第7話 悪夢と妹
「あっ!!」
後ろから幼い女の子の声がしたので、振り返って見ると、幼い女の子が地面に顔からビターンと倒れるところだった。
「アニー、だいじょうぶ?」
自分がそう言ったことに気づく。ずいぶん幼い声。それにアニー?。
その幼い女の子は、私と同じ金髪をしていた。少し朱が混じっているかしら。その女の子はモゾモゾと身をよじると、顔を上げた。
「うーん....」
その女の子の顔を一目見て分かった。ちっちゃい頃のアニカだ。
そういえば、ちっちゃい頃は、アニカのことをアニーと呼んでいた。騎士学校で本名がアニーの子がいて、呼ぶのやめたのよね。
なんで幼いアニカがいるんだろう?。それに私の声も幼いし、勝手に喋るし。うーん。ま、いっか。
幼いアニカは立つと、汚れをパンパンと払う。枯れた芝生の葉が、紺色のワンピースから落ちていった。
「だいじょうぶ」
「よかった。あ、草がついてるよ」
幼い私が、アニカの髪についた芝生の葉をとって上げた。
「ありがとう」
ほほえむアニカ。かわいいなぁ。
「ねぇ、ジュリ。かけっこやめようよ。ジュリ、足はやいし」
あー、そっか。追いかけっこしてたんだ。ということは、ここはお城の庭ね。私の遊び相手で、歳の近い騎士の家の子が、呼ばれてたわね。ちなみにジュリは、私のちっちゃい頃のあだ名。
「うーん、じゃあなんにする?」
「おままごと」
「えー、さっきやったよ?」
「じゃあ、ジュリは?」
「木のぼり」
「またセシリアさまにおこられるよ?」
あははははは....。お母さまが頭を抱えているのが、目に浮かぶわ。
「うーん」
「あたし、足がいたいなぁ、ケガしたかも」
「!。おままごとにしよう!」
こういう駆け引き、アニカは小さい頃から上手かったなぁ。幼い私も、それなら走ったりしない方がいいね、っておままごと選んでるし。アニカ、本当は足、平気でしょう?。
「やった。ジュリ、おーじさまね、わたし、おひめさま」
「アニカ、いつもおひめさまだよねー」
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しばらく見てたら、金髪のちっちゃい男の子がやってきた。ガルスだ。私達よりひとつ年上なのよね。
「ねぇ、ボクも入れてよー」
「いま、おままごとしているの。あとでね、ガルスくん」
笑顔で断るアニカ。幼いガルスの顔が曇る。あー、これは....。
「えー、いいじゃん?」
うん。私ならそう言うよね。皆で遊ぶの好きだったから。
「だーめ、ガルスくんが入ったら、ガルスくんがおーじさま役になるから」
「....いじわる!」
「あっ!!」
怒った幼いガルスがアニカを突き飛ばしちゃった。倒れたアニカの顔がクシャと泣き顔に変わる。あーあ。
「ぅえ゛ーん」
「なにやってるの、ガルスくん!」
仲のいいアニカがガルスに泣かされちゃって、怒った幼い私は、ハイキックをガルスに放つ。見事な放物線を描いた私の脚は、ガルスの顔にヒットした。
―――ゴキッ
ガ、ガルスーーーーーーーーーーー!!
白眼を向いて、あらぬ音を立てて倒れるガルス。
そういえば、マティアスが無手格闘を習ってて、見よう見まねでやってみたんだっけ....。
「行こ!」
「ゔん」
泣いてるアニカの手をひいて逃げる幼い私達。この時は、年上の男の子に勝てるわけないと思ってたのよね。
視界の端に映ったガルスが、ビクンと痙攣するのが見えた。ガルス、強く生きて....。
あれ?私、何か忘れているような....。
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私のお部屋に避難した幼い私と幼いアニカ。ここなら、メイドもいるし、男の子は絶対入って来れない、って思ったのよね。
でも、アニカは泣き止まない。突然の暴力が怖かったんでしょうね。
「そうだ!」
アニカが泣き止まないので、悩んでた幼い私は、何か閃いたみたい。
アニカの前で、右膝をふわふわのカーペットについて、アニカを見上げた。
「アニー、こわかったよね?。だいじょうぶ、こんどから、わたしが守るから」
「ジュリ....」
そう言うとアニカは、私に右手を差し出した。
「ちかいのキスを」
アニカの手の甲にキスをする幼い私。アニカは嬉しそうに微笑んだ。
「わたしのキシさま」
こうして、私はアニカを守る騎士になった。
これは、“せいやくのキシごっこ”と言って、騎士国の女の子がおままごとをすると、必ずと言っていいほど、これをやるという、定番中の定番のごっこ遊び。
白馬に乗った騎士が、姫に忠誠を誓って、主への恋心と騎士の忠道に思い悩むストーリーだ。
だから、幼い私と幼いアニカのこれは、ごっこ遊びの範囲を出ない。
でも、それから私は、ずっとアニカを守った。王都行きが決まっても、アニカを守らないと、って思ってた。
アニカは私の親友で、侍女で、見知らぬ王宮や王立の騎士学校で、なんでも相談できる、私のかけがえのない存在だった。
だから、この誓いは、私にとって、とても大事だった。
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「アニカ、私の代わりに砦に残って」
私は、何を言ってるの?
ここは、ヒラグノス砦。タシュル騎馬国は他領を次々に攻略。ついに全軍をヘリエスタに集結し、三回目の総攻撃を開始。タシュルの英雄“金狐将”タヴィランが自ら囮となり、私を前線に留めている間に、別動隊が領都へリスヴァインを攻撃・陥落させ、マークグラーフ城は炎に包まれた。“金狐将”タヴィランとの戦いを引き分けた私達は、国境のヒラグノス砦に撤退していた。
“金狐将”タヴィランは、この機を逃すまいと執拗に追撃をかけた。先の戦いで、夥しい犠牲を払ってまで、私を殺そうとした奴だ。このままでは、雪の降るクルス山脈だろうと無理矢理、軍勢を突っ込み夥しい犠牲の果てにクルス山脈を越えて、私と避難民を狙うと予想された。
だから、私は―――
黙っていたアニカは、私を見つめ口を開いた。
―――嘘つき
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「アニカッ!!」
虚空に向かって手を伸ばす。
漆喰の塗られた白い天井が目に映った。
「?」
リンデンベルク家の年季の入った白とは違う、新しい白を見て、自分が馴染みの宿屋にいることを思い出す。つまり、今のは夢。
「ふふふ、やっぱりアニカは私を許してくれないのね」
妹とジークくんを救い出すため、キティスから馬で駆けて、イゼオに着いた頃には、すっかり日は沈んでいた。馬にご飯をあげないと、必要になった時に使いものにならないし、妹とジークくんを無事救い出せても、ちっちゃいあの子達に野宿は厳しいので、宿をとることにした。
部屋に入って背筋を伸ばすとバキバキだったので、ベットに横になって、仮眠する。予想通り全然寝れずに、悪夢でうなされ、すぐに起きた。
「シャル....」
妹をキティスに連れてきて、しばらくは別々に暮らしていた。姉妹なのにそんなことをしたからか。私は毎日、悪夢にうなされていた。
「やっぱりシャルは、いなくちゃならない存在なんだ。妹なんだから、当然よね」
妹の存在が私に許しを与えた。妹のミルクのように甘い香りは、私の辛い記憶に霞をかけてくれる。
ベットから降りて、ベランダに出る。“農業の都”を自負するイゼオのメインストリートには、バラの花が植えてあって、ここまで香りがするようだった。
「待っててね、シャル。今、迎えに行くから」
私はベランダから飛び降りると、屋根伝いに2つの塔を持つ、イゼオ伯爵の城に向けて、駆け出した。
(続く)
続きは明日10:00に投稿します。