛けてくれるは大変ありがたいが一か月前と今とでは全然違う。
それを見抜けないのは教師としてどうかと。
あの頃は緑先生の優しさに救われた。でも今はうっとうしいだけ?
もちろんそんなことはない。でも何だかずるい気がするんだよな。
こうやって親しくなっていいのか。だって緑先生は地味だけどきれいなんだ。
俺なんかにはもったいない。俺が憧れを持つのは間違っている。
だけど緑先生が毎日のように相手してくれるのでつい勘違いしそうになる。
こう言う時は男の先生かベテランの女教師が相手すべきで。
まだ若手の緑先生がするものじゃない。おかしな気持ちにだってなりかねない。
俺たちの密会をきちんと報告してるのか? そうじゃないなら危険だ。
おっと…… ついおかしな妄想をしてしまう。
有野さんたちと親しくなり随分自分勝手だが重荷になってる部分もある。
はっきりしない好意は息苦しくなるだけ。
「はあそうですか…… 」
緑先生に見守れながら一人寂しく弁当を平らげる。
「あれ? いつもと中身が違うね。お弁当箱も変えた?
一ノ瀬君お弁当に目覚めたの? 」
目を輝かす緑先生。どうやら違いが分かるらしい。
もちろんそんなことはない。実のところ五階さんに作ってもらっている。
てっきり単なる冗談だと思ったが本当に作ってくれた。もう感謝しかない。
最近知り合ったばかりのお隣さん。隣のクラスで同学年ではあるが余裕がある。
大人っぽくもあるのでつい甘えてしまう。
ただ弁当の件を言えば有野さんが嫉妬しかねない。実際は聞いてるはずだが。
でももう忘れてるだろうし一回か二回だと気にする素振りは見られない。
有野さんには気づかれないように教室では絶対に食べないようにしている。
まあ有野さんは教室ではいつも睨みつけてるからまず問題ないが。
とは言え女難の相が出てるので慎重になるべきだろう。
当然ながら俺の指定席は屋上。ほとんど誰も来ない。
緑先生との食事後の何気ないお喋りに救われていた面があった。
ただ腑に落ちないのはたかが落ちこぼれをどうしてここまで気に掛けるのか?
考えれば考えるほど分からなくなる。
「どうしたの? まさか作ってもらってる? 」
ドキッとする。焦ってはいけない。さあ正直に嘘を吐こう。
「はい。昨日から母がいるので…… はい」
何らおかしくない。模範解答と言っていい。
もちろん嘘ではない。毎週どこかで来ている。
そのことは緑先生には伝えてあるので不思議に思うこともないだろう。
ただ隠しごとしてるみたいで気が引けるのは事実。
ああ…… できるなら正直に話したい。
でもそれでは俺と五階さんがつき合ってる的な話にどうしてもなってしまう。
俺がよくても五階さんが困るだろうし有野さんだっていい顔をしない。
緑先生もショックを受けるかも。それは嬉しい誤算だけど。
だから黙るのが正解。正解なんだけどそれでも何だかな。
何とも表現し難いものがある。俺には相応しくない贅沢な悩みだ。
「先生はどうしてこの学校に? 」
何気なく聞いてみる。
「もう一ノ瀬君たら。別にここを選んだのではありません。
空きがあったからお世話になってるだけです」
説明を聞いてもよく分からないのだが任用されたに過ぎないのだそう。
この学校はさほど頭がよくない。俺だって努力すればクラスで上位に。
学年でもベストテンに入れなくもないだろう。
だから当然進学校などではない。どちらかと言えば低い方。
何と言っても俺でも編入できるところだからな。
理事長は手広くやっており全国に中高合わせて十校近く兄弟姉妹校が存在する。
夏休みに見たパンフレットにでかでかと載っていた。
恥ずかしくないのか? 単なる自慢だろう?
そんな目立ちたがり屋の理事長の元で体育祭や文化祭が盛大に行われる。
来年は全ての学校で行われる大運動会がある。
再来年には合同文化祭まであると言うから豪勢だ。
これがあったから俺はこの学校を嫌がった。
でも贅沢は言えないしどっちでもよかったので押し切られてしまった。
それで同じようなコロコロ冤罪事件を起こせば世話がないよな。
一番の魅力は学費が僅かながら少ないこと。
ただすぐにやめたらもったいない上に想定さえしてない。
盲点としては住まいから遠く離れた場所にあり二時間以上かかること。
もっと近くを選んでもよかったがこれも母さんの命令だから仕方ない。
「緑先生は学園の他の高校に赴任したことあるんですか? 」
「ええ。新人の頃に一年間だけ。一ノ瀬君には分かるかな」
そうやって微笑むからついどきっとしてしまう。
「ああ…… もうこんな時間。一ノ瀬君も急ぎなさい! 」
「先生明日は? 」
「何を言ってるの? 明日も来ます。生徒を見捨てるはずないでしょう! 」
ははは…… いつか見捨てられるのかな?
笑顔で別れる。
緑先生が行き一人ぼうっとしてると五階さんが姿を見せる。
あれ? 機嫌が悪いぞ。怒ってる?
続く




