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マレーナとメイソンとワイン②

 メイソンが目を覚ましたとき、隣で眠るマレーナを見て驚き、飛びおきたのは言うまでもない。


「おはよう、メイソン」


 マレーナは、まるで今起きたかのように目を開け、ニコッと笑って挨拶をした。


「マレーナ、これはいったい……」

「やだ、覚えていないの? 私たち、ワインを飲んで盛りあがっちゃったでしょ?」

「そ、そうだったかな?」

「ふふ、久しぶりだったからかしら? あなた、かなり激しかったわ」

「え? いや、ほ、本当かい? や、激しいなんて」


 マレーナが恥ずかしそうに笑うと、メイソンは見ていて滑稽なくらいに慌てた。


(私たちは夫婦だというのに、なにを慌てる必要があるのかしら……)


 自分も人のことなんて言えないけど。


「申し訳ない。実は昨日のことはあまり覚えていないんだ」


(でしょうね。寝ていただけなんだから)


 そう言ってしまいたいところを我慢して、残念そうな顔をするマレーナ。


「まぁ、ひどいわね」

「すまない」

「ふふ、冗談よ。気にしないわ、私も飲んでいたし」

「そうか、本当にすまない」

「キャメロンが起こしに来る前に戻るわ。さ、あなたも早く体を清めて。シャワーを終える前に、ベッドは整えさせておくから」

「あ、ああ。すまない」


 マレーナはメイソンをシャワールームに押しこんで、ホッと息を吐いた。時間がたてば、なにもなかったことに気がつかれてしまうかもしれない。その前に、なにもなかった証拠を片づけなくては。


 ドアの前に待機していたヨハンと家政婦長が、マレーナと入れ替わりに部屋に入る。そして、手早くすべてを整え、メイソンがシャワールームから出てくる前に部屋をあとにした。


 自室に戻ったマレーナは、ベッドに潜りこむとホッとしたのか、あっという間に意識を失った。しかし、すぐに遠くでドアをノックする音が聞こえた。それからマレーナを呼ぶ聞きなれた声――。


 マレーナははっとして目を開け、慌てて時計を見る。ベッドに入ってから一時間が経過していた。


 仕方なくダラダラと上半身を起こし、重たい瞼を必死に開けたマレーナの視界に、髪が少し乱れたキャメロンが見えた。その顔にいつもの笑顔はない。


(待ち人来たらず、といったところかしら?)


 メイソンが来るのをずっと待っていたが、朝になっても彼は来ず、彼を待っている間に客用寝室で眠ってしまったのか、朝まで待ってから諦めて自室に戻ったか。


 とにかくメイソンがキャメロンとの約束を守らなかったことだけは確かだ。だって彼はマレーナと一緒にいたのだから。


「おはよう、キャメロン。今日はずいぶんとゆっくりなのね」


 普段起こしに来る時間より三十分も遅いことを指摘すると、キャメロンは引きつった笑顔をマレーナに向けた。


「申し訳ございません。少し所用がありまして」

「いいのよ。私も、今日は疲れていたからゆっくりしたかったの」


 身支度を整えるマレーナから香る、愛しい男の香水にキャメロンは気がつくだろうか?


「……昨晩はどちらかに?」

「なぜ?」


 マレーナがキャメロンを見ると、慌ててキャメロンが視線を逸らした。


「いえ、お部屋にいらっしゃらなかったので」


 メイソンの部屋に行くことはできないから、マレーナの部屋を見にきたということか。


「……メイソンの部屋よ」

「さ、さようでございましたか」

「……」


 わずかに目を見ひらき顔をゆがめるキャメロン。


 自分がすっぽかされた理由を知って、キャメロンはどう思うのか。メイソンを責めたてる? 本当に愛されているのは自分だと言いきかせて、忍ぶ恋に酔いしれる?


(使用人の立場を忘れて、愛人の立場を忘れて、自分を優先せずに正妻と夜を過ごしたことに怒りくるえばおもしろいわね)


 そしてキャメロンはマレーナが想像したとおり、メイソンを責めたてた。


「どういうこと? 私との約束をすっぽかしてあの人と過ごすなんて」

「彼女が突然来たんだよ! 俺は彼女の夫なんだから断るほうがおかしいだろ?」

「でも!」


 だからといって彼女を抱く必要なんてない。だいたい、メイソンはマレーナのことなんて愛していないのに、どうして抱くことが――そうか、媚薬……。それに、彼女は妊娠をしやすくなるお茶を飲んでいるのだ。


「あの人、子どもを作るつもりなの」

「は? なんだって」

「言っていたのよ!」


 キャメロンはマレーナが妊娠を促すお茶を飲んでいることをメイソンに告げた。


「そういうことか」

「それに、媚薬も飲まされたのよ」

「媚薬だって?」


 キャメロンはハッとして、ベッドの横にあるゴミ箱に駆けよる。


「――あった……これよ!」


 キャメロンはごみ箱の中から小さな小瓶を拾いメイソンに見せた。


「これは……」


 見たことがない丸みのある小瓶。間違いなくこれは自分が捨てたものではない。ということは――。


「本当に、これは媚薬なのか?」

「そうよ! 間違いないわ。あなた、これを飲まされたのよ!」

「なんてことだ!」


 メイソンは顔を青くした。


 マレーナはメイソンに激しかったと言って恥ずかしそうにしていたが、それは媚薬のせいだったのだ。それなら納得だ。いくら酔っていたからといって、あんなつまらない女を抱いて興奮するなんてありえない。


 しかし、もしあれで彼女が妊娠をしたらどうする? もしマレーナが妊娠をして子どもを産めば、後継者ができて、マレーナが死んでも自分が爵位を継ぐことができなくなってしまう。自分とキャメロンの間に子どもができても、爵位を継がせることもできない。


「冗談じゃない! ここまできて」

「そうよ! だから用心して。ずる賢いあの人がなにをしてくるかわからないもの」

「そうだな、もう同じ失敗はしない」


 もしまた彼女が部屋に来ても、絶対に入れたりしない。絶対に、だ。

 メイソンは心に誓った――はずだったが。


「どう? すごくおいしいチーズでしょ?」

「ああ、まさかメッシュボルのチーズを口にすることができるなんて、夢みたいだよ」


 マレーナが持ってきたチーズと上等なワインを楽しみながら、上機嫌な顔をしているメイソン。


 あんなに心に誓ったのに、チーズとワインの誘惑に負けるなんて愚かとしか言いようがない、と笑う者もいるだろう。


 しかし、彼女が持ってきたのは、王都でも簡単には手に入らないと言われている、チーズの老舗店メッシュボルのブルーチーズで、その癖のある香りと味の虜になる人が続出している希少なチーズだ。


 しかも一緒に持ってきたワインは、隣国テストリメートでしか栽培できないブドウで作られた、こちらも希少なグリートリークの白ワイン。


(拒めるやつがいるか? そんなやつがいたら、そいつは価値を知らないばか者だ。それに、前は油断したが、マレーナがなにをしてくるかわかっているのだから用心をすればいいだけのこと。彼女を注意深く観察して、媚薬を飲まなければいい。簡単なことだ)


 そう思うと心に余裕が生まれ、ワインが進むしチーズもうまい。


 メイソンの手は止まらず、気がつけば朝を迎えていて、やはり隣には乱れた姿のマレーナがいた。


「おはよう、メイソン」

「マ、マレーナ……。なぜここに……?」

「なぜって、どうしてそんなことを聞くの?」

「い、いや」


 明らかに焦っているメイソンに追い打ちをかけるように、マレーナが頬を染める。


「あなたって、お酒を飲むととても情熱的になるのね」

「え?」

「私何度も、もう無理って言ったのに……」


 マレーナ恥ずかしそうにうつむいて、ベッドを抜けだした。


「も、もしかして、私は、君に乱暴をした、かな……?」

「私を乱暴に扱ったかってこと?」

「あ、ああ、そう」

「いいえ……激しくて、とてもよかったわ」


 マレーナはそう言ってメイソンの手を引く。


「あなた、昨日酔った勢いでワインを被ってしまったのよ」

「は?」


 確かに言われてみれば体からワインの匂いがするし、べたべたしている。


「あのときは、そんなことどうでもいいって言っていたけど」


 そんなこと気にせずマレーナを抱いた、と言いたいのか。


「気持ち悪いでしょ? 早く清めたほうがいいわ」

「そうだな……そうさせてもらうよ」

「ええ。部屋は片づけておくから」

「ああ、ありがとう」


 メイソンはマレーナの言葉に従ってシャワールームに入っていく。シャワーをしばらく頭から浴びて、ようやく正常な思考が戻ってきたメイソンは、次第に顔を青くしていった。


「うそだろ……? また、彼女と?」


 二度としないと決めたのに。


「くそっ! なんでこんなことになるんだ!」


 長い時間シャワーを浴びていたメイソンが部屋に戻ると、マレーナはすでに自室に戻っていた。ベッドはきれいに整えられ、ワインの瓶もチーズが入っていた箱も片づけられていた。それを確認してホッとしたメイソン。


「そういえば……!」


 はたと気がついてゴミ箱に目を遣り、早足で近づいてゴミ箱の中を漁る。


「……あった」





読んでくださりありがとうございます。

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