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子種がほしい②

 貴族は自身に流れる高貴な血筋に誇りを持っていて、平民を卑しい血筋と思っている。その平民の血が混じることをマレーナはちゃんと理解しているのか。


 それに、もし生まれてくる子どもにその卑しい平民の血が流れているとわかれば、人々は眉ひそめ、下賤な者と蔑むだろう。

 

 秘密はどんなに必死に守っても、どこかが綻べば秘密は秘密でなくなり、人々が喜ぶ醜聞ネタがあっという間に知れわたる。そんな危険を負う覚悟はあるのか。


「もちろん、覚悟のうえです。もともと私は、貴族と平民に人として差があるとは思っていません。身分で血の色が変わるわけではありませんから。私には守るべきものがあるから、この方法を選んだだけで、そこに貴族だ、平民だ、は関係ないのです」

「あなたが守りたいものは?」

「この瞳の色」


 マレーナは自身の瞳を指ししめし、ルイスがじっと青みがかった黒い瞳を見つめる。


「確かに、内乱を終戦に導いたゴードン・ウェストモントの瞳の色だ」


 その言葉にマレーナが、驚いたように目を見ひらいた。


「ゴードンをご存じなのですか?」

「まぁ、私もそれなりに勉強はしていますからね」

「嬉しいです。ゴードン・ウェストモントは私の憧れなんです」


 過去に国を二分する国王派対反国王派の戦争が起こったとき、王国騎士団長と彼が率いる騎士団が、反国王派軍を制圧し内戦を終結させたことは、王国国民なら誰でも知っている有名な話だが、その裏でゴードン・ウェストモントが外国と手を結び反国王派に圧力をかけてその力を削ぎ、騎士団の勝利を後押ししたという逸話がある。


 そのゴードンを語るときに必ず触れられるのが、この青みがかった黒い瞳の色だ。


「この瞳の色は、一族の誇りです。今ではゴードンの血もずいぶんと薄れてしまい、この色の瞳を持つ者は私だけになってしまいました。……私は、この色を残さなくてはなりません。それは直系として生まれた私の、果たさなくてはならない責任でもあるのです」


 それはマレーナだけの願いではない。父も母も祖父母も曾祖父母も、先祖が必死になって守ってきたものなのだ。


 ウェストモント伯爵家はゴードンが存命だったころの勢いをなくし、今となっては片田舎の弱小貴族ではあるが、その誇りを失ったわけではない。


 国を救った英雄の一人に名を連ねるゴードンの血と瞳の色を受けつぐことは、名誉であり誇りであり、その証を残していきたいという思いは、もはや呪縛にも近い願いだった。


「なるほど、そのためにはあなたが子を産む必要があるんですね」

「そうです」

「子どもができたら、その子はどうなりますか?」

「私の子どもですから、いずれは爵位を継ぐことになります」

「……愛されますか」

「……もちろんよ。私にとってかけがえのない存在になるわ」


 子どもが生まれれば、唯一、マレーナが愛情を惜しみなく与えることのできる存在になる。


「……私がやろうとしていることは、最低だと思いますか?」

「……そう思われたいのですか?」


 マレーナは首を振った。


「そうであるなら、あなただけはそんなことを言うべきじゃない。胸を張ってあなたの誇りを守ってください」

「……ありがとうございます」


 まさかルイスが、マレーナがほしい言葉をかけてくれるなんて思わなかった。こんなとんでもない依頼をするマレーナを肯定してくれるなんて。


(とても優しい人なのね)


 ルイスは淡々としているが、その態度がマレーナにはありがたい。こんなとんでもない依頼なのだ。過剰に反応されたら羞恥心に耐えきれなくなってしまう。


「それで、依頼の件ですが」


 マレーナの肩がビクンと跳ねる。


「私では、どうでしょう?」

「え?」


 その言葉にマレーナは驚き、眉根を寄せた。なぜなら、彼の髪は黒で銀色ではないから。


 ルイスが立ちあがり、机の引き出しから小さな小瓶を取りだした。ハンカチに瓶の中の液体を垂らし、自身の髪の先にハンカチの液体が付いた部分をあて、数回こする。


 するとハンカチの液体を垂らした部分が黒くなり、ルイスの髪のハンカチでこすった部分が銀色になった。


「私の本来の髪色は銀です。少し黒みがかっていると思います」

「そ、そうなんですね……」


 まさか、ルイス自ら依頼を受けようとしてくれるとは。


「私は、パシェット男爵家の三男ルイスといいます。元ですが。今は家を出て平民となりましたのでただのルイスです」

「貴族だったのですね……」

「元、です。それで、どうしますか? 私でなくても、あと二人ほど条件に合う人間がいるので紹介できますが。二人とも口が堅く、信頼の置ける者たちです」

「い……いえ……! あの、ルイス様で! ルイス様でお願いします! ルイス様が、いいです……」


 慌てたせいで大きくなった声は、あっという間に小さくなった。


「わかりました。では、そうしましょう。大丈夫です。なにも恥ずかしいことではありません。あなたは依頼をして、私は依頼を受けるだけですから」

「あ……はい、そうですね」


 ゴードンを知っていたルイスに親近感が湧いてしまったせいか、彼が優しい人だと知って安心をしてしまったせいか、依頼という言葉で突きはなされた気がして、胸が締めつけられる。


(私ったら、いったいなにを勘違いしているのかしら?)


 彼は仕事を引きうけただけ。決して親密な関係になろうとしているわけではない。それはマレーナも同じ。ここに来た目的はあくまでも依頼をすること。それだけ。


「実は、……こ、子……種、とはべつに用意していただきたいものがあります」

「それは?」


 睡眠薬と、媚薬、妊娠を促す薬。 


「手に入れることはできますか?」

「違法なものではありませんから、少々時間はかかりますが手に入れることは可能です」

「では、お願いします」


 それから二人はマレーナの体調を考慮して逢瀬の日にちを決めた。


 逢瀬は月に二回、期間は最長で六か月。それで妊娠をしなかった場合、継続するか断念するかはマレーナが決める。


 なんとも事務的な子づくり計画。相手は今日あったばかりの赤の他人。


 でもそれでいい。なにも知らなければ、余計な感情を抱かなければ、空しさも罪悪感も最小限ですむ。


「ご要望のものが準備できたら、また連絡をします」

「お待ちしています」


 前金も払った。もう、あとには引けない。




読んでくださりありがとうございます。

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