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第6話 海を分かつ者

 今回の話は、視点がジュリア⇒リンデンベルク郷と変わります。


 リンデンベルク家に到着すると、すでに中庭には騎士や従騎士が集まっていた。ひとまず兵士は置いて来たのでしょう。視線を巡らせ、テラスで難しい顔をして腕を組むリンデンベルク(きょう)を見つけると、馬を降りてそちらに駆けた。


「リンデンベルク卿!」


 3年もリンデンベルク家に寄宿しているからか、縁者だとでも思われているようで、子爵家の騎士達は道を開けてくれた。


「急にお呼びだてしてすまない」

「いえ....それよりも馬車はどこですか!?」

「その馬車についてなんだが」


 苦虫を噛み潰したような顔をするリンデンベルク卿。まだ、お若いというのに10歳は歳をとったかのようだった。


「今日、お忍びで賓客が来る予定だったのだ。極秘ゆえ仔細は私しか知らぬことだったが....。どうも、到着予定時間からして、その方の馬車らしい。なぜこのような凶行に及んだのか、理解できないが....」

「その(かた)のお名前をお伺いしても?」


 内心、怒りの炎が煮えたぎっていたが、おくびにも出さず答える。(たっと)い身分の方なら、リンデンベルク卿が黙秘する可能性があるからだ。

 リンデンベルク卿は、そんな私を見て、この人なら大丈夫か、とそんな顔をして、私に近くにくるように言った。半歩ほどの距離で言う。


「マクシミリアン王子殿下だ」


 マクシミリアン・ヴァルトリア・ホニス。クトゥミル魔導国の王家、ホニス家の次男。アラガム戦争の英雄、“炎の(きみ)”。

 私は、思慮深そうな顔をして言う。


「....一度お会いしたことがあります。フランツ王子の立太子の儀で、お話ししましたわ。才気に(あふ)れる自信家でいらっしゃいました。まさか、このようなことをなさるとは」


 白金(はっきん)の髪と暗い金色―――琥珀色(こはくいろ)の瞳が印象的な方だった。


「お会いしたことがありましたか、以前の当家ならともかく、私などは相手にされぬゆえ。聞きおよぶ限りでは、とてもこのようなことをなさるお(かた)とは。何かの間違いであって欲しいものです」


 たしかに、らしくない。マクシミリアン王子なら、もっと計画的にやるような気がする。こんな思いつきで凶行に出るタイプではない。少し話しただけだから、見誤ったかしら?


「それで、リンデンベルク卿は騎士を集めて、交渉のご準備を?」


 馬車の所在が気になるけど、立て続けに聞いたら、警戒されてしまう。もう少しお話ししましょう。


「そのとおりです!。流石はジュリアさま!」


 我が意を得たり、という感じのリンデンベルク卿。よほど心労が溜まっているようね。

 でも、こういうのは交渉相手が見えるところでやらないと、意味がないのよね。リンデンベルク家は先々代が“シグムントの渦”に巻き込まれているから、怖気付(おじけづ)いているのでしょう。

 

「妻などは、事情を話しても泣き叫ぶばかり。ジュリアさまのご慧眼(けいがん)を見習って欲しいものです」


 本邸の方を見ると、泣き()らしたキティス子爵夫人が、般若(はんにゃ)のような顔で、リンデンベルク卿を(にら)んでいた。ああ、だから騎士達の目があるテラスに避難しているのね。

 パチッとウインクすると(いぶか)しむ夫人。ジークくんと同じ青みがかった紫色の髪が揺れる。


「ありがとう存じます。それで殿下は、今どこにいらっしゃいますの?」

「イゼオ伯爵の城に宿泊していると仰せでしたので、そちらに戻られているのかと。使者もそちらに向かわせております」

「ご苦労様です」


 私の言を不思議に思うリンデンベルク卿を放って、背を向けると愛馬の方に向かう。


「どちらに向かわれるのですか?」

「妹の元へ。ジークくんも連れて帰ってきます」

「お待ちくださいッ!!」


 私に(かつ)がれたことに気づいたのか、その声には、焦りが含まれていた。しかし、私は止まらない。


「お止めしろッ!!」


 騎士達が躊躇(ためら)いながら、道を(ふさ)ぐ。ヒュウ、と心が冷えていく。


「どうしたというのです、あなたほどの方が」


 そういって、私の肩に手を置こうとするリンデンベルク卿。自分が何をしているか、分かっているのかしら?


「邪魔するなら、恩人といえど容赦しませんよ」



----



「邪魔するなら、恩人といえど容赦しませんよ」

「ヒッ!!」


 こちらを振り返ったジュリアさまを見て、間抜けな声が漏れる。いつも柔和な笑顔を浮かべる、物腰柔らかな方と同一人物と思えぬほど、その顔は空虚(くうきょ)でなんの感情も(たた)えてはいなかった。

 いや、違う。この表情は、あまりにも大きな感情を抑えこむための仮面だ。

 そうだ、この感情は、怒り。


「うあ、わあああああああっ!!」


 怖い怖い怖い、殺される殺される殺される!。

 尻もちをつき、少しでも距離を取ろうと足を動かす。

 ジュリアさまの怒りの感情が、空気を介して、直に伝わる(・・・)

 本能が警報を発する。

 生物としての格の違いを思い知らされる。


「包囲を解きなさい。そうすれば、命はとらないわ」


 包囲、解く?命、助かる?。助かる!?助かる!!


「お前達!道を開けろ!早く!私は死にたくなぁあい!」


 私の声を聞いたジュリアさまは、後ろを振り向くと白馬の方に向けて歩き出す。


「う、ぁ」

「ひぃ」


 騎士達が急いで道を開ける。ある者は尻もちをつき、ある者は同僚を突きとばして、逃げようとする。

 まるで伝説の神話のように、人の海が裂け、道ができていった。

 ジュリアさまは白馬にお乗りになり、私達を憐れむように見ると、去っていった。


(続く)


 続きのお話しは明日10:00に投稿いたします。

 

 作品内では、あっという間にリンデンベルク家に到着してますけど、設定上はリスティアからキティスの街まで、それなりに距離があるんですよね。これからジュリアは騎乗してイゼオまで向かうわけですけど。

 イゼオの街からキティスまでは、例えばマクシミリアンは、馬車で早朝に出発して、お昼を過ぎたころに到着してますからね。この時代の朝はとても早いので、かなりの距離(プロトタイプ版は少し近いですけど。

 そのあたりの距離感や時間の感覚を作中に反映できればなぁ、と思うのですが、冗長にならないようにしないようにしないといけませんし。なかなか難しいところです。

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