第11話 神の時代へ
マクシミリアン視点です。
「白の魔法使い」
賊はそう言うと、オレに襲いかかってきた。まったく勝てる気がしなかった。
――――カァン
魔導剣を構えるが、数合もせぬうちに剣を跳ね上げられる。そもそも、接近戦で勝てる相手ではない。剣を跳ね上げた直後だと言うのに、腰を捻って、軽やかに宙を舞う女。
「グッ」
右頬に強烈な痛み。回し蹴りをくらい、屋根に倒れると、オレにまたがる女。恐らく短剣で胸を突き刺すのだろう。
自分を殺す相手の顔ぐらいしっかり見てやろうと思い、睨みつけるつもりで女を見る。
満月の明かりを受けた、その女の顔には見覚えがあった。
輝くような金の髪と、透き通るような青い瞳。
死に際の幻覚だろう、だが、もしかしたら彼女が死者の国から、オレを迎えに来たのかもしれない。
名を言う。
「ジュリア・アルミラ・ヘリエスタ」
今はなき隣国、サイヴァルド騎士国の五大貴族の一角。ヘリエスタ辺境伯。辺境伯は、魔導国や煌国でいう侯爵家に相当する爵位で、特にヘリエスタ家は王家につぐ古い家だった。
そして、“サイヴァルドの宝石”と言われたのが、レディ・ジュリアだった。美しい容姿と明晰な頭脳に、溢れんばかりの魔力。彼女と結婚する者は、この大陸を手に入れる者、と持て囃されていた。
「そなたは、変わらず美しいな」
残念ながら、フランツ王子に先に婚約されてしまったが。
「....」
「....」
ん?
彼女の顔は変わらず修羅のようだったが、短剣はまだ振り下ろされていない。
「もしかして本人?」
そう言うや否や、彼女は短剣をオレの顔に向かって振り下ろす。
「ぉおおおおおおお!」
――――ゴッ
オレの顔があったところに突き刺さる短剣。血の気がサーッとひく。
え、本当に本人?
オレを殺すなら、胸を刺しているはずだよな?
よし、本人、本人だ!。僅かに命が助かる可能性が生まれたので、全力でそちらに賭ける!
「なぜ、ここに?」
「殿下が私の妹を攫ったから」
「そなたに妹御はいないはずだが....」
オレの首筋に短剣を這わせるジュリア。皮の一枚が切れて、血が流れたのが分かった。
「分かった、オレが悪かった」
「それが最期の言葉?」
ヤバい死ぬ。次、言葉の選択を間違えたら死ぬ。あたり前だ。シャルが本当にこいつの妹だったなら、シャルのためにここまでしたこいつが、オレを殺さないはずがない。ここでオレを殺さなかったら、次は我が身と分かっているはずだ!
時間を与えられているんだ。考えろ、考えろ。こいつの1番利とするところはなんだ?
以前のこいつと、現在のこいつの行動から考えると、妹の安全と、ヘリエスタ避難民の保護か?その中で一番気にかけることは?たぶん、これだろう。
「タシュル騎馬国が戦争の準備をしている」
ピクっと眉を動かすジュリア。よし、第一関門突破!。
「このままでは、そなたがキティスで成したことも無駄になる」
「中原の覇者が情けないわね」
やっぱり、キティス子爵領の税収2割増は、こいつのやったことか。さて、次はオレの必要性を訴えよう。
「事実だ。オレがいなければ、この国は負ける」
「ずいぶんな自信だこと」
「騎士国と同じだ。毒牙草の粉が流行り始めている。そうなったら、根から腐る。強力な軍事力を持とうと、なにもできない。王位継承権を持つもので、それを排除できるのはオレだけだ」
本当だぞ?。そのために将軍から、治安維持を司る内務卿になったんだ。兄や弟に有効な対策が打てるとは思えない。もちろん、父上もだ....。
「....それで?」
先程から変わらず、能面のような顔だな。さて、ここからが本番だ。
「妹御を攫って置いて信用もないだろうが、そなたと、妹御と、そなたの民は、オレが守ろう。そなたが望むなら、タシュルを滅ぼして、騎士国を再興してもいい」
キリッとキメ顔でそう言う。必殺、色仕掛け。
しかし、こいつはそんなオレの内面を見透かしているようだった。
「今際の際によく喋るのね」
まるで、肉屋で今日の晩ご飯に使うお肉を選ぶ夫人のような目だった。想像だが。
いや、まだ殺されていない。なら、生き残る機会はあるはずだ。
「頼む、なんだってする」
どうすれば、この誠実な想いが伝わるんだろう、という悩ましい顔をする。
「....契約をしましょう」
よォし来たッ!
ジュリアは、少し考えて言う。
「契約内容に、王族・貴族・庶民・魔導国内外を問わず、成人していない子どもに性的な視線を向けないこと。性的ないたずらをしないことを加えて良いかしら?。あとシャルとジークくんについては成人後も、禁止よ」
「分かった」
なんかオレ、変質者と思われてないか。シャルはちゃんと養育して、王妃にするつもりだったぞ、攫ったけど。ああ、でも成人年齢は国によって違うよなぁ。それは仕方ないよなぁ。
「成人年齢は騎士国基準で15歳。いいわね?」
「....分かった」
チッ。
「それで契約は、紙に書けばいいのか?」
誠心誠意守らせて頂くよ。お互い、政治に身を置いている身だ。どういう意味かは、双方納得済みということでだな、いいよな?
「そんなもの、なんの役にも立たないわ」
え。
顔を近づけてくるジュリア。え、大胆。や、違う。なんか、さっきと同じ、白い魔力を身体にまとっていらっしゃいますけど!
「え、ちょっ、待っ」
唇と唇が触れ合う。え、女の人の方から!オレ、まだ心の準備が!
ちゅぷ、と唇を割って入ってくるジュリア。涙が溢れる。女の人とキスするの初めてなのに....。
舌を出して迎えると、貪欲に舌を絡めてきた。じょ、情熱的だな。
....はて、なんか魔力が大量に流れ込んでくるぞ?
魔力が身体を巡ると、何かがハサミでジョキンっと切られたような感覚がした。痛くはないんだが。
あれ?さっきまで、“契約結んだ後は、お互い分かっているよなぁ?ハハッ!“みたいなことを考えてたのに、今はそんなこと、とんでもないと考えてるぞ、オレ。
そういえばさっき、こいつ自分のこと“白の魔法使い”と言っていたな....。ヤバい、マズい!!
「ん゛ーッ、ん゛ーッ」
顔を引き剥がそうとするが、引き剥がせない。やがて、契約を破ろう、という気持ちと関連していたのか、契約を邪魔する、という気持ちもジョッキンされた。
馬鹿な。魔術は科学だぞ。こんなことはできない。こんなことができるとしたら、それは神秘の力、魔法だけだ。
クソッ。ようやく人間の時代が来たというのに、また神の時代が来るというのか....。
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オレが、契約通りの人間になると、ジュリアは口を離した。
恍惚とした表情で言う。
「魔導王子マクシミリアン、お前は私のものだ」
常の彼女なら、そんなことは言うまい。魔法は神の領域。人間の精神で使えるわけがないのだ。
古代、まだ虹神教が幅をきかせる前。神の妻、巫女はその身に神を下ろして、神の言葉を代弁したという。これも、その類いだろう。
血族に巫女や聖女がいたのかもしれんな。
「ああ、月が綺麗だ」
諦念に近いものが、湧き上がってくる。
人ならざる精神のジュリアに、狂気のように輝く満月。
再び始まる、神の時代の幕開けのようだった。
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こうして、人技を極めた稀代の魔術師と、神の御技を行使する魔法使いの戦いが決着した。
後年、イゼオの戦いと呼ばれるこの争いは、神の、人への優越を確認したものとして語られる。
だが、この時はまだ、イゼオの戦いが持つ歴史的意義も、後の世への影響も、人が知ることはなく。神のみが知ることだった。
(エピローグへ続く)
中世では、女子は12歳、男子は14歳で結婚可能だったようで、今ならタイーホですね。
念のためですが、本作で、一部の姓(ヘリエスタ、ホニス等)が地名姓なのは理由があります。
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エピローグは月曜投稿します。