キングストンとルイス②
ルイスは表情を変えることなく、突きはなすように淡々と言葉を発した。しかし、キングストンは引きさがらない。
「なぜですか?」
「無駄だからです」
「なにが無駄なのですか?」
「ご依頼の人は見つかりません」
「見つかります!」
興奮したキングストンの声が大きくなる。
「たったそれだけの情報で、どうやって見つけるのですか? ルイスという名前を持つ人がどれだけいると思っているのですか? 見つけられるはずがありません」
「その人は僕の顔を大人にした感じです。目の色は違います。でも、きっと銀色の髪を黒く染めています。だから――」
キングストンの話を遮るように大きく息を吐いたルイス。思わず口を噤むキングストン。
「……なぜ、その人を探しているんですか?」
「……僕が、会いたいからです」
ルイスが目を見ひらく。
「母の口からルイスという名を二度も聞きました。一度は僕の顔を見て、その人と勘違いしたんだと思います。きっと、母も会いたいはずです」
「君のお母さんは、会いたいと言ったんですか?」
「いいえ、でも僕にはわかります。母はその人のことが好きなんです」
「……それはない」
ルイスがボソッと呟いた言葉はキングストンには聞こえなかった。
マレーナは、依頼が完了したと使用人を使って知らせて来た。それ以来、彼女から連絡はないし、こちらからも一切連絡していない。
二人は依頼人と請負人というだけで、特別な関係ではないのだから当然だ。
「とにかく、この依頼は受けられません」
「そんな……」
(ここまで来たのに)
膝に乗せた拳をギュッと握りしめて、次の言葉を考える。もっとルイスと話がしたい。今、追いだされたくはない。なにか、彼ともっと――。
(……あ、そうだ)
まだ、依頼できることがあった。
「では、剣術を教えてくれる人を紹介してください」
「剣術?」
「僕、今度学園の競技大会で剣術部門に出るんです。でも僕には、指導してくれる師範がいなくて。大会には母が応援に来てくれるので、僕、どうしても勝ちたいんです。それで、僕に剣術を教えてくれる人を紹介してほしいんです」
「それなら――」
「あなたに見てもらいたい!」
「……っ!」
キングストンの勢いに押されて、思わず口を噤むルイス。
「……私、ですか……?」
「あなたは、学園で一、二を争う強さだったと聞いています」
「誰から?」
「ヨハンです」
「ヨハン?」
「はい、我が家のスーパー爺さんです」
「スーパー爺さん……」
「ですから、あなたが僕に剣術を教えてください」
少し前まで不安そうな顔をしていたキングストンが、再び瞳を輝かせている。ルイスは溜息を吐いた。
「私は剣をしばらく握っていないので、教えることはできません。現役の実力者がいますので、その者を紹介します」
「こ、困ります。僕はあなたに教わりたいんです」
「ですから――」
「子どもが自分の父親に剣を教わるのは普通のことです!」
「……っ!」
ルイスがぎょっとして、思わずキングストンを凝視してしまう。
「……なにを、言っているんですか?」
「あなたは僕の父様ですよね?」
「違います」
「うそです!」
キングストンが興奮気味に立ちあがり、声を大きくする。ルイスは驚いてキングストンを見あげ、それから大きな溜息を吐いた。
「……そこの護衛の君。この子を連れて帰ってください。ここは子どもの来る場所ではないんです」
ルイスの無情な言葉に、キングストンが激しく首を振る。
「いやです。僕、依頼を受けてもらえるまで帰りません……!」
そう言って、ギュッとソファーにしがみついた。
ルイスは大きく息を吐いて立ちあがると、そのままドアの前まで行ってドアノブに手をかけた。そして、ふり返ってキングストンを見る。
キングストンはかなしそうに眉尻を下げて瞳を潤ませ、耳の垂れた子犬のような顔をして、ルイスに訴えてくる。ギュッと結んだ口元がゆがみ、今にも泣きだしそうだ。
(や、やめろ、そんな目で見るな……!)
あんな顔をされると胸が痛むし、泣かれるのはとても困る。しかし、ここで優しくすることは彼のためにならない。ルイスとキングストンは決してかかわってはいけないのだ。
グッとドアノブを握りしめ、少し勢いよくドアを引く――と、ドアの外で盗み聞きしていた、ギルド員がどたどたと部屋の中に倒れこんできた。
「いでっ!」
ルイスは驚き、それから大きく息を吐いて、うつ伏せに倒れこんでいるギルド員をギロリと見おろす。その中にはアントンもいた。
「……なにをしている、お前ら……!」
「いやぁ……」
「ちょっと、気になってよぉ……」
そう言いながらキングストンをチラッと見る。
「まじか……アントンの言ったとおりだ。本当に、マスターの子ーー」
「さっさと仕事に行け!」
地を這うような低く怒気を孕んだ声。
「わかっていると思うが、他言無用だ」
「も、もちろん、わかってるって」
「し、仕事、行ってきます!」
ルイスの声に慌てて逃げだすギルド員。しかし、アントンだけはその場に立ちどまってルイスを見る。
「ルイス、お前、逃げるなよ」
「なんだと?」
「そんなちっこい子どもが、お前を探してわざわざここまで来たんだ。覚悟を決めてもいいんじゃないか?」
「なんの話だ」
「とぼけるな。バレバレだぞ」
この少年がルイスの子どもであるということ。戸惑いながらも、ルイスが喜んでいるということ。
「いいんじゃねぇの。守秘義務、少しくらい破っても」
アントンはそう言ってニヤッと口角を上げる。ルイスは大きく息を吐きながら首を振った。
「いや、だめだろ」
守秘義務を守ることはギルドの信用を守ることだ――が、キングストンの姿はすでに多くの人に見られているし、あの容姿だ。ルイスと関係があると推察する者も当然出てくるだろう。となると、情報が漏れるのは時間の問題。
それならいっそのこと依頼を受けてしまったほうがいいのかもしれない。いや、賢そうだし、適当に説明をして、もう来るなと言えば、素直に言うことを聞いてくれるかも……。
そんな可能性に期待してチラッとキングストンを見ると、彼は瞳をキラキラと輝かせながらルイスを見ていた。
(……無理だな)
彼はとても頑――いや、芯が強そうだから、簡単には諦めてくれなさそうだ。こうなったら、もはや守秘義務がどうとか言っている場合ではない。
(アントンの言葉が現実になりそうだ)
思わず大きな溜息を吐く。
「アントン、いつまでそこにいる気だ。早く、仕事に行け」
「わかってるよ」
アントンは手をひらひらと振って階段を下りていった。アントンの背中が見えなくなるのを確認してドアを閉めたルイスは、先ほどまで座っていたソファーに戻って腰を下ろし、キングストンと目を合わせる。
「わかりました。剣術指導の依頼でしたらお受けします」
「本当ですか!」
「ですが、先ほども言いましたが、私はしばらく剣を握っていないので、たいした指導はできないと理解してください」
「はい!」
「もしかしたら、君が私のことを簡単に打ちまかしてしまうかもしれません」
「はい! 問題ありません!!」
「いや、問題だらけだろ」
ボソッと言ったルイスの声は、今度はキングストンにも聞こえたようで、大きな口を開けて楽しそうに笑いだす。
「あはははは、確かに! あははは」
その屈託のない眩しい笑顔は、ルイスに不思議な感情を与えた。
愛されて育ったとわかる少年が、なんの憂いも迷いもない真っすぐな瞳で自分を見つめ、卑屈になることもなく自分を父様と言う。平民の、しかも訳有りばかりが集まるようなギルドを束ねる自分のことを、だ。
普通だったら、そんな男が自分の父親だなんて恥ずかしいと思うものだろう。しかしキングストンからは、そんな感情をほんの少しも感じない。
マレーナの愛情がこの子をここまで素直で、頑固――いや、芯の強い子にしたのか。
(あのときの言葉はうそではなかったな)
――愛されますか?
――もちろんよ。私にとってかけがえのない存在になるわ。
読んでくださりありがとうございます。








