キングストン一人で馬車に乗る(護衛付き)
キングストンの十歳の誕生パーティーは、友人を招待して盛大に行われた。
招待客にはキャメロンの息子ジェスもいる。ジェスは、遠い親戚から引きとった、という形でキャメロンの実の兄、現ザイオン男爵に養子入りをしている。
キングストンとジェスは、物心がつく前から一緒に過ごしていたこともあって大の仲良し。快活で正義感の強いキングストンと、おとなしくてマイペースなジェス。二人は同い年だが、しっかり者のキングストンがちょっと頼りないジェスの手を引っぱっていく、そんな関係だ。
子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえる。男の子たちは鬼ごっこを始めたようだ。
「がんばってー」
女の子たちが男の子たちに声援を送っている。
「ジェス、早く逃げるよ」
「うん!」
そう言って二人が同じ方向に走りだした。どうやらキングストンとジェスは追われる側らしい。
子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿を、穏やかな表情で見つめているマレーナ。
(ジェスはサイレス様に性格がよく似ているわ。優しくて、まじめで、おっとりしていて)
それにサイレスの資質を受けついでいるのか植物の研究が大好きで、しょっちゅうサイレスと一緒にイリーカ山に登っている。困ったことに、学園を休んでまでサイレスについていってしまうため、義父であるザイオン男爵に、サイレスと二人並んで怒られることもしょっちゅうだとか。
そんな二人の姿を想像すると思わず笑ってしまう。
(二人ともとてもマイペースで、なにかに夢中になると周りが見えなくなるのよね)
それで学園を休んでしまうのはどうかと思うが、勉強はサイレスが見ているというから問題はないだろう。それに、ジェスの好きが高じて、将来的にサイレスの研究を引きついでくれることになれば、マレーナとしてはとてもありがたい。
「もう十歳か」
子ども達が遊んでいる姿を見ていたマレーナに話しかけてきたのは、リドルド侯爵の次男アルフレッド・アッシャード子爵。
「アル」
「早いなぁ」
「そうね。あっという間だったわ」
「この前、エッセン伯爵と揉めたんだって?」
「ちょっとね」
「取引を中止したって聞いたぞ」
「あの夫妻は口が軽すぎなのよ」
ここ十年でマレーナの立場はずいぶん変わった。農業が主立った収入源の地味な地方貴族が、シルフィという幻の花の栽培を成功させたことで、新しい事業をいくつも展開し、今では王家御用達だ。
さらに、サイレスと共同で行っている野菜の品種改良で人気の品種をいくつも作ることに成功し、他領との交易が活発になったことで横のつながりが強くなり、リドルド侯爵という後ろ盾もある。
そのせいか、マレーナのことを快く思わない人たちから、やっかみを受けることが多々ある。そのほとんどがくだらない噂話を吹聴される程度だから相手にもしないが、キングストンにかかわることならば話は別。
「まぁ、気持ちはわかるけどな」
数年前に結婚をし、二児の父となったアルフレッドも、子どものことには敏感だ。
「でも、そろそろひと休みしたら?」
「どうしたの? そんなこと言って」
「働きすぎだよ。キングストンが心配していたぞ。最近白髪が出てきたって」
そう言って、アルフレッドが自身のこめかみ辺りを軽くトントンと叩く。
「まぁ、あの子ったら」
「まだそんな年じゃないだろ?」
「もう三十五よ。白髪だって出てくるわ」
そう言いながら、最近太くて真っ白な白髪を見つけて、ズーンと気持ちが沈んだことを思いだした。
「それに、キングストンだって寂しがっているんじゃないのか?」
「……そうね」
それはわかっている。でも、力が欲しくなった。キングストンを守れるだけの力。これからもキングストンの出生について、いろいろな憶測が出てくるだろう。それなら、なにも言わせない力を持って守るしかない。
そしてなんの憂いもなく跡を継がせたい。
「過保護だな」
「そう? なんとでも言ってちょうだい」
「ま、無理はしないことだ。そういえばキングストンの奴、競技大会で剣術部門に出るんだって」
「そうなのよ! 私、とても楽しみで」
伯爵から母親の顔になったマレーナは、胸の前で手を合わせ、年齢より幼く見えるその顔を綻ばせる。
「早めに練習を見てくれる師範を探しておいたほうがいいぞ。この時期は特別講師として外部から師範を呼ぶ家が多くて、腕のいい人材はすぐに取られるんだ」
「あら、そうなの? まずいわね、誰かいないかしら?」
「俺でよければ探してみるよ」
「いいの? 助かるわ」
競技大会で上位の成績を収めることは大変名誉なことで、一度でも優勝すればその賞賛はずっと続く。逆にみっともない負け方をすれば、醜態を晒したとばかにされる。
選手として選ばれることは名誉ではあるが、自信がないなら辞退したほうがまし、と言われているほどだ。
「負けるにしても、いい負け方をしないといけないっていうんだから、わけがわからないよな」
「アルは出たことあるの?」
「なに言っているんだよ、俺は文官だぞ。出るわけがない」
競技大会に出場するのは、ほとんどが将来騎士になることを目標としている生徒たちで、文官を志す生徒が活躍する場は学術文化祭だ。
「ま、あまり期待しないでくれ。一応、父上にも聞いてみるよ」
「ありがとう」
(剣術師範か。すっかり失念していたわ。キングストンのためにも、腕のいい人を見つけたいけれど、いまさら難しいかしら?)
競技大会に選出される生徒たちはクラスでも常に上位にいる者たちで、特に騎士を多く輩出している家門の子息は、幼いころから鍛錬を積んでいる実力者ばかり。
そのような理由から、騎士を目指していない生徒や、特別な鍛錬を受けていない生徒が競技大会に出ることは稀で、よほど実力に自信がない限り出場を辞退するし、それについて非難されることもない。
それならキングストンは? もちろん辞退すべきだ。
授業以外で剣を握ることなんてほとんどないキングストンが、そんな実力者たちから勝利をもぎ取ることは容易ではないし、もしかしたら、まともに剣を振るうこともできずに敗退するかもしれない。大けがをする可能性だってある。
しかしキングストンは辞退する気などまったくなく、むしろやる気満々だ。
(それなりの実力があるから選出されているんだし、これからでもまだまだ挽回できるわ)
マレーナはふと、あのギルドのことを思いだした。もしかしたら、そういった仕事を引きうける人材がいるかもしれない。が、すぐにその考えを捨てた。
(なにもギルドに頼らなくても、師範くらい見つけられるわ)
なにも、彼に頼らなくても――。
◆◆◆
賑やかなまま終わったキングストンの誕生パーティーから数日後。
朝から興奮気味で、いつもより一時間も早く起床したキングストンは、すべての準備を整えると、いそいそと馬車に乗りこんだ。
今日は初めて馬車に乗って一人でお出かけをする日。もちろん護衛付き。ちなみに今日の護衛は、がっちりした体格に短い赤毛が特徴のエリック。
目的地は街最大のギルドだが、マレーナには秘密だ。
馬車の外で心配そうな顔をしているマレーナ。
「キングストン。絶対にエリックから離れてはだめよ」
「わかっています」
「知らない人に声をかけられてもついていってはだめよ」
「お菓子を渡されてもついていきません」
キングストンが頼もしく胸を張る。
「エリック、キングストンをよろしくね」
「お任せください」
護衛がついているからといって、十歳の息子が一人で出かけることを心配しないわけがない。たとえ、一騎当千の騎士が護衛についていたとしても、マレーナの心配がなくなるわけではないのだ。
それでも、約束は約束。この日のために努力をし、実力で手に入れた『馬車に一人で乗る権利』をなかったことにしていいはずがない。
だから、どんなに心配でもマレーナは笑顔で送りださなくてはいけないのだ。
「では行ってきます」
マレーナの心配をよそに、とびきりの笑顔で手を振るキングストン。
「お土産においしいお菓子を買ってきます」
「ええ、楽しみにしているわ」
マレーナはいつまでも手を振り、馬車が見えなくなるまでその場を動かなかった。
「マレーナ様、大丈夫ですよ」
「わかっているけど、どうしても心配になってしまうの」
「坊ちゃんはとてもしっかりされていますし、エリックさんもついていますから」
「ええ、そうね」
そうは言ったものの、屋敷の中に入っても落ちつかないマレーナ。ベスはリラックス効果のあるハーブティと、料理長の自慢のラズベリーケーキを用意した。
「ありがとう、ベス」
たぶん今日はキングストンのことが気になって、仕事なんて手につかないだろう。
(こういうとき、無理に仕事をしないで自分の時間にあてるほうが有意義ね)
マレーナは久しぶりに、本棚に並んだお気に入りの小説を読むことにした。
読んでくださりありがとうございます。








