第5話 運命の足音
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頑張って書きます!
今話は三人称のようなもので書きました。
「....あれが、“狂い姫”」
マレナの自宅の玄関で、尻餅をついたままのレナルド卿は震えていた。ああ、この人は戦争を経験したことがないんだな、マレナはそう思うと、ひとまず彼を放っておき、外にいる元同僚に話しかける。
「ウィド、聞こえてたでしょ。入って来て」
そういうと、赤毛の兵士が姿を現した。
「こっち来て、ベルティ、あなたも」
マレナはそう言いながら、後輩を半ば引きずって、リビングに戻った。
「しゃんとなさい。あなた、ジュリアさまの護衛でしょ!」
「....わ、私、あんな恐ろしいジュリアさま、見たことなくて」
椅子に座らせると、薄い茶色の髪をした女性兵士は、震えながらそう言った。
「ああ、あなた、たしか、一回目の山越えで避難したんだっけ。じゃあ、あのジュリアさまは、初めて見るのね」
やれやれ、これはしばらく使えそうにない、とマレナは思う。それまで黙っていた赤い髪の兵士、ウィドが口を開いた。
「ジュリアさま、あのちみっ子と暮らすようになって、落ち着いていたからな」
「シャルさまね。新人が真似するから、もう言わないで」
「ああ、すまない」
馴れている様子の先輩2人を見て、ベルティは口を開く。
「ジュリアさまは、昔からああだったんですか?」
「違うわよ。戦争の後遺症みたいなものね」
「俺らは、ジュリアさまがビャッコ隊を組織した時から、見てきたからな。どうしてああなっちまったかは、だいたい分かってる」
ビャッコ隊。ジュリアが組織した少年少女で構成された幼年部隊の旧称だった。隊の名前は、ジュリアがミーシャ法国の古い伝承を参考に命名したものだ。
「止めなくて良かったんですか?」
「ジュリアさまが、ああなっちまったら、マティアス卿ぐらいしか止めらんねぇよ」
「もともとね」
マレナが話を引き継ぐ。
「あの方は、この農場の誰よりも強いの。七聖剣筆頭のディミトリィ卿より強いって言われてた」
「あの“最優の騎士“よりもですか!?」
「戦いぶりを見てたら、そうだったわね。加護なしで戦ったら、分からないけど。だから、ジュリアさまの護衛の本質的な役割は、あの方をあらゆる不快から守ることなのよ。ああなってしまったら、手がつけられないからね」
先輩が後輩を指導する。実地で教えられる最後の機会だとマレナは思っていた。ウィドが口を開く。
「これからどうする?」
「ジュリアさまは、ご自身かマティアス卿が戻るまでは、アーノルド卿の指示に従うようにおっしゃっていたわ。ベルティじゃ不安だから、あなたが伝えて」
「分かった」
「あとさっきの件は、箝口令を敷いて」
「俺の権限でか!?」
「ジュリアさまがいるから、この農場はまとまれているのよ。大丈夫、アーノルド卿なら、追認するわ」
お人好しだしね、という言葉は飲みこんだ。ベルティあたりから漏れて、ウォルナー夫人に聞かれたら、どうなるか分からない。
「護衛班の最後の作戦会議は終わりよ。さ、行った行った」
「相変わらず、勝手な奴だなぁ」
「ウィドが私みたいに、ジュリアさまを止められたら、もう少し丁寧に扱ってあげる」
「ちぇッ、分かったよ。行くぞ、ベルティ」
「はいッ」
玄関に移動するとレナルド卿は、もう帰ったようだった。ウィドは玄関を出ると、くるりと後ろを振り返る。
「こんな形だけど、会えて嬉しかった。昔のようで楽しかったよ。その.....頑張れよ」
「あいよ」
扉が締まる。農場を揺るがすような出来事があったとは思えないほど、シンと静まりかえる。
「頼んだよ」
マレナは、かつての同僚たちに向かって言うと、お腹をさする。新しい命の鼓動を感じた。
「ままならないものね」
お腹の中の命に向かって、そう言う。
私はジュリアさまの友達だと思う。雲の上の方だから、口には出せないけど。たしかに気持ちは通じあっていた。なら、友達だ。そう、マレナは思う。
シャルと一緒に住むようになって、ジュリアは、マレナ達と出会った頃のように笑うようになった。マレナも結婚して、そろそろ自分がいなくても大丈夫かと思っていた。
「間が悪いったら、ありゃしない」
椅子に腰掛けて、そう独りごちる。
ジュリアの親友で、侍女だったアニカが死んで、自らは職を辞して命を宿し、ジュリアの騎士のマティアスは農場を離れている。
そんな矢先に、ジュリアの心の支えだったシャルが攫われた。
マレナは、運命の悪戯を感じずには、いられなかった。
なぜ、こんな過酷な運命を、剣の天使さまや虹神さまは、ジュリアさまにお与えになったのかと、マレナは思う。
応えがあった。新しい命が、お腹を蹴る感触。
「あなたは、何も悪くないのよ」
マレナはそう言うと、赤ん坊をあやすように、お腹を撫でた。
(続く)
次のお話しは7月4日(金)に投稿します。たぶん17時ぐらい(変更があれば、ここに書きます