第4話 風雲急を告げる
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執筆頑張ります!!
「マレナ先輩、ジュリアさまが来られましたよー」
護衛のベルティが木の扉の前で、そう言うと、中からマレナの声が聞こえた。久しぶりだけど、元気そうね。
マティアス達の見送りを終えた私は、白馬を駆って、農場のあちこちを走り回っていた。棚田の揚水機を動かしている宝石に魔力を補充して、そのまま新規開拓村のタル村を視察に行き、リスティアに戻って、レント地区の共同キッチンで地区住民の皆さんと昼食。お米は共同キッチン経由で無償で提供しているから食糧は足りているけど、慣れ親しんだパンが恋しいとのことだった。米粉パンの作り方、研究しようかしら?。その後は、レンガ工房に顔を出して、新規貯水槽について相談。土地を均して、レンガとレンガの隙間を硅砂で固めればいけそうだった。
日が傾き始めた頃に、イチゴやサクランボ、ブドウなどの滋養に良いものを持って、元護衛のマレナの家にお見舞いに来ていた。
「ウィドは、ここでお留守番ね。大勢で行ったらマレナの負担になるわ。すぐ戻ってくるから」
「分かりました」
首肯するウィド。兜からのぞく赤髪が揺れる。
扉が開くと、暗めの金髪の女性、マレナが出てきた。お腹大きくなったわね。
「久しぶりね、マレナ」
「ジュリアさま、ようこそ」
「大丈夫なの?。ベルティに聞きに行かせたけど、お見舞いの品を渡すだけでも良いのよ?」
「大丈夫ですよ、最近は大人しいので」
そう言ってお腹をさするマレナ。身体がすっぽりと入る緑色のオーバーチュニックを着ていても分かる、膨らんだお腹。あと1ヶ月で臨月だ。
中に入るように促されたので、玄関で靴を脱ぐ。そう、靴を脱ぐ。ここは私が施工主で設計もした集合住宅。そして私は、実質自領なジュリア農場の責任者。あらゆる不衛生を駆逐するべく、様々な手をうっている。これもその一つだ。
「どうぞ、こちらへ」
家に入ると、木の骨組みと漆喰の白い壁が目に映る。日差しも差し込み、壁の白も相まって明るい雰囲気を醸し出していた。マレナの夫のユルゲンが作った木のテーブルや椅子があって、落ち着いた雰囲気だ。
「綺麗に使ってくれているようで、嬉しいわ」
「こんな良い家を作っていただき、感謝してもしきれません」
この集合住宅は三階建てで、木の骨組みの間に石やレンガを詰めて、漆喰で塗り固めてある。森や山を開墾し、木がタダで手に入った影響で、木造建築が多いジュリア農場では、まだ珍しい建築物だ。
ちなみに、部屋は8畳二間、キッチンとベランダ。そして、なんとトイレもついている。水道はないので、汲みにいかないといけないけど、庶民としては破格の暮らしと言って良い。
マレナは、元は私の護衛。夫のユルゲンも現役兵士。4年前に私が故郷で結成した幼年部隊の初期メンバーだ。2人が兵舎暮らしで貯めたお金で購入したマイホーム。2人は自分達の家を買えて嬉しい、施工主の私も給料として払ったお金が還ってきて嬉しい。そして、2人の生活振りを見た領民は、こぞって兵士に志願している。優秀な兵士が増え、領はより安全になった。幸せが巡る構造だ。
「はい、お見舞いの品」
「こんな貴重なものを、ありがとう存じます」
「滋養に良いからね。ユルゲンはいないけど、日持ちしないから、全部食べちゃってね」
「はい」
嬉しそうに微笑むマレナ。
フルーツは気軽に手に入るものではない。生鮮ものは傷むし、舟運もないキティスだと輸送費もかさむ。サクランボはキティスでも栽培されているけど、ブドウやイチゴはイゼオ伯爵領で栽培されていて、キティスまでの輸送費と手間賃がプラスされていた。
席に着くと、マレナが紅茶を淹れてくれた。私が好きな茶葉を知っているのは、付き合いの長さからでしょうね。
「ユルゲンのお見送りしてきたわ。一週間ぐらいで帰ってくると思う。もうすぐで、お父さんだからか、頼もしく見えたわ」
「見た目だけですよ」
苦笑いして、幸せそうに愚痴を言うマレナ。私のしてきたことも、無駄じゃなかったのかもしれないと、ほんの少し思う。
「ウォルナー夫人とは、どう?」
「ええ、うまくやってますよ。だいぶ、絞られましたけど」
ウォルナー夫人は、アーノルドの奥さん。農場には、40代以上の人が少ない。3年前のタシュルの騎馬兵から逃れるための、クルス山脈越え。まだ雪の残る峻険な山々を越えられず、避難民の3割が命を落とした。避難誘導をしていた幼年部隊のリソースは、子供に割かざるを得ず、代わりになるように犠牲になった世代だった。
だから、この農場には子育て経験者が少ない。特に出産を迎える女性の親世代は、自らの命と引き換えに、子供を守ったかのようだった。そういう女性のサポートを、子育てを終えたウォルナー夫人達にお願いしていた。
ただ、一つ気になる事がある。40代以上で山越えを生き残ったのは、魔力を人より多く持つ者だけだったことだ。ウォルナー夫人は、騎士の娘で、騎士階級としては並程度の魔力をもっていた。騎士学校の家政科を卒業していて、残念ながら加護は得られず、魔術の心得もない。魔力は使用する道がないはずだったが、山越えで生き残っている。
この世界の人間は、加護や魔術を用いずとも無意識のうちに魔力を使用している。それが私の出した結論だった。兵士が避難誘導を行い、食糧庫や病院などの拠点を事前に整備していたとはいえ、特段訓練を受けていない避難民が、冬の終わりの時期の山越えで、3割の死亡率で済んだのも、おそらくそのおかげでしょう。―――しかし、いったいなぜ、魔力が使えるのかしら?
紅茶を飲んで、思考を切り替える。今、考えても仕方のないことだった。話題を変えよう。
「それにしても、マレナがお母さんかー、どんどん置いていかれるわ」
ちなみに私は、マレナより半年ほど早く生まれている。
「ジュリアさまは、領民のために頑張っておいでですから。私がこうしていられるのも、ジュリアさまのおかげです。ジュリアさまに良き出会いがあるよう、剣の天使さまにお祈りしております」
「それ、コルリウスさまも困るやつよ、管轄外で」
「良いんですよ、剣の天使を信仰する民が生き残れたのも、ジュリアさまのおかげなんですから。それぐらいは、骨をおるべきです」
そう言って微笑むマレナ。初陣のラジュ村救援の時もついて来てくれた。男所帯な騎士団と戦場という特異な環境は不便極まりなく、互いに支え合った。そのマレナが、お母さんになると思うと、感慨深いものがある。
ふと、マレナの顔に影がさした。言うか否か悩んでいるようだった。私がなにも言わずに待っていると、マレナが切り出した。彼女にしては、珍しく不安そうな顔をしている。
「....私、母親になるのが怖いんです」
マレナをジッと見て、先を促す。
「だって、私は人を....」
「仕方ないことだった。王都セイローザを壊滅させた奴らだもの。でも、そういうことじゃないんでしょう?」
こっくり、と頷くマレナ。
「私も妹を育てて、似たようなことを思ったけど、私が戦ったから、シャルと出会えたと思うの。それにね、シャルから貰ったものを返してあげたいからね」
「妹さまから、貰ったもの?」
「生きていてくれてありがとう、かな。子供を産むマレナとは、違うと思うけど」
マレナは一瞬だけ、傷ましい顔をしたけど、すぐに表情を消すと頷き、口を開いた。
「分かりました。ジュリアさま、ありがとう存じます」
そう言って微笑むマレナ。うーん、やっぱり、妹を育てた経験じゃダメだったかしら。後は、ウォルナー夫人に任せるしかないわね。
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パカラ、パカラ、パカラっと、馬の駆ける音がした。こんな町中で早馬なんて何かあったのかしら?
「早馬とは珍しいですね、何かあったんでしょうか?」
「気になるわね」
マレナも気づいたみたいね。タシュルの部隊に奇襲を駆けるために、2人で木陰に潜んで敵騎兵をやり過ごしたことを思い出した。
「懐かしいわね」
「全くです」
マレナも同じことを思い出したようだ。
「足音からすると、2騎ですね」
「片方は鎧を来ているわね」
もうすぐ臨月だというのに、熟練の兵士よねぇ。
馬が、この家の下で止まって、マレナと目を合わせる。私の後ろに控えていたベルティに声をかけた。
「ベルティ、見てきなさい」
「え?」
何をでしょうか、と言わんばかりのベルティにマレナが凄む。
「今、家の前に馬が止まったでしょう!」
「は、はい!」
玄関に向かうベルティ。茶色の髪が、パタパタと揺れる。
「申し訳ありません、私の指導が不足していたようです」
「実戦を経験しないと分からないこともあるわ。それを知らないのは、幸せなことよ。それにしても....」
くすり、と笑って言う。
「マレナ、昔に戻ってる」
「つい」
マレナが笑って、私も微笑む。こうやって、幸せな記憶を積み重ねて言って、辛い記憶を少しずつでも、埋めていけたら素敵ね。
ぱたぱたぱた、とベルティが駆けてきた。先輩のマレナに怒られて、慌てているのかしら。
「ジュリアさま!」
硬質な声に振り返ると、緊張した面持ちのベルティが言う。
「リンデンベルク子爵の使者の方が、至急お会いしたいとのことです!」
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玄関に行くと、リンデンベルク卿に仕えている騎士と、案内をしていた私の兵士がいた。騎士は、今は兜を脱いでいるが、全身を鎧で覆っていた。
「私がジュリアです。貴卿は?」
騎士は右膝を地面についてこたえる。
「私は、レナルド・ヘーガーと申します。リンデンベルク子爵に仕える騎士です」
「レナルド卿。故あって、私は姓を名乗れません。非礼をお許しください」
「主より、伺っております」
「それで、ご用件は?」
レナルド卿は、顔を上げて言う。
「お人払いを」
周囲を見るが、私の護衛と元護衛しかいない。マレナに視線を向けると頷く。巻き込んで良いらしい。
「ウィド、扉を締めて。誰も近づけないで」
「了解」
「レナルド卿、お待たせしました」
「よろしいので?」
マレナのことでしょうね。むしろ、ベルティを外したいぐらいだけど、護衛だから、これも経験ね。
「構わないわ」
レナルド卿は、一拍置いて口を開ける。よほど、重大事らしい。
「リンデンベルク家子息のジークハルトさまと、ジュリアさまの妹君、シャルさまが」
シャルの名前が出てきて、心臓がドクリと動き、急に時間の流れが遅くなった感覚に襲われる。そんなわけはないのに、リンデンベルク卿とレナルド卿の冗談であって欲しいと願う。レナルド卿の口の動きが、スローモーションのように見えた。
「何者かに、誘拐されました」
今度は、逆に自分の時間がゆっくりになった感覚。ジークくんとシャルがさらわれた。頭の中でゆっくり反芻するが、よく意味が分からない。だから、私が意味ある言葉を発せられたのは、何かの幸運だったのだと思う。
「どういうことです?」
「ジークハルトさまとシャルさまは、朝方より屋敷の庭で遊んでおられました。使用人のマーサが、目を離した隙に、2人ともいなくなっていたようです。屋敷中を探しましたが見つからず、捜索範囲を屋敷の外に広げたところ、複数の領民の証言が得られました。黒い馬車が、紫色の髪の女の子と黒髪の女の子の前で、停まったのを見たそうです。別の者は、紫色の髪の男の子と黒髪の女の子が遊んでいたと言っており、付近から今朝、奥様が結ばれたジークハルトさまの髪紐が見つかりました。リンデンベルク子爵は、状況証拠から黒い馬車に乗っていた一味による誘拐と断定し、現在、騎士を非常呼集中です。我が主は、ジュリアさまにも、お越しいただきたいと申しております」
「....ッあ、ぁぁ、ああ!!」
言葉を理解した途端に、動機が激しくなり、言葉にならない声をあげる。ガラガラガラと地面が割れて、落下する感覚。
シャル。甘えん坊な私の妹。黒い髪はふわふわで、あどけない顔は可愛くて、抱きしめると私の腕の中にすっぽりおさまるの。ミルクのような甘い香りがして、傷だらけの私を優しく包んでくれる。あの子がいたから頑張れた。どんなに苦しい時も、妹はずっと私の側に居てくれた。私の宝石。私の希望。私の、妹。
身体から白い靄のようなものが、湧き上がってくるのが、見えた。
「―――リアさまッ!ジュリアさま!」
私を抱きしめるマレナの声。死ななかった私の仲間の声で、意識が正常に戻る。私はいつのまにか、床に両膝をついていた。
「まだシャルさまは、生きていらっしゃいます!。落ち着かれて下さい!」
ハッとする。狂気に堕ちるわけにはいかない。顔を左右に振って正気を維持する。ロングブーツを履いて、指示を出した。
「私は今からシャルを助けに行くわ。私かマティアスが戻るまでは、アーノルドの指示に従って」
返事はない。マレナを見ると、彼女は頷いた。
「行ってくるわ....ありがとう、マレナ」
私は、扉を開け、内階段を降りる。通路を抜け、建物の外に出ると、停めていた愛馬に跨り、リンデンベルク卿の屋敷に向かって駆けた。
(続く)
続きは水曜に投稿します。