プロローグ
初めてのオリ創作長編です。
不慣れなところもあるかとは思いますが、ご容赦をください。
高評価やブックマークを頂けるとモチベーションの支えになりますので、よろしくお願いします。
世界は7つの色で、できている。
すなわち、赤・黄・緑・青・白。そして太陽と月。
これらを操るのが、魔法である。
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――――パカラ、パカラ、パカラ、パカラ
疾風のように駆けていく風景。間断なく聞こえる馬の蹄の音。
蹄の音から、私の後ろを走る馬の数を計算する。1、2、3、5、8、10頭。砦を脱出してここまで、一人も欠けていない。砦の足止めは、うまくいったようね。
もうじき天然の国境線、峻険な山々が連なるクルス山脈に入る。まだ雪をたたえた険しい山々は、山越えの困難を予感させた。しかしだからこそ、タシュル騎馬国の進軍を阻むことができるのだ。
私は、先に避難させた領民と部下達の道中の無事を、剣の天使コルレリウスさまに祈る。
ふと、前方、南西の方角に煙が見えた。麓の村、ミュノーがある方角だ。
私は、片手を上げ停止を命じる。馬のいななきと土煙が上がる。振り返ると、全身鎧姿の騎士達が、私の周囲に集っていた。おそらく、私の左隣にいるであろう、私の騎士に話しかける。
「マティアス、このあたりの避難状況はどうなっているの?」
「このあたりは領都ヘリスヴァインからも遠く、触れを出す程度にございます」
「先遣隊からは?」
「特に報告はありません」
ミュノーの方を見る。畑に囲まれた長閑な農村は、今は静かに煙を上げている。
「いくわよ」
「ジュリアさま」
マティアスはそう言うと、兜を脱いだ。赤い長髪が風に揺れ、ややキツめの青い瞳が私を見つめる。....なによ。
「今更、危険だからとは言いません。ですが、今は時間が」
「分かっているわ。マティアス、私はたくさんの命を取りこぼした。だから、せめて救える命は救いたいの」
「ですが」
「それに、それほど時間はかからないわ。あれを見て」
そう言って私はミュノー村を指差す。
「火がついているのに、静かすぎるわ。略奪されていたり、火を消そうとしているなら、もっと騒がしいはずよ」
我ながら、嫌な光景ばかり見すぎてしまったな、と思う。
「...分かりました。ですが、ひとつだけお願いがございます」
「何かしら?」
「私に先陣をお譲りください」
「ダメよ。これ以上、犠牲を出したくないもの」
「ジュリアさまは、死んだことになっております。もしあの村にタシュルの騎兵がおれば、死んでいった者達が報われません。どうか」
そう言って頭を下げるマティアス。
「....分かったわ。ごめんなさい、マティアス。あなたの気も知らないで」
「もったいないお言葉です」
目線が沈む。アニカ、ガルス、クィリン、アロイス、ダニエラ。私達を逃がす為に、砦に残ったもの達。おそらくもう生きてはいない。
思考が落ち込みそうになったので、首を振る。まだ、その時ではない。アニカ達のためにも、一人でも救って、生きなきゃ。
「マティアス、先陣は任せたわ。カルロス、トビアスは援護を、アーノルドとハンスは私の護衛。ピウスとライムントはここに残って、タシュルの奴らが来たら知らせて。他は私について来て」
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「ひどいわね....」
私を中心に方円を組んでミュノー村に入る。予想通り、敵兵はいなかった。木造の家はモクモクと煙を上げ、戸口や窓から炎が吹き出ていた。
「タシュルの蛮族どもめ」
護衛を務めるハンスがそう吐き捨てる。
「子供まで武器を持っています。勇敢な村だったのですね」
齢40を超える、ベテラン騎士のアーノルドがそう言う。
広場に横たわる物言わぬ村人達は、皆、武器を手に持っていた。普通は、敵兵に恐れをなして逃げまどうものだけど、老いも若きも男も女も、鍬や鋤に鎌に包丁....身の回りにあるものを手に取って戦ったようだった。
そこで違和感を覚えた。タシュルの騎兵は、主に弓矢を使い、敵が疲弊してくると、鎧で武装した近接戦闘を主とする重騎兵を突撃させる戦法をとる。
だというのに、矢の一本も落ちていないというのは、どういうことだろう。国軍を壊滅し、こんな辺境まで攻め込んできたのだ。今更、矢を節約する理由もない。それに村人のあの傷跡は―――
「ジュリアさま」
意識を表層に戻し、声のする方に顔を向けると、護衛と見張りを残して捜索隊を指揮していたマティアスが戻って来ていた。
バイザーを上げていて、アニカによく似た顔が見えた。アニカは金髪だし、目はぱっちりしているというのに、アニカの面影を求めてしまう。....自分で死地に送っておいて、それでもどこかで、アニカは生きていると思いたい自分が、たまらなく嫌だった。
「生存者は?」
私の問いに、辛そうに首を横に振るマティアス。
「そう....」
また、助けられなかった。私の手のひらから、どんどん命が溢れ落ちていく。
「ジュリアさま....」
「分かってはいたけど、一人も生きていないとなると、こたえるわね」
「ジュリアさま、今は」
「分かっているわ」
弔ってあげたいけど、時間がない。せめて、私の記憶に焼き付けることで、彼らと彼女らの生きた証としましょう。
そう思って、顔を上げた時だった。
視界の端で、何かが動いた。
「ジュリアさま!」
気がつくと、駆け出していた。広場の奥、若い夫婦の亡き骸に守られるように、その子はいた。
馬から降り、駆け寄る。
「あ、あ」
血塗れの服には破れた箇所はない、おそるおそる首筋に手を触れようとして、黒髪の幼い女の子が息を吐いた。
「う、ん」
黒い瞳が、私を捉える。幼い唇が、言の葉を継いだ。
「マ、マ?」
ごめんね、お母さんじゃないよ。でも、あなたに会えたことがこんなに嬉しい。
どこかケガはない?。そう言おうとして、いつもは滑らかに動く口が、動かなかった。かわりに出た言葉は、お礼の言葉だった。
「ありがとう。生きていてくれて、ありがとう」
自分が泣いていることに、気づく。ただただ嬉しくて、救われたような気がした。
これが、私と後にシャルと名付ける女の子の出会いだった。
(続く)
第一話は10分ほど遅れて、予約投稿をしております(混線するかな、と思って)。