第9話 イゼオの戦い(上)
「今、何か通らなかったか?」
「お前、疲れているんじゃないか?。濠には水が張ってあるんだぞ?」
「いや、だが....」
「ボサっとしてないで、ちゃんと見張れ!」
城壁の上での会話を盗み聞く。声は次第に遠ざかっていった。騎士国なら警戒されるところだけど、魔導国は加護の取得に力を入れていない。水の上を歩ける加護があることも知らないのでしょうね。
――――ちゃぱっ、ちゃぱっ
湖の天使の加護を使い水面を歩く。北側は門があるからか見張りが多いので、見張りの少ない城壁の西側に移動する。人の気配がないのを確認すると、別の加護を発動した。
「≪騎士の誓い・緑≫」
瞬時に脚部が緑色の魔力に包まれ、水面を蹴る。
――――バシャッ
そう音がしたと思うと、常ではあり得ないくらいに跳躍する。
剣の天使コルリウスの加護。騎士国が奉じる天使の力を借りて、魔術ではなしえない魔法の領域の力を行使する。
城壁に降り立ち、左右を確認する。人影はない。魔力の減り具合を確認するが、まったく問題なかった。
加護は、天使に魔力を捧げ、代わりにその天使の魔法が付与される仕組みだ。騎士国が滅ぼされ、剣の天使の信仰もかなり減っているはずだけど、加護は以前と変わりないレベルで行使できる。コルリウスさまは、底知れない魔力をお持ちのようだ。
城の方を見ると、左右に石造りの城塔が聳え立っていて、居館は幾度も増改築を重ねたのか、レンガ造りの建物が半円上に連なり、ひとつの居館を形成していた。古いお城を大事に使っているけど、新しく立て直す余裕はない。建国以前から続く名家である、イゼオ伯爵家の歴史と、懐事情を感じさせる佇まいだ。
「こういうお城だと、賓客の部屋はだいたい3階よね」
お城の作りは、だいたいどこも似たようなものだけど、騎士国と魔導国は特に似ている。クルス山脈を隔てているとはいえ、同じ言語をつかっているし、交流も盛んだった。
ここからでは3階の部屋はよく見えない。イゼオ伯爵家は中立派だし、宿を提供しているだけでしょう。伯爵家の家族の部屋に押し入るのは避けたい。中庭を見ると、兵を置いていないようだった。隣国がなくなったというのに、不用心ね。もっと近づいて見てみましょう。
城壁から降り立ち、物陰に隠れながら進む。居館と城壁には見張りの兵がいるし、月は雲に隠れているけれど、先ほど見つかりかけたし。用心するに越したことはない。
中庭の西側、花壇の一角に身を潜める。なんだか、晴れた日には、ここでお茶でもしそうなスペースだ。
さて、どっちかしら?。
半円状の居館の西側か東側。夜になると使用人はすぐに寝てしまう。蝋燭は高価で庶民は気軽に買えるものではない。つまり、明かりがついている部屋がイゼオ伯爵の家族か、賓客の部屋だった。
≪おねえさま≫
「シャル?」
西側の明かりのついた部屋を監視していると、不意に妹の声が聞こえた。声のした方を見ると、東側の明かりのついた部屋が目に入る。
2つある窓のうち、中央側の窓に白金色の髪の青年が立っているのが見えた。無意識のうちに、剣の天使の加護を唱え、地面を蹴っていた。
風を切る音がし、窓が近づく。琥珀色の瞳をしたマクシミリアン王子殿下が見えた。腕で顔を守り、窓に突っ込む。
――――ガッシャーン
いきなり視界が明るくなる。
目が明るさに慣れる間に、素早く部屋の中を確認する。近くに虚ろな瞳をしたマクシミリアン王子殿下。その瞳からは、以前に見た聡明さは失われていた。毒牙草の粉でも吸っているのかしら....。その右後ろには青みがかかった紫色の髪をした子供が倒れていて、黒髪の幼女が駆け寄っていた。たぶん、妹とジークくんね。その奥には、床に膝をついた褐色の肌と青の瞳、金の髪をした少年がいた。異人かしら?。
まずいことに、マクシミリアンは私と妹達の間にいる。二人を連れてすぐさま離脱、というわけには、行きそうになかった。
「おねえさま!」
「シャル!」
妹は、衣服に乱れもなく、私が来て、とても安心したような顔をした。良かった、間に合ったようだ。
ジークくんは、私を見て、縛られた両手で口を押えている。いつものように私の名前を呼ぼうとして、とっさに口を押えたのでしょう。相変わらず、頭のいい子だ。そのジークくんは、服が泥まみれだった。きっと、誘拐された時に妹を変質者から守ろうとしてくれたのでしょうね。怒りが込み上げてくる。
「クッ!!。エマ、二人を守れ!あと、魔術で扉が開かないようにしろ!」
そう言って、ロングソードを抜くマクシミリアン王子。様々な装飾を施されたそれの鍔にルビーの宝石が埋め込まれていた。魔術的な細工が施されている、魔導剣と言われる剣だ。
扉を開かないようにする理由は分からないけど、伯爵の衛兵を巻き込まなくて良いのは助かる。どうせ、攫ってきた子供達を見られると、王位継承に響くからでしょう。
「おおッ!」
私に向かって斬りかかってくるマクシミリアン。その顔には恐怖の色があった。私の怒気を受けて、恐れをなしたのね。二人を解放すれば、命はとらないつもりだったけど、斬りかかってくるとあれば、仕方ないわね。
私は左手で腰のショートソードを逆手で抜き、マクシミリアンの袈裟切りを、ショートソードの剣身の根本で受ける。
――――ガキィイイ!
鋭利な刃物同士のぶつかる音。マクシミリアンの魔導剣も、魔導国の名工の手によるものでしょうけど、私の剣も騎士国の名工の手によるもの。刃物の切れ味で優劣はつかない。
――――ギィン
右脚で床を蹴って踏み込み、マクシミリアンの魔導剣を受け流す。すれ違いざまに右手で剣帯の、細めの剣を順手で抜くと、胴を薙いだ。手ごたえは、ない。
位置が変わる。私の後ろに妹達がいるけど、今度は異人の従者が、私と妹達の間にいる。襲い掛かってくる気配はない。扉は魔術で生成した岩石で覆われているので、新手が来ることはなさそう。マクシミリアンの排除を優先しましょう。
私の剣を避けるため、後ろに飛んだマクシミリアンを追撃する。マクシミリアンは、私が先程斬った白い上着の腹部を触り、出血をしていないか確認していた。どうやら、見た目通り、防具は仕込んでいないみたいね。床を蹴って、肉薄する。
「クッ!」
今度は魔導剣で薙いでくるマクシミリアン。リーチでは向こうが上だ。
先ほどと同じように、左手のショートソードで受ける。
――――ギィイイン!
魔導剣を受けながら、そのまま踏み込み、ショートソードと魔導剣が火花を散らす。マクシミリアンの力に逆らわず、床を蹴りながら半円を描くよう進んだ。
「フッ!」
短く息を吐き、右手の剣でマクシミリアンの胸を狙い突きを繰り出す。
「オ、オオオ!」
強引に魔導剣を斬り上げ、私の剣の刺突をそらすマクシミリアン。私は腰を捻り右手の剣でマクシミリアンの額を割ろうとしているかのような挙動をし、マクシミリアンの意識をそちらに誘導する―――お腹ががら空きよ、“炎の君”。
くるり、と左手のショートソードを回して、逆手から順手に持ち変えると、そのまま突き出した。
「チッ!」
瞬間、魔導剣のルビーが、その輝きを増す。マクシミリアンの魔導剣が炎を纏っていた。動きを中断し、バックステップをして距離をとる。
「危ないわね。顔にやけどするところだったわ」
「ほざけ、賊の顔と、オレの命が等価なものか」
メラメラと燃えるロングソード型魔導剣。その剣身に刻まれていた魔術陣が浮かびあがっていた。魔術陣の回路は鍔のルビーを経由してグリップに伸びている。魔力源はマクシミリアンとルビーね。
「ハッ!」
炎を纏う剣を左切り上げで、斬りかかってくるマクシミリアン。右にステップしてかわす。炎が邪魔で戦いづらい。
「ははは、もうその短剣では防げまいッ!」
振り上げた剣をそのまま振り下ろして来たので、また右にステップしてかわし、右手の剣を左から右へ一閃。マクシミリアンはバックステップをしてかわした。
「フンッ!」
今度はマクシミリアンが一文字で剣を振る。距離があり当たらないと踏んでいたら、炎を飛ばしてきた。右手の剣で炎を振り払う。
面倒ね、剣の天使の加護を使って一気にケリをつけようかしら?。時間がないなら、イチかバチか、白で魔導剣を壊すけど、魔導剣の魔力が暴発したら厄介よね。こっちも鎧は着てないし。様子見しないで、魔導剣を使われる前に白で破壊した方が良かった。3年ぶりの実戦だからか、なかなか感覚が戻らないわね。
というか、あんな熱そうなものを素手で持っていて平気なのかしら?。
「ぅおあっつ!」
平気じゃなかったみたいね。
「エマ!。オレのガントレットはどこだ?」
「持ってきてませんよ?」
「ハアァッ!!?」
「殿下が一人で行かれたんじゃないですか?てっきり、ご自分で持って行かれたのかと」
「....」
後ろにいる従者と会話をするマクシミリアン。こっちはちゃんと見ているし、誘いかと思って警戒したけど、特にそうでもないみたいだ。
右手の細めの剣と、左手のショートソードを持ち変えて、左足を踏み込み、左手の細めの剣を右下段から左切上げで斬りかかる。
――――ギィン!
マクシミリアンは、魔導剣を右手で持ち、私の剣を剣身の先端部で受け止め、左手を服のポケットに突っ込んだ。
「おのれ!。人が喋っているときに!」
「あなたは、私が仕事をしているときにシャルを攫ったわ」
重心をやや前にかける。
「フンッ!。貴様、顔を焼かれるのを恐れて、長剣で魔導剣を抑えたのだろう?。だが、その距離で短剣は届かぬッ」
私の戦い方を見て、そう判断するマクシミリアン。
重心を支えていた左足の力を抜く。
「フッ」
短く息を吐く。重心を失った身体が前に傾き、右足で床を蹴り、前に踏み出す。腰を捻り、マクシミリアンの顔に向けて、右手のショートソードを突き出した。
「ッ!」
すんでのところで、かわすマクシミリアン。ショートソードの突きは、マクシミリアンの左頬をかすめた。
ショートソードをそのまま、マクシミリアンの首に添える。
「おおお!」
私が剣を引いて、首を掻っ切るより早く前に飛び出し、首の付け根と左手で私の右手を抑える。左手に何か持ってるわね。
私は、左膝でマクシミリアンの鳩尾を蹴るべく、腰を捻った。
「エマ!アレを使う!。防壁を張って二人を守れ!このままではオレは死グホッ!」
「はーい」
マクシミリアンの鳩尾に膝蹴りをお見舞いし、前のめりになったマクシミリアンの首を、フリーになった右手のショートソードで、突き刺そうとした時だった。
――――ボトッ
私の足元に、円形の金属が落ちた。マクシミリアンが先ほど左手で持っていたものだ。それの中心にはルビーが埋め込まれ、周囲には魔術陣が彫られていた。
「おねえさま、にげて!」
愛する妹の声で躊躇わず床を蹴る。加護を発動し、入って来た時の窓とは別の、城塔側の窓を体当たりで割り、窓の外に出た。宙空で部屋の方を見ようと身を翻した、その時。
――――ドォォン
お腹に響くような爆音が響き、窓から爆炎が噴き出した。遅れて、砕けたレンガが飛んでくる。
「≪騎士の誓い・白≫!」
咄嗟に加護を発動し、両方の剣に白い魔力を纏わせる。切れ味の上がった剣で飛んできたレンガを斬る。斬る。斬る。
ザザァ、と手荒に中庭に着地する。部屋のあったところを見る、調度品の燃える明かりで内部の様子が窺えた。
部屋は無残に吹き飛んでいた。あの従者が張った分厚い岩石の壁の後ろに、妹達を見つける。無事だったのね、良かった。
現在、第1章のエピローグを執筆しているのですが、低ポイントのため、続編を書くか、短編として完結にするか悩んでます。
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続きは土曜日に投稿します。