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エピローグ2 いのちのせんたくを(上)

エピローグという名の後日談その2


「だ、だだだ、大丈夫です。お風呂ぐらい一人で入れますッ!」

「6歳の子どもが、なにを言ってるの」


 妹とダダをこねるジークくんを連れて、1階のお風呂に行く。

 宿の1階は、ベーカリーになっていて、パンを焼く熱でお湯を沸かし、それを宿泊客に提供していた。

 騎士国も魔導国も、パンが主食だからか、お風呂はパンを焼く朝と決まっていて、夜は濡れた布で、身体を(ぬぐ)うだけだった。


「ボクは男湯に....」


 最後の抵抗をするジークくんを引っ張って、女湯に行く。虹神教も6歳までは、男女の同衾(どうきん)も混浴も認めているので、なんの問題もなかった。


--


 お風呂、といっても大浴場があるわけではない。バスタブぐらいの大きな桶に、お湯がなみなみと入っている。

 木のささくれで怪我をしないように、布が敷いてあった。

 ひと家族ひと桶。お湯の追加は有料。この宿は排水道を利用していて、中央の排水口に向かって、使ったお湯が流れる仕組みだ。


「うぅー」

「ねぇねぇ、ジークくん。あらったら、あそぼーよ」

「ダメよ。ほら身体を洗う」


 スッポンポンの妹を捕まえて、石鹸と天然物の海綿(かいめん)を手にとる。両方とも、高級な宿ならではだ。

 ちなみに、私はタオルを巻いている。肌はみだりに見せてはいけないという虹神教の教えだ。宿に滞在するのは魔導国の人間ばかりじゃないので、ちゃんと用意があった。


「きゃはは、くすぐったい」

「こらっ、暴れないの」


 いつにもまして活きがいいのは、ジークくんがいるからでしょう。リンデンベルク家では、混浴はしないからね。


「ジークくんは、自分で洗えるの?」

「だ、大丈夫です!」


 見ると、大きな桶に隠れるように身体を洗っているジークくんが見えた。使用人がいなくても、ちゃんと身体洗えるのね。


--


「ふぅ。極楽極楽」


 湯船につかっていると、ついつい遠い昔の言葉が出てしまう。自分が誰だったかも覚えていないのに。きっと魂に刻まれた情報なのでしょう。


「ねぇねぇ、ジークくん。ゴクラクってなあに?」


 湯船に顔をつけたジークくんは、首を振る。知らないみたいね。妹の前ではついつい遠い昔の言葉を漏らしてしまう。ジークくんにどこの言葉か聞かれたら、騎士国の独自の言葉ということにしよう。


「ねぇ、おねえさま。どーゆーいみ?」

「とっても気持ちいい、って意味よ」

「そーなんだ。ゴクラク、ゴクラク」

「ふふっ」


 早速マネする妹。妹に言葉を教えたのは、私とマーサおばさんとキティス子爵夫人だけど、私の影響が一番大きいのよね。


「あの」


 それまで、顔を伏せていたジークくんが顔をあげる。顔を真っ赤にして、なにか決意をしたようだった。


「ボク、大人になったら、2人をお嫁に迎えますから、安心してください。キティスも今は、子爵領ですが、いつか伯爵領にして見せます」


 さすがにこの発言には首を傾げる。魔導国にそんな習俗はないし、そもそも重婚は、虹神教の教えに反する。

 ジークくんと普段から遊んでる妹の方が分かるかもしれない。妹に顔を寄せて聞いてみる。


「ねぇ、シャル。ジークくんは、なにを言ってるの?」

「さぁ?」


--


 お風呂から上がって、部屋でくつろいでいると、女性の使用人が、昨日2人が来ていた服を畳んで持って来てくれた。

 泥に汚れていたジークくんの服もピカピカだ。クリーニング代は深夜料金込みで、昨日のうちに払っている。

 パンを焼く熱で乾かしているはずなんだけど、煙臭くない。かわりにポプリの香りがした。臭い消しにつけてくれたみたいね。


「良い仕事ね」

「ありがとう存じます。あとエマニュエルという方から、ドレスが届いておりますが、いかがしましょう?」

「一階の化粧室をお借りするわ。着替え終わったら登城するから、馬車の手配をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」

「馬車は、品の良いものを頼むわ、飾りが多すぎるのは不可で。昨夜のお城の火事(・・)で、イゼオ伯爵もお心を傷めていらっしゃるでしょう。何か包むものを用意して頂戴。あと早馬の手配をお願いしても良いかしら?。昨日の火事について、兄に伝えないと」

「ご準備いたします」


 使用人は一礼すると退出した。


「おしろにいくんだ」

「ちょっとした後片付けね。ジークくん」

「なんでしょう?」

「伯爵にご挨拶するときに、シャルを見ていてほしいの。ジークくんの妹ってことにしてあるから」

「大丈夫なんですか?」

「マクシミリアンから伝えてもらっているわ」

「なるほど、それなら」

「あと、早馬を出すから、あなたも一筆書いて頂戴」

「分かりました」


 私は、便箋(びんせん)と羽ペンを手に取ると、リンデンベルク卿宛の手紙を書いた。


--


「これはこれは、化けたものだなぁ」


 イゼオ伯爵の城の応接間(ドローイングルーム)で、そう言ったのは、身体中のあちこちに包帯を巻いたマクシミリアン王子殿下だった。

 私の着ているデイ・ドレスは、朱のラインの入った白い生地に、赤い糸で薔薇が刺繍してある。胸元が大きくあいている魔導国仕様だ。マクシミリアンが騎士国王都セイローザをイメージして選んだのが分かった。


「何をほうけているのよ、あなた」

「失礼。これがそなたの本来であったと思っただけだ。ジュリアナ・シュライバー・リンデンベルク?」


 私の偽名を口にするマクシミリアン。リンデンベルク(きょう)の妹という設定だ。シュライバーというのは、リンデンベルク卿のお母さまの姓で、ジークくんの高祖父のシグムント・リンデンベルクが取り立てた家だ。


「からかっているの?」

「とんでもない。命懸けの火遊びはしないたちでね。オレと従者のエマは一蓮托生だ。本名で構わんな」

「構わないわ」


 名前は似たようなものだけど、爵位が違うから聞いたのでしょう。爵位が違えば、呼び方も変わる。


「ところで、シャル達が同席しているのは、どういう趣向だ?」


 私の隣の椅子には、シャルとジークくんが腰掛けていた。


「しばらくは、私の目の届くところに置いとくわ」

「契約で縛られている身だ。破りはしないが」

「分かっているわ」


 マクシミリアンは、琥珀色(こはくいろ)の瞳で私をジッと見たが、深く詮索(せんさく)しない方が良いと思ったようで、隣にいる金髪と青い瞳、褐色の肌をした少年の方に目をやった。


「エマ。ぶどうジュースを持って来てやれ、子どもには退屈だろう」


 こうして賠償金の額を決める話し合いが始まった。


 中世はパン屋さんがお風呂屋さんを兼ねていたことが多かったようで、お米が主食の国の人間からしたら、目から鱗でした。

 続きは明日投稿します。

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