キングストンとルイス①
キングストンはギルドの看板が掲げられた建物の扉の前に立ち、中に入れずに右往左往している。
「坊ちゃん、行かないんですか?」
「あ、うん……」
エリックに声をかけられてもなかなか勇気が湧かず、扉の前を行ったり来たりして、ドアノブに手をかけることができない。
数日前からずっとこの日を楽しみにしていたのに、いざここまで来たら、急に緊張してきて、ついでに不安もやってきた。
(本当に父様がここにいるのかな? 僕、すぐに父様ってわかるかな? 父様は僕のこと、わかるかな? 僕が会いに行ったら困るかな……?)
もしキングストンを見て困った顔をされたら、きっと悲しくなってしまう。
扉の隙間から、にぎやかな声が漏れきこえる。
「やっぱり……行くの、やめようかな」
「では、戻りますか?」
「……うん、でも……」
せっかくここまで来たのに? せっかくヨハンが教えてくれたのに?
「やっぱり、僕、行くよ」
キングストンが心臓をドキドキさせながら、意を決してドアノブに手を伸ばした。と、突然扉が開き、それに驚いたキングストンがバランスを崩して尻もちをついた。
「いてっ」
「お、わりぃ」
開いた扉から出てきたのはアントン。
アントンはエリックがキングストンを立ちあがらせるより先に、地面に座りこんだキングストンの腕を引っぱり上げた。
「すみません」
「大丈夫かい? こっちこそ悪かったな」
「いえ、僕がこんな所に立っていたのが悪いので」
そう言ってキングストンがアントンを見あげると、アントンはギョッとしたような顔をしてキングストンの顔をのぞき込んだ。
「ウソだろ……」
「……?」
目の前に立つ男の子の顔は、どう見てもルイスの子どもバージョンだ。それに実際に見たことはないが、確かルイスの髪は銀色だったはず。酔った席で本人が言っていたから間違いない。
(ルイスの奴、ヘマしちまったのか?)
ルイスは賢く慎重な男だ。勢いで羽目を外すような男ではない。でも、たまにはこんなミスもする、ということか。いやいや、これはミスで片づく話ではない。
「……坊や、ギルドになんか用かい?」
「は、はい、人を探しに」
(おいおい、こりゃシャレになんねぇぞ? しかも、なんだ? 貴族の子どもじゃねぇか?)
ワクワクしていいのか焦ったほうがいいのか判断しかねているアントン。しかし最終的に、ちょっとおもしろそうだ、という好奇心が上回った。
「じゃ、俺が案内してやる。ついて来な」
「え……?」
「ほら、行くぞ」
アントンは、出てきたばかりの扉から再び建物の中へと入っていく。キングストンは慌ててアントンのあとに続き、エリックもそのあとを追った。
建物の中は喧噪に包まれ、活気に満ちていた。話し声や笑い声、少し怒鳴り声も聞こえる。奥のほうのテーブルからわっと歓声が上がり、手を叩きあっている男たちが見える。
「うるさくて驚いたかい?」
ふり返ってアントンが聞いた。
「は、はい、ちょっと」
こんな雰囲気は初めてで、圧倒されてしまったキングストン。
「これでもうちはお上品なほうだぜ。ほかのギルドはこんなに治安がよくないし、けっこうタチの悪いのがいるからな」
「そう、ですか」
アントンがニッと笑うと、キングストンは緊張した表情を見せた。が、脳内はちょっと興奮気味。
(お上品なほうだぜ……。か……格好いい! これこそ、ギルドって感じだよね! 僕、こういうのに憧れていたんだよ)
キングストンは先ほどまでの緊張とは別の意味で、心臓をドキドキさせた。
「おう、アントン。仕事に行くんじゃなかったのか」
「ちょっと、野暮用だ」
アントンは仲間に行き先を教えるように階段を指す。
「あら、アントン、どうしたの?」
今度は受付の艶っぽい女性が声をかけてきた。
「マスターに野暮用だ」
「そう」
受付の女性はチラッとキングストンを見て、それから後ろを歩くエリックと目が合い、ウインクをして手を振った。エリックは顔を赤くして視線を逸らす。
建物は数年前に改築され、ギルドを立ちあげた当初より何倍も大きくなっている。受付の後ろに構えていたギルドマスターの部屋は、二階に移動した。人が増えて賑やかになったのはいいが、うるさすぎて仕事にならない、というのが理由だ。
アントンが階段を上ると、その後ろからキングストン、エリックと続く。
「あの……!」
キングストンが思いきってアントンに声をかけると、アントンが立ちどまってふり返った。
「なんだ?」
「いまは、どちらに向かっているんですか?」
「ああ、ギルドマスターのところだ」
「ギルドマスター?」
それは……。
「あの、不躾な質問で申し訳ないのですが、その方はご結婚されていますか?」
「……いや」
キングストンはホッとした。
「マスターはモテるんだけどよ、特定の女は作らないんだよ」
「そ、そうですか」
「やべ、余計なこと言っちまった。これ、俺が言ったって言わないでくれよ」
「はい……」
特定の女は作らない、とは? 言葉の意味はよくわからないが、たぶん結婚をしていないということを重ねて伝えてくれたのだろう。そう思ってエリックを見ると、ずいぶんと難しい顔をしていた。
「ま、たいしたことじゃねーよ」
アントンはニヤッと笑って、自分の腰の位置くらいにあるキングストンの頭をポンポンと軽く叩き、再び階段を上りはじめた。
「ここだ」
階段を上りきったすぐの所にあるドアをノックし、返事も待たずに勢いよくドアを開けたアントン。
「入るぞ」
「おう、アントンどうした?」
「お前に客だ」
「俺に?」
アントンがキングストンにふり返り、入れと顎で合図をする。
「新しい依頼か?」
「まぁ、そんなとこだ」
最近は貴族から依頼を受けることもあるし、危険が伴う依頼も多い。そのためルイスの判断を仰がなくてはならない案件と判断したときは、依頼人をこの部屋に連れてくることになっているのだ。受付担当者ではなく、アントンが連れてくるというのは珍しいが。
「じゃ、俺は行くぞ」
「わざわざ、悪いな」
書類を出し、ペンを手にして顔を上げたルイス。目の前に立つのは、品のいい半ズボンのスーツを着た、銀色の髪に青みがかった黒い瞳の男の子。
「……」
ルイスは固まったまま動かない。頭も働かない。
「あの…」
「……」
「僕、キングストン・ウェストモントと言います」
「…………」
(キングストン・ウェストモント……? ちょ、ちょっと待て。理解が追いつかない)
目の前がくらくらして思わず机に肘を突き、手の平に額を乗せた。
(ウェストモント、だと……? なぜだ……? なぜ、あの人の子どもがここにいる?)
まさか知られてしまったのか? それなら、なにかしらの形でそれを知らせてくるのではないか? いったい、どういうことなんだ?
とりあえず冷静になろうと顔を上げると、キングストンが瞳をキラキラさせてじっとルイスを見つめていた。
ルイスは平静を装って立ちあがり、ギルドマスターの顔で「とりあえず座ってください」と促す。
キングストンがそれに従ってソファーに座ると、後ろにエリックが立った。
エリックは、顔にこそ出さないとても驚いている。なぜなら、目の前の男がキングストンの大人バージョンだったから。
(これは、そういうことか? そういうことなのか? 彼が坊ちゃんの――?)
そう言葉にしてしまいところをぐっとこらえているエリックは、口は堅いがちょっと好奇心が旺盛な若者だ。
キングストンの向かいに座ったルイスが口を開いた。
「ギルドマスターのルイスと言います。それで、ご依頼は?」
「え?」
「依頼をしにいらしたのでは?」
「ああ……えっと……依頼は……」
まさか依頼を聞かれるなんて想像していなかったキングストンは、ルイスの言う依頼を必死に考えている。
でも、確信した。この人がルイス・パシェットだ。この人が僕の父様だ、と。
「人を……探しているんです」
「人ですか?」
「はい」
「では、その人の特徴と名前を教えてください」
「……特徴は……」
そう言いながらルイスから視線を逸らし、チラッとルイスを見てまた視線を逸らした。
「瞳が黒で……髪は、たぶん銀色で……それで、すごく格好いいです……!」
「…………名前は?」
「ルイス……です」
「……それだけですか?」
「え?」
「特徴はそれだけですか?」
「あ、眼鏡をかけています」
「…………」
ルイスは言葉を詰まらせ、考えるように瞳を閉じてから静かに息を吐いた。
これ以上彼と話をすれば、マレーナとの間で交わした契約に違反することになるかもしれない。いや、彼がここに来た時点で、契約の一部は破綻している。
(あの人は、この子がここに来ることを知っていたのか? ……いや、それはありえないか)
ルイスとキングストンの関係を、キングストンやほかの誰かに知られることをマレーナは望んでいない。当然、キングストンがここに来ることだって望んでいないはずだ。
それなのに、キングストンは来てしまった。そのうえ、ルイスと自分になにかしらのつながりがあることに、気づいているように感じる。いや、すでに彼はなにかに気がついている、と断言していいだろう。だからこそ、はっきり線を引かなくてはいけない。
「申し訳ありませんが、このご依頼はうちではお受けできません。ほかをあたってください」
読んでくださりありがとうございます。