エピローグ3 いのちのせんたくを(下)
エピローグという名の後日談その3
「ボクとしては、キティス川の河道掘削及び堤防の整備をしていただきたいですね」
ジークくんは、いったい何を言っているのかな?
私が希望金額を言って、マクシミリアンが渋って、「私があなたに何をしても、あなたは私達を守らないといけないのよ」と言ったら、マクシミリアンも了承する雰囲気になったところでの発言だった。
イラッときた様子のマクシミリアンが答える。
「....ミスター・リンデンベルク?。オレは子どもには優しいが、限度というものがあるぞ?」
「子どもの意見だから、聞き入れられないと?」
「ジュリア嬢が側にいるからと、慢心し身の丈を超えた振る舞いをする者の言葉など、聞く必要もないだけだ!」
「身の丈を超えた振る舞いですか?」
そう言うと、フッと笑うジークくん。
「実は今度、祖父のキウォル伯爵の誕生日会に招かれてまして....いや、ボクもお父さまが合意したことを言うつもりはないんですが、マクシミリアン王子殿下がボクにしたことを思い出して、怒りのあまり、うっかり本当のことを言ってしまうかもしれません」
「.....」
「そうしたら、西部の交易拠点を抑えるキウォル伯爵家は、殿下の兄君が率いるギュンター派につくでしょう。弟君のフリーデル王子殿下の母君は、アリジェ大公の娘でいらっしゃいますから」
なんか難しいお話になって来たわね。魔導国の政治情勢はおおかた知っているけど、細かいことは知らないし。
妹の方に目をやると、エマが持って来た絵本を読んでたので、抱き上げて一緒に読む。
「小僧、貴様はリンデンベルク家の命運を賭けて、オレから金を引き出そうと言うのか?」
何やら知らぬ間にリンデンベルク家が滅亡の危機に瀕しているわね。
「被害者はボクなので、ボクが納得する材料を出すべきだと言っているのですよ」
「キティス川の掘削と整備だと?。いったいいくらかかると思っている。ほとんど脅しだぞ」
「脅し?。違います、これは投資ですよ」
「投資?」
本を読み終えた妹が眠そうに目を擦って、私の胸を枕に寝始めた。トン、トン、トンと心臓のリズムに合わせて背中を叩いてあげると寝息をたて始める妹。
「キティス子爵領は今、飛躍の時を迎えています。ジュリア農場の開墾による耕作面積の増大、リピッツ馬を始めとした畜産、キティス川の掘削・整備がもたらす小麦の安定生産と舟運による富により、キティスの経済力は伯爵領に匹敵するものになります」
「....ほう」
「キウォル伯爵家が、我が高祖父シグムントの戦災復興事業による恩義を未だにリンデンベルク家に返しているように、リンデンベルク家はマクシミリアン王子殿下、ひいては王家に、より一層の忠義を尽くすでしょう」
エマがシャルにブランケットをかけてくれた。なかなか気の効く従者だ。
「....ふむ。キティスが伯爵領並みとなり、キウォル伯爵がオレにつけば、東部を拠点とする兄の喉元に食いつき、西部の交易拠点を抑え、資金面もより潤沢になり、イゼオ伯爵やサンミレク侯爵の取り込みに弾みがつく。貴様はそう言いたいわけだな、ジークハルト?」
「ご賢察痛み入ります」
「しかし金がないぞ。どうする?」
「殿下の叔父でヴァルトリア家当主の宮中伯コンラートさまは、河川・道路の整備を司る工部卿でいらっしゃいます。殿下を魔導王とし、宰相の座を切望されているお方です。政策の優先順位は直ちに是正されるでしょう」
政策となれば、国のお金だ。マクシミリアンの手出しはない。
「クッ、ククククク、ハハハハハ」
ザ・悪人、って感じの笑い方ね。妹が起きるから、もう少し小さい声で高笑いして欲しい。
「このオレとヴァルトリア家を手玉にとり、魔導国の王位継承を左右するか。いいだろう。ジークハルト・キウォル・リンデンベルク、そなたの策にのってやろう」
「ありがたき幸せ」
なんか仲良くなってる?
「貴様、オレに仕える気はあるか?」
「ボクが成人する頃には、殿下は魔導王でいらっしゃいます。なにも問題はありません。ですが、成人までは父母のもとにいさせていただきたく」
「よかろう。神童も大人になれば徒人という。ゆめ励みを怠るな」
男の人の友情って、分からないわねー。
「承知しました。.....ところで、ジュリアさまがヘリエスタ辺境伯領から避難なされたおり、当家も避難民に少なくない額の支援をしており.....」
「貴様、まだ絞りとるのか!?」
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「シャル。ボク頑張ったよ?見てた?」
「うん?。うん、すごいね」
「えへへ」
帰りの馬車の中で、そう言う2人。シャルは、話しが終わるころに目を覚ました。
ちなみに、私の白馬は代わりの者に頼んでいる。
「ジークくん、すごいわね。私が提示した口止め料の倍以上の額をとっちゃって」
「あれしき、たいしたことはありませんよ」
たいしたことあると思うけど。
ジークくんが、マクシミリアンから引き出した利権やお金の内訳は、以下のとおり。
①キティス川河道掘削並びに堤防整備事業
金貨3500枚を工部省より支出。
この事業は、工部省の直轄で、工部省が指定する業者がキティスの民を雇って行うもの。お金が税金として何割か国に戻る仕組み。
どっかで見た仕組みよね。
②ヘリエスタ避難民支援事業支援金
金貨300枚を内務省よりリンデンベルク家へ支出。
ヘリエスタからお金を事前に移動しておいたけど、避難1年目は、援助してもらってたからね。2年目も無税だったし。
③ 軍用道路敷設工事助成金
金貨100枚。工部省からリンデンベルク家へ支出。
ヘリエスタ避難民がクルス山脈を越えて来たことから、タシュル騎馬国も越えてくる恐れがあるとして、領軍の即応展開を可能にするため、キティスからリスティアあたりまでの道路を開通するもの。
これで木材が運びやすくなるわ。
④クルス山脈違法取引監視対策費助成金
金貨50枚。内務省からリンデンベルク家経由で私達に支払い。
私達が利用した避難ルートが、毒牙草の密輸ルートに使われる恐れがあるので、私達の見張り村の維持管理費用を助成してくれるらしい。こちらは毎年の支払い。
私は、マクシミリアンと母方実家のヴァルトリア家の私財から金貨2000枚で和解した。支払いは、即金で金貨1000枚。あとは分割での支払い。リンデンベルク家と山分けのつもりだったんだけど、この調子ならリンデンベルク家は取り分を辞退するでしょうね。
金貨1000枚で十数億円の価値がある。個人で払う分には鬼のような金額なんだけど、国から利権を引き出したジークくんに比べると霞む。
いくら騎士国の中枢にいたと言っても、実際に国を動かしていたわけじゃない。すぐヘリエスタに戻ったし。大農場を経営しているけど、もちろん国家規模ではない。
国レベルの政策決定プロセスは、王立騎士学校の教科書で読んだりする程度のあまり知らない領域だった。
どうして、ジークくんは、こんなこと知っているのかしら?
もしかして....。
「ねぇ、ジークくん」
「なんでしょう?」
「もしかしてジークくんは、見た目は子ども、頭脳は大人な人?」
それを聞いたジークくんは、心底不思議そうに首を傾げた。誤魔化しているんじゃなくて、私の言葉が分からないから、咀嚼している感じね。
やがてジークくんは、「うん」と言って頷くと答えた。
「確かにそうかもしれませんね。ボクの明晰な頭脳は大人にひけをとりません。見た目は子どもですが、紳士なんです」
腰に手を当ててエッヘン!と胸をはるジークくん。
その反応は、まるっきり子どもだわ。
ネタにも反応しないし、やっぱり違うみたいね。
(続く)
異世界転生系主人公の王道、僕SUGEEEEを地で行くジークくん。もしや君が主人公?
エピローグ編は次のお話しでおしまいです。
次回は土曜日に更新します。