断罪のあとに残るもの①
メイソンは顔を青くしてハンティクトン伯爵が出ていったドアを見つめていたが、はたと我に返り、必死の形相で縋るようにマレーナに迫った。
「マ、マレーナ! これは誤解なんだ。君なら私のことを信じてくれるだろう?」
「なにを信じればいいの?」
「私がキャメロンとなにも関係がないってことだよ」
「……」
マレーナが溜息を吐いて、小さく首をすくめる。
キャメロンは、必死に言い逃れをしようとするメイソンの態度に、失望の色を濃くした。
(あの人はばかだったんだ。マレーナ様はすべて知っていて、この婚約の話をしているのに、まだそのことに気がついていないなんて)
こうして冷静になってみると、メイソンがずいぶんと薄っぺらな人間に見えてくる。
(私、こんな人をほしがっていたんだ。……ははは……ばかは、私ね)
「マレーナ、私が君を裏切るわけがないだろ?」
往生際の悪いメイソンは、逃げ場を失ってもまだ逃げようと足掻く。いっそ清々しいくらいのクズっぷりだ。
「そんなこと言われてもなにも信じられない」
「マレーナ、そんなことを言わないでくれ。私たちは夫婦だ、話しあおう」
「その必要はないわ」
「マレーナ!」
冷静さを欠いているメイソンには、マレーナの冷めきった瞳に気がつけない。
マレーナは驚いて冷静な判断ができなくなっているだけだ。問題ない。キャメロンが二人の関係を証明することはできないし、腹の子どもなんてあとでどうにでもできる。
なによりマレーナは自分を愛している。うまく言えばマレーナはそれを信じるし、疑ったことを謝罪してくるはず。
そう信じて疑わないメイソン。それはつまり、彼がそう信じこんでしまうほど、妻としてのマレーナはメイソンに従順で、扱いやすかったということだろう。
「これまで二人でうまくやってきたのに、こんなくだらない勘違いで私たちの関係をだめにするつもりかい? 私はずっと献身的に君を支えてきたのに、私よりキャメロンの妄言を信じてしまうなんてかなしいよ」
眉尻を下げ、心底残念だと言わんばかりの表情を見せる。そうすれば、マレーナはきっと――。
「……ねぇ、メイソン。私がなにも知らないと思っているの?」
「え……?」
「週に四回。キャメロンと客用寝室で逢瀬を重ねていたでしょ?」
「は……?」
マレーナの言葉に呆然とするメイソン。
「でも、あなたはそれよりもっと罪深いことをしたわ」
そう言ってじっとメイソンを見つめるマレーナ。メイソンはマレーナから目を逸らすこともできない。
「私を殺そうとしたわよね?」
「な……に、を言って……」
驚きのあまり瞬きを忘れてしまったメイソンが、脱力したようなこれまで見たこともない表情でマレーナを見つめている。
「夜、寝る前に私が飲んでいたお茶には、いろいろ入っていたんでしょ?」
「そ、そんなこと私は知らない。お茶を出していたのはキャメロンだろ?」
「……っ!」
「君が罪を問うべきは私じゃない。キャメロンだ!」
必死の形相をしてキャメロンを指さし、青い顔をしているキャメロンと目が合って、気持ちの悪い笑みを見せるメイソン。
(まだ、あなたはそんなふうに言うのね)
ここまで追いつめられても、すべての罪をキャメロンに被せて逃げようとする卑怯なメイソンには、もはや失望しかない。
でも、裏切られた、なんてもう思わない。これは罰だ。マレーナを裏切り、命まで奪おうとしたことへの罰。
欲望を満たすために、妊娠という手段を使った罪深い自分に与えられた罰なのだ。
だから、もうなにも言わない。マレーナにすべてを委ねるだけだ。
「確かにお茶を飲ませていたのはキャメロンだけど、薬を用意したのはあなた。それに元主治医のジェイソンを買収して、うその診断をさせていたことだって知っているわ」
「なんだって……?」
「彼は逃亡先で捕まったわ」
「ジェイソンが……」
「医師免許剥奪だけではすまないでしょうね。未遂とはいえ、殺人に加担したんだから。彼の口は石のように堅いかしら? それともトリの羽より軽いかしら? ねぇ、あなたはどう思う?」
「……っ!」
(あいつには、かなりの金額を握らせたんだぞ! それなのに!)
メイソンの顔は盛大にゆがみ、普段見せる柔和は表情など見る影もない。
「そういうわけだから、離縁状にサインをしてちょうだい」
「い、いや、マレーナ。君は、私と離婚なんてできないはずだ。跡取りがいないんだからな。それとも、俺を追いだして再婚するつもりか? いまさら適齢の男なんて見つからないぞ。二十でも三十でも離れてていいならいるかもしれないがな。いや、その前に、君を相手にして欲情する男がいるとは思えない。夫の私が言うんだから、それは間違いないよ。はははは」
メイソンはもはや取りつくろうこともせず、マレーナをばかにしたように笑う。
マレーナはそんなメイソンに、まるで慈母神のような穏やかな笑みを向けた。
「心配してくれてありがとう。でもね、ちゃんとここに私の子どもがいるから大丈夫よ」
そう言ってマレーナは、まったく膨らみのない自身の腹を愛おしそうにさすった。
「……は? うそをつくな!」
「ふふ、うそなんてついていないわ。ちゃんと診断書だってあるんだから」
「まさか……誰だ? 相手は、誰だ! 誰の子どもだ!」
血走った目でマレーナに詰めよろうとするメイソン。しかし使用人たちによって阻まれ、マレーナに近づくこともできない。
「メイソン、誤解しないで。この子はあなたと私の子よ」
「な、に?」
「忘れちゃったの? 私たちあんなに盛りあがったじゃない。……あぁ、あなたは記憶がないんだったかしら?」
ヴィンテージもののワインを上機嫌で飲んで、気がついたときには朝になっていて、隣にはマレーナが……。それも何度も。
「あの、とき……?」
「とにかく、跡取りのことは心配しなくて大丈夫よ。だから、この紙にサインをして今すぐ出ていって」
マレーナは手にした離縁状をひらひらさせる。
「ふざけるな! 私は、そんなものにサインなんてしない!」
メイソンが目をつり上げ、紙を奪いとろうと腕を伸ばしたとき、後ろから使用人たちに取りおさえられ、そのまま床にうつ伏せに押さえつけられてしまった。
「は、離せ! なにをする!」
メイソンは必死に起きあがろうとするが、ほとんど身動きがとれない。
その様子を見ていたマレーナは呆れたように溜息を吐き、ソファーから立ちあがるとメイソンの横まで行って膝を折って顔を近づける。
「あなたに選択肢はないわ」
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