第8話 従者はかく語りき
今回はマクシミリアンの従者エマニュエル君の視点です。
「それで攫ってきたと?」
「そうだ」
そう自信満々に頷くマクシミリアンさま。伯爵に見つかるわけにはいかないので、この部屋までは樽に入れて連れて来たらしい。
「どうしよう、主人が馬鹿になってしまった」
「心の声が漏れておるぞ、エマ」
仕方のない奴め、そう言って頭を撫でようとする主人の手をかわす。溜めていた鬱憤が爆発した。
「だって、城から置き手紙一つでいなくなって!。馬を乗り継いで丸2日かけて追いかけてきたら、主人が誘拐犯になっていたんですよ!。あと僕の名前はエマニュエルです!」
「成り行きと言うものだ」
「ああ....」
床に膝をつく。
「アラガム戦争で大活躍するだけじゃなくて、ちゃんと地道に地盤固めもしてて、内務卿にも就任して、頑張っていらした主人はどこに....」
「案ずるな、エマ。ちゃんと考えてある」
「....聞きましょう。あと、僕の名前はエマニュエルです」
「見ろ、この2人を」
主人に言われて見ると、そこには2人の女の子がいた。一人は黒色の髪と目をしていて、紺色の服を着ている。なにが起こっているのか、状況がよく分かっていないような顔をしていた。もう一人は紫色の髪と瞳をしていて、服は泥だらけ。こちらは状況を分かっているようで、猿轡を噛まされ両手首を縄で縛られて、こちらを睨んでいた。
「庶民だ。何も問題はない」
庶民と、貴族がそれぞれ矛盾することを言った時は、貴族の言葉が正しい。ましてや王族で、治安維持を司る内務卿の言葉を誰が疑うだろう。
マクシミリアンさまに仕えるまでは、そんなこと当たり前だった。煌国では貴族が絶対だったし。でもそれをマクシミリアンさまがやるなんて....。やっぱり、あの時、殺しておくべきだったかな....。
あれ?。なんだろう、なにか違和感を感じるなぁ。特に、この紫の子。
「マクシミリアンさま。なぜ、この紫の子にだけ、猿轡をしてるのですか?」
「人がいる時は殿下だぞ、エマ。シャルは養育して、我が妃に迎えるからな。それに相応しい対応をするように。こっちの紫の子は仲が良いみたいだし、侍女にでもしよう」
あんなに結婚嫌がっていたのに、どうしたんだろ。別人みたい。悪魔でも憑いているのかもしれない。それに....なんかモヤモヤする。
僕の視線を感じとったマクシミリアンさまが答える。
「ああ、すまない。猿轡だったな」
相手が従者でも謝るところは、今まで通りで少しほっとした。
「この子は聡い子でな。オレの飴ちゃん作戦を見破って、人を呼ぼうとしたゆえ、やむなくな」
たとえ攫う子でも女性には紳士的に接するんだ....。んー、僕が違和感を感じたのは、猿轡とは違うみたい。
紫の子を見てみる。顔立ちからして6歳ぐらい。服は泥だらけの貫頭衣のような服を、腰あたりで布で絞っていた。子どもがよく着る服だけど、なんか違う。脚を見るとショースと言われる長靴下を履いていた。靴は革製の靴。ん、革?
「マク....殿下、この紫の子、庶民ではないかもしれません。革の靴を履いています」
「庶民は革の靴は履かないのか?」
「庶民にそんなお金はありません。木靴か麻で作られた靴ですね」
「んー!んー!」
紫の子が、一際大きな声を出している。なにかを訴えかけていた。
「失礼」
猿轡に手をかける。
「馬鹿やめろ、外の衛兵にバレたら、オレは廃嫡....」
もう遅い。紫の子は、大きく息を吸うと口を開いた。
「ボクは、ジークハルト・キウォル・リンデンベルク!。父はキティス子爵テオドール!母はキウォル伯爵タイタスの娘エーデルトラウデ !。マクシミリアン・ヴァルトリア・ホニス王子殿下とお見受けする。なぜ、かの名高き英雄が、このような蛮行をなさるのか!。これが、建国以前よりホニス家に忠義するリンデンベルク家へなさることか!。今、この時もリンデンベルク家はホニス家のために働いているというのに、王子がなんの罪もない貴族の子を余興で誘拐などと、神をも恐れぬ所業!。恥を知りなさい、この、このッ、痴れ者がァア!」
ぐうの根も出ないほどの正論。
この子、めちゃくちゃ頭が良いな。建国以前から王家に仕える名家の子息を誘拐となれば、マクシミリアンさまの廃嫡に止まらない騒ぎになる。
それに、この黒髪の子も、リンデンベルク家の子かもしれないのか。
どうします殿下、そう言おうとした時だった。
「ク、クククク、フハッハハハ、フハハハハハハハーーーー!!」
狂ったかのように笑い出すマクシミリアンさま。そのさまは、まるで悪魔のようだ。
こうなったら、マクシミリアンさまを弑逆奉るしかないのか....。
東の方にあった騎士国では、誓約を結んだ騎士が、道を外した主人を討つことがあったという。騎士国の道理が、この国で通じるかは未知数。マクシミリアンさまの首を手土産に煌国に戻るか....。
僕が決意を決めかねていると、ひとしきり笑ったマクシミリアンさまは、涙を湛えた瞳で、僕を見ると、口を開いた。
「どうしよう、エマ.....」
いや、知らんわ。
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「クッ....こうなったら!」
この人、三流の悪党みたいなこと言うなぁ。
「2人ともお嫁に貰おうではないか!」
「殿下、重婚は犯罪です」
「うるさい!」
目がぐるぐるになっているマクシミリアンさま。あまりのショックで、錯乱しているのか。
黒い髪の子の方に、向かおうとする殿下の前に、ジークさまが立ちはだかる。
「行かせない。ボクは、シャルの騎士なんだから」
「ジークくん....」
「どきなさい」
ジークさまを振り払う、マクシミリアンさま。
僕もそろそろ覚悟決めないとな。またあの生活に戻るのは嫌だけど、このままだと僕も同罪に扱われる。王族ならばともかく、庶民、ましてや異人となれば、死刑は免れない。
「ああっ、ジークくん!」
倒れるジークさまに寄り添うシャルさま。もう少しで、死角に入るな。
「ふふふ、そう急かすな。2人とも可愛がってやる」
「た、」
あともう少し。足首に巻いた針帯から毒針を抜く。マクシミリアンさま、暗殺に来た僕を側に置いてくれた変わった主人。あなたには振り回されてばかりだったけど、でも不思議とそんな日々も、悪くなかったんだ。悪く、なかったんだよ....。
「たすけて、ジュリアおねえさまーーー!!」
シャルさまに気を取られるマクシミリアン。
毒針を投擲しようとした、その時だった。
――――ガッシャーン
何者かが、窓を割って、室内に乱入して来た。
(続く)
身分を証明するものを持っていないので、自らの来歴を詳細に述べるジークくん。「貴族の子息」ではなく「貴族の子」と言うことで、王子に詐称もせずに、シャルを取り戻す布石を打ちます。最後あたりぶちギレするところは、まだ年相応と言った感じです。
何者()かの乱入により命拾いしたマクシミリアンは、次の話で生き残ることができるのでしょうか?
次のお話しは水曜日に投稿します。