バスケット
翌日。
昨日のことはすべて忘れていつも通りの朝。
うん。きっとあれは俺が見た夢だったんだ。有野さんがお隣のはずない。
隣は確か音漏れする困ったタイプの隣人。大家さんに注意してもらおう。
奴のせいでたまに眠れないことがあるんだから。本当に隣人関係は難しいよな。
騒音トラブルは早く解決してもらいたいもの。
直接言いに行くとこじれるし恨まれる恐れもある。ここは慎重に大家さんを通す。
「大家さん行ってきます! 」
元気よく挨拶。こうすれば大家さんだって……
「はいはい。ジャンプ! 」
毎日のことだからな。忘れるはずないか。なぜか大家さんの悪ふざけにつき合う。
「嘘…… ダメだ…… 」
ファールとなってしまう。今日こそは成功すると思ったのに。
そんなに甘くはないらしい。
「あんたね…… まあいいよ。行ってらっしゃい。そうだマナちゃんから伝言」
嘘…… 昨日のことは現実だったらしい。隣人の有野さんも現実に存在する。
残念だがただの憧れのクラスメイトではないらしい。
うーん。まあいいか。決して悪いことじゃない。切り替えて行こう。
鼻息交じりでスキップしながら学校へ。
有野さんは朝練で先に行ったらしい。別に一緒に登校しようと思ってない。
でも道が同じなら仕方ないよね。いつかはそんな夢が叶えられればな。
脅迫されることなく二人だけで行き帰りを楽しむんだ。
それが俺のささやかな夢。昨日ぐらいに抱いた夢。
今日は早起きできたので十分前に教室へ。
うん順調順調。先生だって笑顔で迎えるはず…… ないか。
「先生おはようございます! 」
「おお元気だな。よしちょっとついて来てくれ」
まさか何かプレゼントでも? いつものお礼とか?
職員室に呼ばれ続けて校長室に。
そう言えばここ校長っていたんだっけ? まったく思い出せないや。
昨日の件を話し合うことに。
「停学でよろしいでね? 」
形式的に聞くだけ。もちろんよろしくないが意見など言えない。
「申し訳ありません。お許しください! 」
「それでこちらがお相手ですね」
ダメだ。話を聞く気はないらしい。困った校長。
「はい。同じクラスの有野です。停学はあんまりですので寛大な処置を! 」
被害者が助けようとしている。おかしな光景。
なぜか俺を庇ってくれる有野さん。
「申し訳ない! 彼女は動揺してるんですよ」
担任が止めに入る。
「いえ…… 私はもういいですから」
庇い続ける有野さん。ただの脅迫者ではないようだ。芯のある脅迫者。
どんな計算してるんだろう。後が恐ろしい。
「おいおい何を言うんだい? これは彼の為にもならないぞ」
先生が余計なことを言う。大人しくしてろよな。俺の立場が危ういだろうが。
「いいんです。昨日お母様からも謝罪を受けましたし本人も反省してるので。
そうだよね一ノ瀬君? 」
「うん」
反射的に答えたが別に悪いことしたとは思ってない。
ただこれで丸く収まるなら構わない。
「そうですか。彼女がそう言うなら停学は止め奉仕活動をしてもらいましょうか」
こうして停学を免れた。
「ありがとう。有野さん」
「ううん。こっちも驚き過ぎたって反省してるから。さあ戻ろう」
優等生を演じる有野さんに感謝の念と共に恐怖を感じる。
どうしてここまでする? 俺を助けなくてもどうにでもなるはずだよな?
一緒に教室に戻ろうとした時だった。
ついに有野さんが本性を剥き出しにする。
「ねえ。まさか何もなしでいいの? 」
「いや…… でも俺は何も思いつかなくてさ」
「だったら次の機会にお願いを聞いてくれる? 」
「ああ当然ですよ有野さん? それくらいどうってことない」
「ありがとう。あなたを助けた甲斐があった」
そう言い放った有野さん。これ以上近づくのはよそう。
体に悪いよ。目的が不明なのだからこれ以上は関わってはいけない。
それが分かっていながらもそれでも引きよせられていく魔物のような彼女。
学校ではこれ以上言葉を交わすことはない。
疑いも晴れスポーツで汗を流す。
体育は男女に別れてのバスケットだ。
俺は運動神経は意外にも悪くなく球技は得意。
ただバスケットって突き指するイメージがあるから苦手意識もある。
「よしそこまで! 」
点は取れなかったがミスは一回だけ。
ディフェンスが鉄壁でオフェンスはアシストのみ。
ただやっぱりあまり目立たないものだから影がどんどん薄くなっていく。
「よし一番遅い奴がボール片づけ係だ! 」
そう言って息切れの俺が聞こえないのをいいことに勝手にゲームをする。
まあいいか。片づけぐらいさ。どうってことない。
やっぱり俺って嫌われてる? クラスのいじめられっ子も仲間になってくれない。
完全孤立無援状態。ははは…… 友だちなどいなくても一人で生きて行けるさ。
これで先生にまで相手されなくなったら危険。
でも今のところ厳しくはするが無視やいじめを受けることはない。
先生も俺をダシに使えば人気も取れるのにそこまでしない。
結局俺の日頃の行いが悪いせいで嫌われてしまっているんだろうな。
そんな俺にまともの話しかけてくれるのは頭の悪い奴らのみ。
だがそんな奴らに頼っていてはこの状態から抜け出せなくなる。
「おいお前鈍いんだよ! 早くボールを拾ってこい! 」
「ははは! 籠はここにあるぞ」
「遅いぞ! このノロマ! 」
「おいおい失礼だろうが! こいつはノロマじゃない! 」
頭の悪い奴の中にも理解者がいる?
「ははは…… 庇ったな? 」
「そうじゃない。奴はノロマじゃなくて変態だ! 」
なぜか頭が悪い奴には一目を置かれ出した? いやからかってるだけだな。
ぶち殺したいが放っておくのが一番だろう。
馬鹿をまともに相手するほど俺は落ちぶれてない。
続く




