子種がほしい①
マレーナがいる場所は裏通りの……なんて怪しい場所ではない。街の西にある商業地区の一画にあるギルドで、盗みと人殺し、犯罪にかかわること以外ならなんでも請けおってくれる便利屋だ。
「依頼をしたいんですけど」
マントのフードを深く被って顔を隠したマレーナは、見るからに訳ありの依頼人だ。
そのせいなのか、受付に座る大柄な女性はジロリとマレーナを上から下まで見て、それからマレーナの顔を探るようにのぞき込む。
「初めて?」
「はい」
「うちはギルドだよ」
「存じております」
「お嬢さんのような人が来る場所じゃないんだけどね」
「それを決めるのは私です」
「ふーん」
意外だ、と言いたげな顔をした受付の女性は、突然立ちあがると「ちょっと待ってて」と言って、自身の後ろにある部屋のドアを開けて中へと入っていってしまった。
女性を待っている間、手持ち無沙汰になったマレーナは、興味津々に辺りを見まわす。
依頼を受けるためなのか、時間を潰すためなのか、いくつか置かれたテーブルに集まっている強面の男たちがチラチラとマレーナを見ている。
マレーナはそちらを視界に入れないようにして、壁のコルクボードに張られた依頼を一つひとつ見ている。
『庭の草刈りを半日で終わらせてくれる人を求む!』『新しいパンのアイディアを求む!』『料理がうまいお嫁さんを求む!』など、様々な依頼があって興味深い。
少女と言ってもいいのではと思われる幼い顔をした女性が、依頼の紙をひととおり見てから『髪結い求む! お見合い用』と書かれた紙を剥がしていった。
「あんなに小さな子までギルド員なのね……」
ここにいる人たちはほとんどはギルド員で、仕事の依頼を受けに来た人たち。つまりここにいる誰かが、マレーナの依頼を受けるかもしれない、ということだ。そう考えると途端にマレーナの体に緊張が走る。
条件に合えば誰でもいいとは思っていたが、そう簡単な話ではない。相手に変な性癖があったら? 変な病気を持っていたら?
ここへきてようやくそんな具体的な心配が出てくる。
(引きかえすのなら今よ。ううん、嫌な相手だったら断ればいいじゃない。なにも、誰でもいいわけじゃないんだから。でも、時間がないのにそんなことを言っている場合? 所詮ギルドなんだし、高望みなんてできないわ。わかっていたことじゃない)
決意に生じたわずかな迷いが、あっという間に膨れあがって決意が揺らぎ、どうにか折り合いをつけようと頭の中で自問自答をくり返す。しかしいいのか悪いのか、自分の中で消化するより先に、受付の女性が戻ってきてしまった。
「付いてきな」
そう言って顔をクイッと傾げて、今出てきた部屋を示した。
マレーナはそれに従って受付を通り、女性のあとに続いて部屋へと入っていった。しかし、女性が入るように示したのは、さらに奥の部屋。ドアを開けて「入んな」と言うと、女性はさっさとひき返していった。
マレーナは大きく息を吐いて、それから静かに部屋に足を踏みいれる。
「ようこそ」
そう言ったのは、整った顔立ちに眼鏡をかけた黒髪の男性。マレーナと同じくらいかそれよりも年上といったところだろうか。低めの声で、とても落ちついた印象だ。
「座ってください」
促されてソファーに座ったマレーナとその向かいに座る男性。
「ギルドマスターのルイスです」
「マレーナと言います」
「……」
家名は名乗らなかったが、ルイスはすでにマレーナが貴族だということに気がついているようだ。受付の女性も気がついていたのだろう。通常なら受付の女性が依頼人と話をするのに、マレーナはギルドマスターであるルイスの部屋に通されたことからもそれがわかる。
「うちは盗み、人殺し、その他犯罪となる依頼は受けません」
「存じております」
「それはよかった。それで、ご依頼は?」
「……」
ルイスに聞かれて口を開くも、言葉が出ない。
「マレーナさん?」
「……あの……」
なかなか依頼を口にしようとしないマレーナに対して、ルイスはわずかに怪訝そうな顔をする。少しすると、手をぎゅっと握りしめたマレーナが、ゆっくりと口を開いた。
「こちらには……当然、守秘義務はありますよね?」
「もちろんです」
「秘密が漏れればどうなります?」
「それに見あった賠償をさせていただきます」
「お金ですか?」
「簡単に言えばそうですね」
「そう」
「ですが、そのようなことにはならないとお約束します。うちは小さいギルドですから、信用を第一にしています。そうでなければ、あっという間に潰されてしまいますから」
マレーナがこのギルドを選んだのもそれが理由だ。
ギルドを立ちあげてから数年しかたっていないため、ギルド員は多くないが、その分統率がとれていて客とのトラブルはほとんどない。評判も悪くないし、人数が少ない分結束が固く、機密が漏れる可能性が極めて低い。
駆け出しのギルドだからこそ、信頼を得ることがなによりも重要であることを、この男は理解しているのだ。
「それで、ご依頼は?」
再びルイスが聞く。
わずかにマレーナの肩が震え、握りしめていた手にますます力が入る。
もう、後戻りはできない。する気もない。
「……がほしいんで、す」
「は?」
「ですから……ねが欲しいんです」
「え?」
「ですから、子種が! 欲しいんです!!!!」
「………え?」
覚悟を決めたのはいいが、覚悟を決めすぎて声をかなり張ってしまった。声に驚いたのか、依頼内容に驚いたのかルイスが唖然としている。
「あ……」
羞恥が一気に体中を駆けめぐり、頭から足の先まで一気に熱くなる。思わずうつむいて、両手で顔を覆った。穴があったら入りたい、とはこのことか。
「子種、ですか?」
「……は、い」
できることなら聞きかえさないでほしかった。いや、これは依頼なのだから確認のために聞きかえすだろうが。でも、できることなら――。
「そうですか……」
うつむいて顔を隠していたマレーナは、それ以上ルイスが言葉を発しないまま、ずいぶん時間がたったことに気がついた。ずいぶんとは言っても、実際には一分ほどだろうか。
そっと顔を上げると、マレーナの視界に入ったルイスは、意外なことに真剣な顔をして考えこんでいた。こんなとんでもない依頼だというのに、笑うこともなく、呆れている様子もない。
しばらくしてルイスが視線を正面に向けると、マレーナと目が合い、じっと見つめていたマレーナは慌てて視線を逸らす。
黒い髪に眼鏡の奥にある黒い瞳、整った顔立ちは魅力的で、座っていても逞しい体躯をしているとわかる。思わずマレーナが見とれてしまうほどの美丈夫だ。
「依頼はわかりました。希望はありますか?」
「え……希望?」
「相手の容姿などです」
ルイスはこの依頼を受けることを考えてくれているようだ。
「髪は銀色。白より黒に近い銀色がいいです。瞳は青か黒。背は私より高ければ問題はありません」
「具体的ですね」
「……ええ」
「事情を聞いてもいいですか。もちろん仕事の内容は他言無用ですので、ここで話されたことが外に漏れることはありません」
「……夫に浮気をされまして」
「……」
「浮気相手は、私が……可愛がっていた女性です」
マレーナは、まとまらない話し方でポツリポツリと話す。
「もう……夫と夫婦関係を続けることはできません。でも、再婚は考えられません」
「そうですか……」
「夫の髪の毛は黒に近い銀髪で……。彼に容姿の似た子どもが欲しいんです」
「……旦那さんを今も愛しているんですね」
「いいえ、まったく」
「え? じゃあ」
「彼とまったく違う容姿だと私の不貞が疑われるでしょ?」
そう言いはなったマレーナの顔がゆがむ。
「なるほど」
ルイスの相槌は淡々としていて、同情している様子はない。そのせいか、重かったマレーナの口がずいぶんと軽くなった。
「ひどい女だと思いますか?」
「いいえ」
「命をなんだと思っているんだと呆れるでしょ?」
「いいえ」
「うそよ」
「私にとってはただの依頼です」
「……そうよね」
依頼。そうだ、これはただの依頼だ。
「このギルドに在籍している者はすべて平民です」
ルイスは淡々と話を続ける。
「……はい」
「つまり、ウェストモント伯爵家に平民の血が入ることになりますが」
「え……?」
マレーナはハッとして口を押さえた。なぜ、マレーナがウェストモント伯爵だとわかったのか?
「失礼しました。私もこのような仕事をしていますから、それなりに情報を持っています。ましてやあなたは領主だ。普段であれば、このようなことは言いませんが、ご依頼の内容が内容ですから、きちんとご自分がやろうとしていることを理解しているのか、しっかり確認させていただきたいと思っています」
リスクは極力避けたいですからね、とルイスが首をすくめる。
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