罪が暴かれるとき②
キャメロンがどんなにメイソンを見つめても、メイソンがキャメロンのほうを向くことはない。まるで、自分は関係ない、巻きこむなとキャメロンを拒絶しているようだ。
(約束したじゃない! 私を伯爵夫人にしてくれるって言ったじゃない! ……あなたが、あなたがなにも言わないのなら――)
キャメロンは緊張のせいで大きく速く動く鼓動を全身で感じながら、意を決したように顔を上げ、おそるおそる口を開いた。
「あ、あの、私……」
全員がキャメロンに注目する。
その視線に怖気づいたキャメロンは咄嗟に下を向いて、スカート部分をギュッと握りしめた。そんなキャメロンを見るメイソンの目がとても鋭い。
もし、キャメロンが彼のその目を見てしまえば、恐れをなして口を噤んだかもしれない。しかし幸か不幸か、キャメロンはうつむいたまま――。
「私、このお話を、お受けすることが、でき、ません……」
「は? なんだと?」
まったく想像していなかった言葉に驚くハンティクトン伯爵。
「申し訳、ありません……」
「なにをばかなことを言っている! これはもう決まった話だぞ」
伯爵は怒りに声を荒らげ、キャメロンを睨みつけた。
彼にとってこの婚約は、三家に恩を売ることができる絶好の機会。特に、兄のリドルド侯爵は昔から自分のことを下に見ていたため、いつかあの空まで届きそうな傲慢な鼻を、へし折ってやりたいと思っていたのだ。
それに侯爵は、息子のアルフレッドと結婚をさせたいと思っていたくらい、マレーナのことを気に入っている。
そのマレーナが、兄ではなく義父である自分を頼ってきたのだから断る理由はない。しかも相談の対象がマレーナが可愛がっている侍女というのもポイントだ。
それなのに、肝心のキャメロンがわけのわからないことを言いだしたのだから、声を荒らげてしまうのは仕方がないこと。
「ザイオン男爵令嬢、この婚約は君が嫌だと言うだけでどうにかなる話ではない。理由もなく断るなんてもってのほかだ。私に恥をかかせるつもりか?」
「理由は、あ……あります」
「は? あるだと? それはなんだ」
「あ、あの……」
キャメロンがうつむいたままなかなか切りださないことに、イライラを隠せず大きく舌打ちをするハンティクトン伯爵。
「キャメロン、はっきり言いなさい」
それまで口を開かなかったサイレスが、抑揚のない声でキャメロンに言う。
「あの……」
チラッとメイソンを見ると、恐ろしい顔をしてキャメロンを睨みつけていた。
「ひっ」
キャメロンは怯え、落ちつきなく視線をさまよわせている。
「キャメロン、どうしたの?」
マレーナがキャメロンに声をかける。
「マレーナ様……」
マレーナならこの状況をどうにかしてくれる。マレーナならきっと手を差しのべてくれる。
「マレーナ様!」
キャメロンはマレーナに駆けより、足元に縋りついた。
「お助けください」
「どうしたの? なにかあったの?」
「私は、私は……」
「泣いていてはわからないわ。どうしたのか、はっきり言ってちょうだい」
「よせ、キャメロン。いい加減にしろ!」
メイソンの鋭い声。その声に怯えながら顔を上げると、マレーナがキャメロンに優しく聞いた。
「私に、助けてほしいの?」
「あ……」
キャメロンを心配しているわけでも、なにがあったのかと聞こうとしているわけでもない穏やかな顔。優しくて、それでいて冷たい奇妙な感覚。
キャメロンの顔からサッと血の気が引く。
(……この人は……知っている。全部、なにもかも知っている――)
直感的にそう思った。そして、その直感はきっと間違っていない。
「キャメロン?」
「……っ!」
マレーナの優しい笑みから逃げるように父サイレスを探すと、サイレスは冷めた瞳でキャメロンを見おろしていた。
「……っ!」
キャメロンは力なく背を丸めた。
(あぁ……そう、か。全部……知っているんだ)
ここには、自分を助けてくれる人はいない。少なくともマレーナとサイレス、そしてメイソンはキャメロンの味方ではない。それならば、もう自分に頼れる人はいない。
(……いつから知られていたの? いつから…………そんなこと、どうでもいいか。……もう、どうにでもなればいいわ)
「……私は、子どもを身籠っています」
「キャメロン、お前!!」
キャメロンの言葉に被るようにメイソンが叫んだ。
「なに? なんだって?」
ハンティクトン伯爵はわけもわからず、キャメロンとメイソンを交互に見る。
「私は子どもを身籠っているので、このお話はお受けできません」
「な、なんだと!! ザイオン男爵令嬢! それはどういうことだ!!」
「ハンティクトン伯爵、落ちついてください」
マレーナの静かな声は不思議としっかり耳に入ってくる。
「なにが落ちつけだ! この、この娘は未婚の身で、こ、子どもを身籠ったと言ったんだぞ!!」
「ええ、聞いておりました。私も、あまりのことに、とても驚いているのです。ですが、子どもは一人で身籠ることはできません」
「当たり前だ!」
「でしたら、相手を知らないといけませんね」
「そ、そうだ。ザイオン男爵令嬢! 相手は誰だ!」
真っ赤な顔をしたハンティクトン伯爵が、唾を飛ばしながらキャメロンに声を荒らげる。キャメロンはビクッと肩を震わせ、サイレスは険しい顔をして拳を握りしめた。
メイソンは――体を震わせ、青い顔をしてキャメロンを睨みつけている。
きっと彼は生きた心地がしないだろう。自分の罪がキャメロンによって晒されれば、これまでのすべてが台無しになってしまう。いや、台無しどころの話ではない。もしキャメロンが妊娠だけにとどまらず、マレーナを殺害しようとしたことまで口にしてしまえば、家同士の問題で片づけることができなくなる。
(やめろ、やめろ、やめろ! 今さらビビりやがって! 俺を巻きこむな! 絶対に俺を――!)
「メイソン……様です」
「……なに? メイソン?」
ハンティクトン伯爵は呆然とメイソンを見る。まさか、ここで息子の名前が出てくるなんて――。
「うそです! キャメロンの狂言だ! 私は知らない!」
「な、なによ! やっぱり、やっぱり自分だけ逃げようとするのね!」
「適当なことを言うな!」
「あなたこそ、うそばっかり!」
「うるさい! だまれ!」
メイソンは興奮して手を振りあげ、キャメロンめがけて振りおろそうとする。その手をつかんだのはサイレス。
「くっ……!」
「親の目の前で娘に手を上げるなんて」
「ザ、ザイオン男爵……」
「お父様が見ていらっしゃいますよ、メイソン様」
サイレスの言葉にハッとして、おそるおそるハンティクトン伯爵を見る。そして、青い顔をさらに青くした。
ハンティクトン伯爵が身体を震わせ、顔を真っ赤にしてメイソンを睨みつけていたのだ。
「父上、違うんです、誤解です。私がそんなことをするはずがありません!」
そう言って縋るように伸ばしたメイソンの手を「触るな!」と言って鋭くはねのけたハンティクトン伯爵。
「父上……」
「ウェストモント伯爵、これはどういうことだ?」
今度は目をつり上げてマレーナに聞く。
「私が聞きたいくらいです。夫と私の侍女が不貞なんて」
「マレーナ! 違うんだ、これは――」
「メイソン、いくらなんでもひどいわ」
メイソンに向けられたのは、愛する夫と信頼していた侍女に裏切られた女の悲哀の視線。
ハンティクトン伯爵はワナワナと身体を震わせて、勢いよく立ちあがった。
「ウェストモント伯爵、私はこれで失礼する。そいつのことは煮るなり焼くなりしてくれ。メイソン、お前とはもう親子でもなんでもない」
「ち、父上……」
顔を真っ青にしたメイソンをナイフのように鋭い視線で睨みつけ、大きな音を立ててハンティクトン伯爵は部屋を出ていった。
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