第2話 ジュリア農場
初めて、オリ創作で評価ポイント・ブックマーク頂きました!!
自分のオリ創作が評価して貰える、
こんなに嬉しいことはありません( ;ᵕ; )♡
アーチをくぐると、道幅が広くなった。キティス子爵領領主のリンデンベルク卿が、この地の開墾を許可する条件のひとつとして、それまで森で採取していた木材や薪を、“農場”の方で調達して運んで欲しい、と提示してきたからだ。
道幅は8メートルはあり、木材という大重力のものを運ぶのに充分な道幅はある。農場の外の方は、道幅が整っていないため、馬車が離合する時は大変らしい。万一、荷が解けでもしたら大惨事だ。農場の外の道の整備は、リンデンベルク卿の負担のはずだったけど、この調子なら負担を求められそうだった。
私が将来のイザコザについて、頭の端っこで考えていると、風景は打って変わった。舌を噛まないよう気をつけながら、隣を走るマティアスに話かける。
「稲の生育は順調そうね」
「はい。ヤシマ家の顧問の方も太鼓判を押されてました」
「それは重畳」
眼前には、青々とした田園風景が広がる。出穂を控えたそれは、大地から吸い上げた養分を蓄え、実を結ぼうとしていた。
ヤシマ家は、ミーシャ法国の神官長の家柄で、4年前、王都から帰って来た私に、“麦より十倍は収量のある作物がある”とのフレコミで、謁見を求めて来たのだ。その作物が“お米”だった。
ミーシャ法国は、北の山脈の盆地にあるとされる国で、虹神教会から“邪神を奉ずる国”と認定されている。会うか否か悩んだが、タシュル騎馬国の脅威がある以上、やむを得なかった。
会って見ると、教会が言うほどの邪さは感じなかった。単なる異教徒という感じだ。なんでも、太古の昔、モンス大陸が生まれるより、はるか前、まだ島国だった頃から、今の土地に住んでいる人達で、元は温暖な地域で作られていた“お米”を、絶え間ない品種改良で、冷涼で雨の少ない気候に適応させたらしい。
灌漑設備を整える必要があるなど、一長一短あるけれど、その収量のおかげで、私達は飢え死にせずにすんだ。
道を馬に乗って進んでいると、農作業をしている、“ジュリア農場の従業員”という名目になっている私の領民が、私を見ると手を振ってきた。
「ヨッヘン!腰の調子はもう良いの?」
「すっかり元通りです!」
「ボト!お酒はほどほどにね!」
「気をつけます!」
近場の人には声をかけて、遠くの人には手を振って応える。そのぶん、足並みはゆっくりになるけど、仕方ない。
やがて、濠と土塁に囲われた町が見えてきた。故郷ヘリエスタの名前を捩って、リスティアと名付けた、私達のホームタウンだった。
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町に入り、中心部にある仮のお屋敷、兼集会場、兼礼拝所に到着する。この町で一番始めに建てた建物で、木造の簡素な作り。門と庭と厩舎付きの大きな掘っ立て小屋、という感じだ。
厩舎に馬を繋ぐ。騎士達の馬もあるから、みんなすでに到着しているみたいね。裏口から入り、踏み固められた地面を歩いて、会議室兼執務室に入ると、先に来ていた騎士達が起立して、私を待っていた。
騎士、といっても身分としての騎士で、みんなが着ているのは、チュニックに長ズボンなど庶民とさほど変わらない。私の騎士で、軍事専任のマティアスでさえ革の鎧だし。彼らが騎士の誇りとしていた全身鎧は、山越えの時に放棄させていた。タシュルの騎兵の矢も碌に防げなかったし、仕方ないと思う。
私の座る木椅子には、以前は故郷の織り物が敷かれていたけど、今は領民が作ってくれた稲藁のクッションを使っている。そっちの方が、好きだった。
私が着座すると、皆も座る。私の隣にはマティアスが座った。
「じゃ、始めましょうか」
各セクションを担当する騎士達から、報告が始まった。
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円卓を囲んで議事が進行する。
麦の販売と子爵家への納税は完了。リピッツ馬の売り上げは好調、事前に子馬を移動しといて良かったわ。架橋は順調ね。新規開拓村の資材も確保、冬までに終わらせないと。見張り村への補給物資は準備完了。林業部門で怪我人発生、医療費は公金より支出っと。あとは。
「アーノルド、溜め池の貯水率はどれくらいかしら?」
「4割ほどです」
「ギリギリね」
溜め池は、キティス川から取水している。農場の農業用水、生活用水の水源で、農業用水を使わない冬に貯水している。ここの溜め池が干上がると、農場全体が干上がってしまう。まさに、生命線だった。
トントン、と円卓を指先で叩く。溜め池を作ることは、避難生活一年目の重要事項で、開墾と、越冬のための避難民収容施設の建設と並行して、溜め池と水路を掘った。時間がないので、水路は素掘りだ。
現在、貯水率4割なら、今年は大丈夫ね。けど、もし来年、日照りで渇水になると私達はアウト。思い返して見れば、ヘリエスタの水路は、レンガのようなもので作られていた気がする。あれは、水が大地に沁みこむのを、防ぐためなのかもしれない。新しく作る貯水槽で検証してみましょう。
「ベルナー、棚田の陽水に使う魔力は足りているの?」
「あと2割ほどです」
「後で補充しておくわ。次からは4割を切ったら報告して」
耕作面積が限られるから、木を伐採した山の斜面を棚田にしたけど、水路の水を魔力で揚水しないといけないから、一苦労ね。食糧も足りてきたし、今度からライ麦かリンゴの木を植えようかしら。
「ジュリアさま、よろしいでしょうか?」
「何かしら、ハンス?」
「収穫量も安定してきましたし、そろそろ屋敷を持たれては、いかがでしょう?」
そういう話題も出てくると思っていたわ。ハンスは特権意識強いからね。私が庶民も通える学校を作っているのが、気に食わないのでしょう。煙に巻くのが一番だわ。
「時期尚早よ。レンガをキティスや他領から買えば高くつく、内製化が最適。建築技術も高級建築となると私達の手に余るから、お金が他領に流れるだけ。他の建築で経験を積ませてからの方がいいわ。学校の校舎とかね」
「....騎士学校ならばともかく。庶民の教育などは、神殿が行うことでは?」
「剣の神殿も、もはや地上にはありません。この地において、虹神さまと剣の天使コルリウスさまの教えを広めるのは、ひとえに私の責務です」
「.....」
「それに私は、亡き陛下と亡き父の赤子を預かっています。一人として、無駄にするわけにはいかないのです」
威厳を持ってそう言う。感銘を受けた様子のアーノルドが、うんうんと頷くのが見える。あなたは本当にお人好しねぇ。
「もちろん、私とて騎士学校を卒業した者。騎士国における騎士学校の重要性は承知しております」
というより、騎士国には学校が“騎士学校”しかなかったのよね。各領にある学校も、王立の学校も、全部“騎士学校”だったしね。
「庶民も通う学校は木組みですが、いずれ作る騎士学校は、屋敷と同じくレンガ作りにしましょう」
騎士学校がレンガ作りなのは、普通に教育施設兼軍事施設だからだけど、譲歩したように言う。これで納得しなかったら....さて、どうしてくれよう。
「わ、分かりました!。お許しください、どうか、命だけは....」
なぜか顔を真っ青にしたハンスは、すぐさま同意した。いったい、どうしたのかしらね?
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会議が終わったので、執務室(兼会議室)で紅茶を飲んでると、外が騒がしい。見張り村に補給に行くマティアスとピウスが、最終確認をしているようだった。
去年までは、仕事で寝られない日もあったけど、最近はようやく時間に余裕ができるようになった。領の経営の実務をやってた人が、ほとんどいなくなっちゃったからね。教養はあっても軍事一辺倒だった騎士しかいなかったから、みんな手探りだったし。
我ながら、よくここまで頑張れたと思う。心が折れそうになることが何度もあった。これもシャルのおかげね....外が静かになったわね。そろそろ行こうかしら。
玄関から外に出ると、補給に行く兵士たちが整列していた。
「ジュリアさま」
そう言いながら、こちらに歩いて来るマティアス。
「お見送り、ありがたく存じます」
「悪いわね、私が作った村なのに」
「いえ、新兵には良い訓練です。それに、民を思ってのことでしょう」
これから彼らは、峻険なクルス山脈に作られた見張り村―――イルセン村とコフェル村に物資の補給に行く。水や食糧を満載して行くので、イルセン村まで1日、コフェル村まで3日はかかるだろう。
そしてそれは、表向きの任務で、マティアスはそのままクルス山脈を超えて、ヘリエスタに偵察に出る。かなり危険な任務だ。本当なら私が行きたいところだけど、全力で止められてしまった。
ふと、マティアスは思い詰めたような顔をする。しばらく逡巡し、切り出した。
「お心遣いはありがたいのですが、そろそろ侍女を迎えられてはいかがでしょう?」
そういうマティアスの顔に、アニカの面影を見る。
アニカ。赤の入った金髪はふわふわで、ぱっちりしたお目々の女の子。活動的な私と違って、守ってあげたくなるような、可愛らしい子だった。小さい頃から一緒にいて、よく私と見間違われて。騎士学校でも同じクラスで、王都行きが決まると侍女として、私についてきてくれた。私の親友で、マティアスの妹。
「....ごめんなさい。まだ、整理がつかないの」
「出過ぎたことを申しました。お許しを」
私の顔は曇っているのだろう。マティアスは謝罪の言葉を口にした。私は、マティアスに聞いておきたいことがあった。
「....マティアス。あなたは、私を責める権利があるのよ」
「そのようなこと、考えたこともありません。あなたは、ジュリアさまは、私達の希望です!」
希望、希望か。ディミトリィも、そう言っていたわね。みんな、私に勝手に希望を見出して、私を庇って死んでいく。
「マティアス、あなたは生き残ってね」
私を罰する人がいなくなるから。アニカを死なせた罪を、あなたは思い出させてくれる。
マティアスは突拍子のない私の言葉も受け止めて、なにかを言おうとしたけれど、私の顔を見ると黙って地面に右膝をついた。
私の右手をとると、手の甲にキスをする。
「必ず、生きて帰ってきます。私のお姫さま」
瞳を閉じる。目を開けて、マティアスを見つめて言う。
「あなたに、剣の天使コルリウスのご加護がありますよう」
(続く)
例によって、挿絵は生成AIを使用しておりますので、参考程度にお願いします。マティアスはイメージに近いですけど、ジュリアは服装が違うんですよね(でも可愛いので採用
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