脅迫者
社会科の教師は緊急の用があるとかで呼び出され行ってしまった。
生徒指導室には俺と有野さんの二人っきりに。
これはラッキー? それともアンラッキー?
退学か停学か無罪放免かの瀬戸際でおかしな感情に支配されてしまう。
どうしようまずいぞ。これは危険な兆候。
でも先生が言う通り俺の理性が! 理性が! うおおお!
もう吹っ飛んでいると言うのだから流れに身を任せよう。
まずい。二人っきりで興奮してるかと思いきや緊張してしまっている。
一言だって発せられない。そのまま愛の告白したっていい展開なのに。
情けないがもはや無言を貫くしかない。
「ねえ反省した一ノ瀬君? 」
有野さんが俺の為なんかに話しかけてくれた。これは感動だ。
しかも名前まで憶えていてくれたなんてまるで天使のよう。
翼が見えないから堕天使だろうか? おっと失礼なことを考えてはいけない。
「反省する訳ないだろう! 俺が悪いんじゃなんだから! 」
つい反論したくなる有野さんの態度。どうしてもう少し優しくしてくれない?
それは誤解があったのは分かるけどさ。それでも俺たちは仲間じゃないか。
いや正確にはただのクラスメイトだけど。
「何ですって! 」
そう言うといきなり胸倉を掴んでくる。迷いがない。
やっぱり不良の噂は本当だったらしい。夜な夜な遊び回っているって。
確かこの前告白して振られた最低男が流していたから完全に嘘だとばかり。
「ごめんごめん。もちろん反省してます」
「そう。こっちも騒ぎ過ぎたって反省してる。さあ帰りましょうか」
そう言って手を引っ張ろうとする有野さん。これはどう言うことだ?
確かに教師もいないしそろそろ逃亡する頃合いだとは思うが。
有野さんは確か被害者。冤罪とは言え被害者。怖い思いをしたのは間違いない。
だからこの場合普通は余計な話をせずに教室を出るべき。
彼女がしないなら俺から。だから一緒に帰ろうとする心理が分からない。
身元引受人のつもりか? 保釈金いくら払わす気だよ。
「よし今日は一旦保留だ! 帰っていいぞ一ノ瀬! 」
どうやら自分のミスに気づき急いで戻ってきたらしい。いい加減だな。
「怖い…… 二人っきりで怖かった…… 」
十秒前まで普通にしてたのに泣きやがった。普通と言うか胸ぐら掴んでたよね?
いくらかわいくてきれいでクラスで三番手だとしても許されるものじゃない。
「済まなかった。まさか一ノ瀬が手を出したんじゃないだろうな? 」
教師が追及しようにもただ泣き真似をするので俺が睨まれる。
恐らく手を出したのはあちらの方。胸倉を掴んで黙らせた訳だから。
まさかの男子をターゲットにしたいじめっ子?
嘘泣き姫爆誕した今ここは大人しく帰るとしよう。
「では先生さようなら」
小学生のように純粋に挨拶をする。
「はい。ではまた明日会いましょうね」
こうしておかしな疑いをかけられるもののどうにか切り抜けた。
どう考えても女難の相があるよな? これは一度占ってもらうとするか。
まあ今日さえ乗り切れれば停学処分は免れるだろうが。厳し過ぎるよな。
そんな風に思っていた。でも現実はそう甘くはなかった。
現実が後ろからヒタヒタとくっついて来る。おやしろさまかよ?
後ろを振り向くが誰もいない。と思った刹那恐怖女の声。
呪われたか? 女難の相か? 悪霊?
退散されしそれらのものたちよ。
しかしそれでも祈りは通じることはなかった。
どうしてしまったんだ? 俺はそんな体質でもなければ信じる男でもなかった。
だが緊張で熱くなった体がいきなり寒気でどうにかなりそうになる。
「だから一緒に帰るって言ったでしょう? 」
そう言ったのは何と信じられないことに有野さんだった。
有野さんが何で? 少なくても今日は関わってはいけない。
足を掴んでもいけないし胸倉だって掴んじゃいけない。
それが常識。でも彼女は怯むことなく近づいて来る。
「もう早く! 一緒に帰るって言ったでしょう? 」
ダメだ。もう彼女が何を言ってるのか分からない。
やはりクラスで三番手とは言え関わるべきではなかった。
「どうしたんですか有野さん? さっきから変だよ」
どうにか異常性に本人が気づくように仕向ける。これも優しさ。
「どこが? さあ一緒に帰ろう」
そう言いながら不気味に笑っている。
これは脅迫だな。親に言いつけてたらふく頂こうと言う魂胆だ。
でもそれは無理だぜ。親は今日…… まずい! 今日来るんだった。
しかも学校から連絡が行ってる可能性が大どころか確実。
うわ…… 有野さんはエスパーなのか?
エスパー少女有野。うわ…… 自分で言ってて恥ずかしい。これは堪らない。
「ほら恥ずかしがらないで手を繋ごう」
こうして夢は覚めましたとさ。
あれ? 夢じゃないらしい。いい夢にも悪夢にも見えるけど現実らしい。
夢が叶ってしまった。ああ明日から何を楽しみに生きていけばいい?
さすがに一足飛び過ぎる。もっと時間を掛けてゆっくり。
付き合うのは卒業してからでいい。それほど無欲な俺。
煩悩を捨てて開眼を目指す。
「一足飛び過ぎるよ。なあ今日のところはさこれくらいで…… 」
おっと一足飛びからの走り幅跳び。
大家さんが見守る中やっぱり今日もファール。
「あんたこれ以上失敗したら使用料を徴収するからね! 」
冗談とも本気とも取れない大家さん。機嫌は? どうやら良好らしい。
今日は女難の相が現れてるからな。恐らく大家さんだって関係あるよね?
「さあしっかり働くんだよ! 」
うわ…… 本気らしい。まあいいか明日には忘れてるさ。
続く




