サトル
週末。俺と有野さんを含めて四人でささやかな歓迎会が催される。
わざわざ俺のためにこんな歓迎会を開いてくれるなんて幸せ。
隣人関係。お隣さんは大切にしないと。
「一ノ瀬君は二人を呼んで来てくれる? 」
料理が得意とは言えない有野さんが俺のために料理を振る舞おうとする。
さあ一体どんな料理になるのかな。楽しみ。
「ああ大家さんなら。でも五階さんがどこか知らないんだけど」
「嘘? 一ノ瀬君は初めてだっけ? 」
「いやそうじゃなくて…… 本当にどこに住んでるか知らないんだ」
それが普通だと思うんだけど。
まさか俺がいつもコソコソ女の子の後をつけているのを知ってるのか?
でもあれは誤解で。ただ歩くのが遅いからそう思われるのであって……
そもそも俺が迎えに行って通してくれるはずがない。
門前払いがいいところだろう? 政治一家の娘だと聞いたぞ。
それこそセキュリティーは厳重のはず。
「お隣でしょう? 」
有野さんがとんでもないことを言いだした。
さも普通の感覚らしいがどうなんだ? お隣と言ったら隣だよな?
「まさか…… 五階さんもお隣さん? 」
「あれ…… 知らなかったっけ? だから仲がいいんだよ」
二人が仲がいいのは知っていた。だがまさかここまで近いとは。
窓を開ければ手に触れるほど近い距離。
ただここからだと玄関には相当遠回りしないとたどり着かないが。
これまでお隣さんのことをほとんど気にしてなかった。
引っ越しの挨拶も母さんが済ましたからな。
お隣さんはただ暗くて大人しい人だとばかり思っていた。でも違ったらしい。
大発見じゃないか。五階さんか…… 政治家の娘で大金持ち。
最高級マンションの五階に住んでる者とばかり思っていたが違うらしい。
実際はタワーマンションの最上階だろうが。
確か隣のクラスでナンバーワン争いをしてたよな?
変な男に引っ掛かって一時は人気が落ちていた。
我がままなスーパーサブ君と別れたことで人気は再上昇。
それがお隣のクラスの五階さんだ。
なぜ俺がここまで詳しいかと言うと隣のクラスの奴から聞いたとかではない。
噂話をしてる奴から漏れ聞いただけ。それくらい人気が高い五階さん。
まさか本気で隣に住んでいるとはな。
有野さんの件もそうだが俺は自分の幸運を見逃していた。
両隣が美少女だなんてどれだけ美味しいシチュエーションなんだ。
涎が止まらない。
おっと…… 俺は有野さん一筋さ。だからこれはちょっとした冗談みたいなもの。
急いで二人を呼びに行く。
「ああもう準備は終わったの? 今行くところだったんだ」
五階さんが私服で登場。そう言えば初めてだな。いや一度あったか?
有野さんのは何度か見てる。ただ有野さんは家ではラフと言うかシンプルだから。
白のタンクトップにショートパンツ。あるいはキュロットタイプのミニ。
涼しげな青のワンピースもあったっけ。
夏のような格好をしてるけど今はもう秋で十一月に入った。
俺の歓迎会にしても遅すぎるかな? もちろん文句を言うつもりはない。
「五階さん。どうぞお越しください」
「緊張しないで。歓迎するのは私たちの方なんだから」
そう言って腕を組もうとする。
さすがは五階さん。服も個性的。
ジャージの上下で色気はないがそれでも魅力を失わないのが五階さん。
学校のジャージじゃないところがお洒落のポイント。
そしていつものからし色の服にモンペ。うんブレない大家さん。
こうして歓迎会はスタートする。
「汚いね。ここ片づけてるのかい? 蛆が湧いたらどうするんだい? 」
「まあまあ大家さん。我慢しましょう」
遠慮のない言葉で嘆く大家さんを五階さんが宥める。
「母さんが毎週…… いや男の部屋なんてこんなものさ」
「それだとサトルみたいになるよ。いいのかい? 」
ガヤガヤワイワイしていた部屋が一瞬で凍り付く。
「サトルって誰? 」
当然の疑問を投げかけるが有野さんも五階さんもただ首を振るだけ。
「大家さん…… 」
「ああサトルって言うのはあんたと入れ替わりで出て行った男さ」
「大家さん。それは前の話だからそれ以上は…… 」
「そうそう。めでたい歓迎会なんだから」
「そうかい? 悪かったね」
必死に止める二人。口を滑らせたと反省気味の大家さん。
一体サトルがどうしたと言うんだろう? そこまで焦ること?
三人の態度により嫌でも不穏な空気になる。
「有野さん。サトルって? 」
一番口が軽そうな有野さんに聞くのがいい。
「それは…… お休みがちだったサトル君。元気づけようと色々したんだけど」
「うんマナの言う通り。結局甲斐なく引っ越したんだ」
「そうそれがサトルさ。サトルはいい子だったんだよ。
でもある日急に体を壊してね。そう言うことだから気にしないでおくれよ」
大家さんが言ったのにそれはない。別にそこまで興味がある訳じゃない。
ただ前の住民がどうなったのか気になる。
「俺だけ仲間外れ? 何で話してくれない? 俺はまだ歓迎されてないの? 」
一体何の為の歓迎会だ? 俺だってもう立派な仲間じゃないか。
なぜ下手な隠しごとをする? おかしいだろう?
「そんなことないよ。でも一ノ瀬君が引っ越す前の話だから」
「そうそうマナの言う通り。余計なことに首を突っ込まない方がいいよ。
一ノ瀬君だってまだ隠しごとしてるでしょう? 」
これは警告か? 確かに楽しく歓迎会をやろうってのに相応しい内容ではない。
「大家さん? 」
「サトルはね…… やっぱりやめよう。それよりもあんたの歓迎をしなくちゃね」
結局謎のサトルの話はそれ以上話題になることはなかった。
どうやらあまりよろしくないセンシティブなものらしい。
突っ込んで聞いては確かに悪いよな。それくらいの常識は持ち合わせている。
隠そうとしてるものを無理やり引っ張りだすのは間違ってるし大人げない。
ただサトルの存在がこの隣人関係に影を落としているのは間違いない。
俺と入れ替わるように出て行ったサトル。彼は今どこに?
続く




