春の空 二人は特別なんだからいいんだよ
皆狂っている。
有野さんも五階さんも大家さんも。もしかしたら緑先生だって。
だったら俺だってその仲間入りをして何がいけない。
俺はただの情けないコロコロ男ではない。立派な妹思いの兄だ。
妹を心配するあまりシスコン野郎と言われることも。
でも違うよな? 俺は違う。俺たちは他の兄妹とは訳が違うんだ。
「ふふふ…… 思い出して興奮しちゃったアキラ?
そう呼ばれてるんだよねお兄ちゃん? 」
大笑いの五階さん。有野さんはショックを隠せずにいる。
「見ちゃったんでしょうこんな風に? 」
そうやって見せつけるが当然モヤがかかっていてぼやける。
だから俺はこれまでどうにかなっていた。
そのことを知らない彼女たちは驚くばかり。普通の男では耐えられないからな。
今のところ俺の思春期症候群の症状を悟られてない。
それは夜だけでなく学校でも行き帰りでも。ただ大変稀な状況。
真夏だとしても真っ裸で歩いてる女性などいない。
全国を探せば裸族の皆さんが気にせずに歩いてる場合もある。
特に真夏は暑くて暑くて脳が溶け判断力が低下し起こりえるかもしれない。
しかしそこに遭遇する確率はゼロに等しいのではないだろうか。
「見てない! 俺は見てなんかない! 」
今だって見えてないんだ。こいつらはそれが分かってない。
最後の砦さ。有野さんたちにもあるように男の俺にだって最後の砦がある。
それが突破されない限りは俺は彼女たちより優位に立てるはずだ。
だからこの状況でも余裕がある。だからって限界があるのも事実。
こんなことを続けてればいつか冗談ではなく真実を告白してしまうかもしれない。
そうなれば優位性はなくなり俺はすぐに奴隷と化すだろう。
拷問を受け地獄の苦しみに苛まれることになる。しかしそれでも耐えてみせる。
どんな手を使ってこようと人間を捨てるつもりはない。
狂ってる! 狂ってるよ。有野さんも五階さんも。
どうして俺は彼女たちの方についたりしたんだ?
緑先生を信じ切れずに渡してしまった。本当にこれで良かったのか?
乱れた隣人関係を正そうと一人奮闘していた彼女を切り捨てた。
すべては隣人関係を保つため。それは有野さんを思うあまりにやったこと。
それは正しいことなのか?
ダメだ。いくら自問自答してみても解決に至らない。
俺たちはもう戻れないところまで来てる。
本当にもうどうすることもできないのか?
少なくても有野さんとの幸せな未来はもう無理なのだろう。夢が壊れて行く。
「アキラ。ふふふ…… アキラ覗かないでよ」
似てねえ! 何一つ似てないがここで指摘してはドツボに嵌る。
再現してみろと言われたら逃れられない。
「優しい優しいお兄ちゃんなんだよね? 」
ダメだ。止まらない。五階さんは俺を仕留めに来ている。
こんな屈辱を受けるぐらいならいっそのこと彼女の思い通りに動けばよかった。
己を保とうとどうにか冷静に冷静にと無理な我慢をしてまで耐えたのに。
結果最悪な事態を引き起こすんだからな。
有野さんも五階さんもとんでもない多重人格者。
それは俺にも言えること。
夜の出来事はきれいさっぱり忘れること。それがいい。
だからこそ今は必死に耐える。もう招待しない。
アキラと和葉。一歳違いの兄妹。
しかも決して仲が悪いのではない。
そう…… 俺たちは仲の良すぎる兄妹なのさ。
俺がここで隣人関係を結べば和葉が嫉妬するのは目に見えていた。
それを母さんが見逃すはずがない。すべて分かった上で引き離した。
それでも和葉は俺の後を追ってこの学校を受験。
当然合格。だから来年からは一緒に。それが和葉の願いのはず。
俺にとっては生意気だがかわいい妹。かわい過ぎる妹。
その歪んだ関係が家族の不和を招く。
そうして両親は仲が悪くなっていった。
でも俺がいなくなり落ち着きが戻ったはずだ。
それを一年で元に戻すなんてできない。できるはずがない。
「アキラ。消しゴムコロコロ事件以前にもっと決定的な事件を起こしていた。
実の妹の和葉ちゃんを覗いた。そうでしょう?
二人の秘密。誰にも言わない二人だけの秘密だった。
それを知られてしまった。あなたは気づかれないけど悟られたのよ。
一度ならまだしも何度もだから。
あなたは優しいお兄さんなんかじゃない! 欲に塗れた変態よ!
ははは! あなたも結局はこっちの人間。
ここに来て隣人関係を築いてようやく自分の本性に気づいた? 」
ダメだ。もう五階さんの優しさが消えている。有野さんも笑っている。
もうここはダメだ。誰が何と言おうと逃げてしまおう。
俺は二人を救えない。自分自身を救うことさえできないのだから。
もはや二人に付き合ってられない。
どこでおかしくなったんだろう? 俺たちの隣人関係はどこで破綻したのか?
もう狂ってしまっている。日常が破壊されていく。
有野さんに五階さん。もう人間じゃない。鬼だ! 羅漢だ!
俺はこんな場所で一人孤独に戦う。それが運命。
俺に与えられた試練である。悲しいが受け入れるしかない。
今までが天国過ぎたんだ。多少苦しい思いをするのは仕方ないよ。
羅漢ボッチなんてね。
裸でせんべいをバリバリ言わせて笑っている。
ずっと意味不明に笑っている。
「ねえどうしてアキラは興奮しないの? 」
有野さんは疑問を持つ。積極的だったからな。
「興奮してるさ。ずっと興奮してるよ。興奮しない奴がいるのかよ! 」
つい語気を荒げる。そうするとなぜかピタリと笑いが止んだ。
こんなことってあるのだろうか? 不思議だ。不思議な光景。
でも俺はそんな非道な人間じゃない。
元々が紳士だからこれ以上は振る舞えない。
今のだって急に思いついた。自分でも訳が分からずに叫んだ。
「妹好きのお兄ちゃん」
挑発を止めない政治家の娘さん。
「いいだろう? 俺たちは仲のいい兄妹なんだからよ」
俺は絶対に屈しない! 俺たちはただの仲のいい兄妹さ。
続く




