罪が暴かれるとき①
キャメロンが口を押えて部屋を飛びだしたり、立ちくらみで座りこんだりするようになった。
やはり妊娠をしたのだ、とマレーナは確信している。
「キャメロン、顔色が悪いわ。少し休んだら?」
「マ、マレーナ様、申し訳ありません。最近体調があまりよくなくて」
「食事もあまりとれていないようね」
「はい」
「今日はもういいから、部屋で休みなさい」
「ありがとうございます……」
キャメロンは小さく頭を下げると、早足で部屋を出ていった。
「早く本当のことを言えばいいのに。ばかな子。あんな辛そうな顔して。早く私に言いなさいよ。お腹の子になにかあったらどうするのよ……。本当にばかな子……」
マレーナの心の内は複雑だ。
早く打ちあけてくれれば、まだ手を取りあえるかもしれないのに。いいえ、絶対にそんなことありえない。絶対に許すことはない。でも……。
つらそうな顔を見ればベッドで寝ていなさいと言ってあげたいし、気持ちが悪ければ背中をさすってあげたい。もし、その腹に宿る子がメイソンとの子でなければ、マレーナの命を狙うようなことをしなければ、なにがなんでも守ってあげた。
「あなたが私を裏切るようなことをしなければ、私は喜んであなたを守ったわ……」
もう何度目になるのかわからない嘆息。見あげた先に見えたのは、雲一つない真っ青な空だった。
キャメロンがマレーナの執務室を出て、真っ先に向かったのはメイソンの部屋。ノックもせずに部屋に入ってきたキャメロンに驚いて、メイソンが顔をしかめた。
「キャメロン、なぜ来た?」
「もう限界よ!」
「静かに!」
メイソンは慌ててキャメロンの手を引く。
「気持ち悪いの! 服も苦しい! どうするのよ! 私はどうすればいいのよ!」
キャメロンが妊娠すれば、メイソンが慌てて動きだすと思ったのに、彼はキャメロンが望むよりずいぶんとのんびりしていた。
つわりはキャメロンが想像していたよりずっとつらく、誰にも相談することができず、周囲の目を気にしながら過ごす毎日。なぜ、自分ばかりがこんなに大変な思いをしているのか。こんなはずじゃなかったのに。
「わかっている。でも、隙がないんだ」
馬車に細工をしても、事前に必ず点検されるため二回失敗した。そして、二回の不具合を受けてすべての馬車が総点検されることになり、これ以上細工をすることはできなくなった。
食事も徹底的に管理されていて、手出しができない。常にヨハンがマレーナの横にいるし、メイソンの最近の仕事といえば、屋敷の備品の在庫チェックや発注ばかり。
「なんでこんなことになったのか」
悔しそうに唇を噛むメイソン。
「……今度、父が来るんですって」
「それがどうした。これまで何度も来ているだろう」
「マレーナ様じゃなくて、私に用があるって。どうしよう、また婚約の打診だったら」
いつもサイレスから送られてくる手紙には、自身や領地での出来事や、マレーナの体調を気遣う内容が書かれているのに、昨日届いた手紙には、大切な話がある、と書かれているだけだった。
それに以前から、そろそろ婚約者を決めないと、なんて言っていたから、大切な話というのが結婚のことである可能性は十分ある。
「そんなの、今までどおり断ればいいだろ」
「……そうよね。それしかないわよね」
妊娠をしているのに、メイソン以外の人と結婚なんてできるはずがないのだから。
「なぜ、妊娠なんてしたんだ……!」
メイソンがイライラした口調で言葉を吐く。キャメロンはうつむいて奥歯を強く噛んだ。
この国では中絶することは許されていない。中絶は神への冒涜であり、罪である。
そういう理由もあって、しっかり避妊をしてきたのに。
「……私、やっぱりマレーナ様に言うわ」
「なに? なにを言う気だ?」
「妊娠したことよ」
「ふざけるな! 私まで道連れにする気か?」
メイソンの強い口調と、怒りで吊りあがった目に驚くキャメロン。
「ひどい! あなただって共犯じゃない!」
「うるさい! 私とお前では訳が違う。私は、当主となる男だ。お前なんかに足を引っぱられてたまるか!」
「ひどすぎるわ! なんてことを言うの……!」
あまりの言葉に傷ついたキャメロンの瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「あ、いや、違う。すまない、つい動揺してしまって」
我に返ったメイソンが慌ててキャメロンの口を塞ぐように抱きしめた。
「知っているだろう? 私がこの家に引きとられるはずだった話。マレーナさえ生まれなければ、私がこの家の当主になっていたんだ。マレーナさえ生まれてこなければ……! 私は、本来手にするはずだったものを、必ず手に入れる。だからもう少し我慢してくれ。必ず隙を見つけてマレーナを始末する」
「……わかったわ」
キャメロンには不安しかない。でも、もう頼れるのはこの男だけ。だからうなずくことしかできなかった。
キャメロンの父親であるサイレスがウェストモント伯爵邸に来たのは、それから数日後のこと。
客間にキャメロンが呼びだされ、なぜかメイソンまで呼ばれた。そこにはすでにマレーナもいた。
これまで、サイレスがキャメロンと婚約のことについて話をするときに、メイソンが同席することはなかった。それはマレーナも同じ。
それだけ、サイレスが本気で婚約者を選んでいるということだろうか。
しかし、これはこれで好都合。うまく立ちまわって婚約の話を潰してしまえばいいのだから。だが、それよりも気にしなくてはならないことがある。
それは、メイソンの父親であるハンティクトン伯爵が同席しているということだ。
メイソンはなにも聞かされていないし、キャメロンも不安そうな顔をしている。マレーナとサイレスは話をしていて、メイソンに視線を向けることはない。
(なぜだ? なぜ、父がここにいるのだ?)
そのハンティクトン伯爵はとても機嫌のよさそうな顔をしている。
全員がそろったところでサイレスが口を開いた。
「キャメロン。今日はお前が婚約したことを伝えに来た」
「え? それは、どういう……?」
婚約の打診ではなく、婚約をした?
「婚約者が決まったから伝えに来たんだ」
「決まった……? いったい……」
「お相手はリドルド侯爵家の次男アルフレッド様だ」
「なんですって!」
そう叫んだのはメイソン。
「それは本当ですか?」
「なんだ、メイソン。なにか問題があるか?」
ハンティクトン伯爵が不思議そうな顔をして聞く。
メイソンが驚くのも無理はない。アルフレッドはメイソンの従弟だ。そのアルフレッドとキャメロンが婚約をしたというのだから、驚かないはずがない。
それにメイソンとの不貞が明るみになれば、自分だけでなく実家であるハンティクトン伯爵家にも大きな影響を与えることになる。
なぜなら、アルフレッドの父親でメイソンの伯父にあたるリドルド侯爵は厳格な人柄で、罪に対して厳しい処罰を与えることでも知られている。もし二人の関係が知られればどんなことになるか――。
「い、いえ、父上。二人が婚約したことは喜ばしいことではありますが、しかし、アルフレッドとザイオン男爵令嬢とでは家格に差がありすぎます。さすがにこれは……」
「ふん。確かに侯爵家と男爵家では家格に大きな差はあるが、ウェストモント伯爵家でしっかり教育を受けた令嬢だ。なんの問題がある。それにこれは、ウェストモント伯爵自ら、私に仲介を頼んできた件なのだからな」
「え? マレーナ自ら?」
メイソンが驚いてマレーナを見ると、マレーナがニコリと笑った。その満足そうな笑みが腹立たしい。
(俺になにも言わず、父上にそんな大切な話をするなんて!)
メイソンは鋭い視線をマレーナに向けるが、マレーナは柔らかい笑みを浮かべるだけ。
「ふ……ふざけやがって……!」
うつむき、誰にも聞かれないくらいの小さい声で、マレーナに対して怒りの言葉を発したメイソン。しかし、マレーナの耳には不思議なくらいはっきりと届き、思わず小さく笑う。
「大切な義娘から頼まれたら断ることはできんからな。だから私が責任をもってこの話をまとめた。兄のリドルド侯爵とアルフレッドも喜んで受けいれてくれたよ」
「くっ……!」
メイソンとキャメロンの顔は青ざめ、すっかり血の気を失っている。しかしハンティクトン伯爵はそんな二人の様子にはまったく気がつかず、とても満足そうな顔をして話を続けた。
「この婚約で我がハンティクトン伯爵家、リドルド侯爵家、ザイオン男爵家、ウェストモント伯爵家の四家は、さらに強固に結びつくだろう。そして、互いに協力し合い、今後も四家は繁栄していくだろう! とても喜ばしいことだ! はははははは!」
ハンティクトン伯爵はますます上機嫌に笑い、話の主役は白い顔をし、その父は無表情。メイソンも真っ青な顔をしている。
マレーナは全員を見まわし、キャメロンに視線を戻して微笑む。
「キャメロン、とても素晴らしいお話でしょ? アルフレッド様と私は幼いころから親交があってね。その関係でこうしてご縁をいただいたのよ。彼はとても気さくでお優しい方だから、心配いらないわ。ね? メイソン」
「あ……ああ……」
メイソンはマレーナを見ることもなく、両手を組み強く握りしめ、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしてうつむいた。
キャメロンは不安そうな顔をしてメイソンを見つめる。
(なぜ、何も言ってくれないの? メイソン。このままじゃ、私……)
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