第1話 嵐の前
挿絵は生成AIを使用しておりますので、参考程度にお願いします。おかしいところは目をつむってくださるとうれしいです。
シャルはもっと幼いのですが、これ以上は難しく....。服装もちょっと違うぞ、っという感じで痛し痒しですね。
目を開ける。漆喰の塗られた白い天井が目に映る。自分のいる場所を思い出して、安堵して目を閉じた。
久しぶりに、あの頃の夢を見たなぁ。妹と一緒に住むようになって、見ることはなかったのに。なにかの予兆かしら。
不安になって、私の天使を見る。布団を静かに捲ると、妹の黒い髪が見えた。安らかに眠る妹の穏やかな顔。出会ってから3年、乳飲み子のように小さかったのに、大きくなったなぁ、と思う。
外を見ると、雪を僅かに山頂に残したクルス山脈の山々が見えた。お日さまもまだ顔を出していない。まだ寝かせておいてあげよう。
私は妹を起こさないように、そっとベッドから降りると、練習着に着替えた。
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――――ヒュッ、ヒュッ
朝の静謐な空気の中で、木剣を振る。リンデンベルク家のお庭は、子爵家に関わらず広大で練習場所に事欠かない。
右手で、肘を伸ばして木剣を大きく振りおろす。腰をひねり、半歩飛んで、左手で構えたショートソードを模した木剣を突き出す。
「フゥー」
息をゆっくり吐き、構えを解くと、後ろからパチパチと拍手をする音が聞こえた。振り返るとマティアスが立っていた。
「おはよう、マティアス」
「おはようございます、我が君」
「盗み見とは感心しないわ」
「あまりに清澄な剣捌きでしたので、つい見入ってしまいました」
「そう。....迎えにしては早くないかしら?」
「いえ、カルロス達に差し入れを買いに来たのですよ。そろそろパンが恋しいでしょうから」
「そっか、今日は見張り村に補給に出る日だったわね」
見張り村は、私達がクルス山脈に築いた拠点で、タシュル騎馬国がクルス山脈を超えてこないか監視する役割がある。見張り村でも、じゃがいもを育てたり、家畜の世話をしたりしているけど、自給自足はできないので、補給物資を送っている。
娯楽のない村だから、食べ物は士気を保つのに重要だ。なかなか部下の面倒見がいいわね。
「それでは、後ほどお迎えにあがります」
「食べていかないの?」
私がそういうと苦笑するマティアス。
「お気持ちは、ありがたく頂戴いたします。ですが、私は仕える身でございますので」
そう言って、その場を辞するマティアス。昔と変わらず扱ってくれるのは嬉しいけど、相変わらず固いわね。私が柔らかすぎるのかしら?。
それにしても、どうしてわざわざ子爵家に寄ったのかしら?。そのままベーカリーに行った方が近いのに。
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「むー」
「シャル、そろそろ機嫌なおして」
「だって、おねえさま。わたしをおいていくんだもの」
「剣の稽古してたのよ。悪い奴らが来たら、シャルやみんなを守らないといけないからね」
「そーだけど....」
寄宿しているリンデンベルク家で朝ごはん。テーブルには、私と妹と、リンデンベルク卿とご夫人。長男のジークくんでテーブルを囲んでいる。
コップの水をクイっと飲んで、ナプキンで口を拭いたジークくんが口を開く。
「シャル。あまりジュリアさまを、こまらせてはいけないよ。キティスの発展のために頑張っておられるんだから」
ジークくんは、妹より2つ年上の6歳。青の入った紫色の髪を、後ろで結んでいる。小さな貴公子と言った感じで、物心ついた頃からいる、私の妹と仲良くしてくれている。
「でもぉ」
「ボクはひとりで寝てるんだよ?」
「うん....」
ようやく溜飲を下げる妹。ジークくんはすっかりお兄さんだ。
「ジークくんは偉いね」
それを聞いた妹は、私が切り分けたハンバーグを子ども用フォークでブスりと刺し、口に入れる。あーあ、デミグラスソースがお口についちゃった。
「シャル、こっち向いて」
「?」
怪訝そうにする妹の口をナプキンで拭いてあげる。はじめは機嫌悪そうだったけど、徐々に顔が緩んでいった。
「ありがとー」
「どういたしまして」
「そうしていると、親子のようですな」
リンデンベルク卿がそうおっしゃる。金の髪と青い瞳をした知的な雰囲気の男性だ。
「失礼しました。卿の前だと言うのに」
「気にされることはありませんよ、ジュリアさま。子どもは手のかかるものだと、私達も日々学んでおります」
「ありがとう存じます。リンデンベルク卿」
「ところで、農場の方はいかがですかな?」
「作物の生長は順調です。ヤギの放牧も軌道に乗ってきましたわ」
「それはそれは....今年は実り多い年になりそうですな」
「ヤギが育ちましたら、最初のラム肉はリンデンベルク家にお届けしましょう。ご期待に添えると自負しておりますわ」
満足げに頷かれるリンデンベルク卿。避難民を受け入れてくださった大恩ある家だし。なるべく早く恩に報いたかったのよね。
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「シャル、今日はどうするの?農場に行く?」
部屋で着替えながら、シャルにそう聞く。
「うーん....きょーはいかない。ジークくんと、あそぶヤクソクがあるから」
「へぇ〜」
振り向くと、着替えを終わらせた妹が目に映る。妹は紺色のワンピースを着ている。ワンピースは前開きで、袖口と襟、そしてスカート部分の縁にピンクのラインが入っている。黒い髪は、ストレートボブ。瞳も黒だし、ピンクのラインが映えるわね。
王都にも来て行ったシャルのお気に入りの服だ。やっぱり男の子には、可愛い自分を見せたいわよね。
「よっと」
革製のボディスをお腹に巻いて、紐を引っ張ってウエストを引き締める。ウエストは充分細いけど、10代最後の歳だし、おしゃれは楽しまなきゃね。
ハンガーにかけてある金の入った赤いマントを手にとる。今日は農場に行くだけだし、盾に天秤の描かれた、実家の紋章の入ったマントを着て行きましょう。靴は、うーん....ロングブーツで。
さてと、どんな感じかしら。
鏡を見ると腰まである金の髪をポニーテールにして、透き通るような青い瞳をした女の子が映っていた。私のことなんだけど。
白いシャツは自作で、ボタンは貝殻をくり抜いて作った。ブラウスにするか悩んだけど、お仕事で使う用だし、シャツにしたのよね。カーキ色のパンツは、騎乗用のパンツがダサいから半分ほど切っちゃったもの。切りすぎたかな。ま、かわいいからいっか。
3年前まで侍女やメイドに傅かれて暮らしていたとは思えないほど、現状に適応してしまった自分が面白かった。悲しいかな、親の目もなくなったしね。
鏡の前でくるりと回って、最終チェック。うん、可愛い。
「シャル、行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
私は騎乗用のグローブを着け、剣帯と護身用の剣2本を手に取ると、部屋を出た。
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玄関ホールから外に出ると、マティアスと兵士のウィドとベルティが待っていた。それぞれの馬と私の白馬も連れている。
兵士と言っても、4年前にタシュル侵攻に備えて、私が手塩にかけて育てた幼年部隊が母体になっていて、騎乗もできる。ウィドに至っては、加護を除けば、騎士と変わらないほどの働きだった。
「お迎えご苦労」
鷹揚にそう言う。ベルティは新人兵士だし、主としての威厳も出していかなきゃね。
「ジュリアさま、その格好は....」
マティアスが、喉に魚の骨でも刺さったかのように言う。
「今日は祭祀もないでしょう?」
「....そうですが」
「何か問題があるのかしら?」
微笑んで睨mi…顔を見つめると、短く嘆息するマティアス。
「なんでもありません」
諦めたようだ。
「それじゃ、行きましょうか」
私がマティアスが引いてきた愛馬にまたがると、急いで馬に乗り始める3人。先に行っちゃうわよ?
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木造の町並みと踏み固めた地面を馬で行く。キティス子爵領には、まだ石畳みを整備するほどの余力はない。
町を出ると、収穫を終えた麦畑が広がる。農家の方々は、落ち穂拾いをしたり、麦藁を飼料や燃料にするため、麦藁をまとめている。こういう風景も、悪くないわね。
私達はウィドを先頭に、私の両側をマティアスとベルティが固めている。ベルティはまだ馬の扱いに慣れていないみたいで、ヒヤヒヤしながら見ていた。騎兵というよりは騎乗歩兵と言った感じね。
私としては、護衛はいらないのだけど、以前、マティアスのお小言を無視して、シャルを連れて王都に出かけたら、不便極まりなかったので、今は黙って聞いている。
しばらく駈歩で進んでいると、柵が見えてきた。3年前までは、キティスの畑はここまで、ここから先は森が広がっていた。今は、それまでの光景と同じように畑作が行われている。入り口には、アーチ状の看板が掲げてあった。そこには、こう書かれている。
『ジュリア農場』
タシュル騎馬国に故郷を追われた私達が、異国に築いた、第二の故郷だった。
(続く)
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