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追憶:或る騎士の証言**


 その騎士は、エヴラール王の統治となってから新しく召し抱えられた騎士の一人だった。

 若くして騎士としての才能にあふれ、しかしその家柄故にずっと騎士見習いに留め置かれていたような男だった。

 新王の良い噂はてんで聞かなかったが、ここは彼の生まれ育った国だ。統治者が変わったとしても、彼の国に対する忠誠心は揺らぐことはなかった。男は根っからの真面目な騎士だった。


 王城に召集された彼に与えられたのは、驚くことに城内の警備であった。つまりは、近衛騎士の一人として仕えろというのである。

 驚くと同時に、男はその大出世に喜んだ。これで、田舎で苦労している父母に良い暮らしをさせてあげられる。男はその任務を喜んで受けたのである。


 城内の警備は、思ったほど楽な仕事ではなかった。始終気を張り巡らせ、不審人物がないかを常に警戒する。慣れるまでは、さすがの男も苦労した。


 それからしばらくして、男は王とその右腕付近の警備を任されるようになった。若くして叛乱を成功させたエヴラール王と、その王を影で支える魔道兵器たるセヴラン。時折彼らと会話を交わすことさえある。男は任されるその大役に緊張しながらも、その真面目さ故、着々と信用を勝ち取っていった。


 男が初めて見たエヴラール王は、元々の王族ではないかと驚く程、威厳に満ち、そして美しい顔立ちをしていた。噂に聞く以上だった。男の言った事は何でも真実のように聞こえた。そう思わせる何かが王にはあったのだ。その突飛な発言に驚愕することも多かったが、そのどれもが実現に至った。


 王の計画が常に失敗しなかったのは、それを支えるセヴランの存在が大きかったろう。彼はこの世の何者よりも強い力を持っていた。セヴランが出向けば常に戦は勝利を収めたし、売国奴を探し出すという難しい捜査ですら、セヴランが手を出せば瞬く間に解決していった。


 騎士はセヴランのその姿に、ある種の憧れを抱いた。彼が出向きさえすれば何でも解決してしまう。男として、そのような強い人物に自分もなりたい。そう思うのは自然な事だったように思われた。


 気付けば男の視線は常にセヴランの姿を追った。どこか妖しい雰囲気のある、顔立ちの整った気品のある男だ。元は奴隷だったという話も聞いた。男には到底信じられなかった。

 このような男を奴隷として扱えただなんて。何て――。


「チカゲ!」


 チカゲ。それはセブランの本当の名前だという。それを呼ぶ人物は、この王城においては限られていた。何せ、エヴラール王もめったにその名を呼ばないのだ。そんな王を差し置いて、それに仕える人間達がそれを口にするはずがなかった。


 だからその名を呼ぶ同じ異世界人を、男は羨ましく思っていた。ユウキがその名を呼ぶと、セヴランはあからさまに表情を変えるのだから。


「……ユウキ」

「なあチカゲ、今日は一人? アイツはいない?」

「アイツって……まさかエヴラール?」

「そう、あの鬼畜野郎。この辺にはいないよね?」

「……いくらユウキにでも、そんな情報教えるわけないだろ」

「ふーん……ま、いいや。こっち来て」

「あ、ちょっ! ユウキッ」


 何やら小声で話していたかと思えば、ユウキと呼ばれる彼がそのセヴランを引っ張ってどこかへ行こうとしている所だった。ユウキとやらには、男がすぐそばの柱に隠れていることは気づかれていない。


 少しばかり嫌な予感がした男は、こっそりとユウキ達のあとをつける事にした。

 彼らが身を滑り込ませたのは、大きな会議室の一つだった。施錠ができる部屋ではあるが、そうすると使用者の確認が行われることになる。


 だからだろう。彼らは施錠もせず、会議室の奥にあるカーテンで仕切る事のできる一画へと入って行った。

 立て続けの会議で泊まり込む宮廷人も多い。彼らの為、仮眠室や身支度部屋が備え付けてあるのだ。そこへ、二人はコソコソと入って行った。男は訝りながら、静かにその部屋の方へと足を向けた。


「ユウキ、いい加減にしろ」


 怒ったようなセヴランの声が聞こえる。男は少しばかりドキドキと胸を弾ませながら、二人の会話に耳を澄ませた。


「いい加減にするのはあの男だろ。チカゲにあんな事して……」

「ッ!」

「なんでチカゲはあんなのに従ってるの? チカゲくらいすごい力があれば、あんな男から逃げるのだって本当はできるんじゃないの?」

「……」

「本当にチカゲの事を思うんなら、まずはその奴隷の印をどうにかするはずでしょ。なんであの男はなにもしないの? なんであんな酷いことをチカゲにするの? 本当にチカゲが大事なら――ッ」


 そこで突然、一方的に話していたユウキの言葉が途切れた。息を呑むような声が聞こえる。そして次に、男は信じられない声を聞いた。


「ユウキ、頼む。もう言わないで……俺がもう、駄目なんだ……」


 その声は震え、涙に濡れていた。


「そう、そうだよ、俺も全部知ってる。もう、これ以上は耐えられない……だから何も言わないで、俺に考えさせないで――ッ」


 その顔を手で覆っているのか、くぐもったような声だ。

 男はその衝撃に、その場から動く事が出来なかった。


「……ごめん俺、チカゲを泣かせたくて言った訳じゃ……」

「そんなの知ってる。だから余計に泣きたくなる……何も、言うな。全部、本当は何もかも忘れたい……忘れたくないけど、忘れたい」

「……」

「こんな変な世界なんてあるから俺は――」

「チカゲ、手ぇ退けて」

「なにす……んんッ!」


 男は固唾を呑んでそれを見守った。

 とは言っても、男が影に隠れているせいで二人の様子は見る事も叶わない。けれど聞こえるその音で、彼らが何をしているのかは想像がついた。


 ユウキがセヴランに口付けをしている。それも、とても長くて深いものだ。時折漏れ出る吐息のような声が、男の耳にも届いた。

 男は、内から込み上げてくる何かを自覚しながら、自分の口をその手で覆った。己の声が、外に漏れ出てしまわないように。


「ねぇチカゲ、全部忘れて俺と逃げない? 記憶消すヤツなら、多分俺も使える。俺だって魔力適性、少しはあるんだ。ここであった事は全部忘れてさ、二人でどっか行っちゃおうよ」

「なに、言って……」

「そしたら嫌な事全部忘れられるでしょ? でも今度は俺が居るから、チカゲはちゃんと言葉も理解できるし、魔力だってこんなにたくさんあるからすぐに元のように魔術も使える。俺が教える。他国の魔術師に頼んだっていい。こんな呪印だって今、俺の浄化の力で消して――」

「ッ待て!」

「……なに、何で? チカゲは何が嫌なの?」

「え……あ、……?」

「この心臓の呪印さえなければ、チカゲはあの男からもこの国からも解放される。好きに生きていいんだ。無かったことにできる。それじゃあダメなの?」


 それからしばらく、セヴランは黙り込んだ。

 男はそのやり取りを止める事も忘れ、二人の会話に聞き入ってしまった。自分の胸がまるで、締め付けられるような心地だった。


「嫌だ……」

「どうしてッ」

「エヴラールが、一人になってしまう」

「!」

「それは嫌だ。俺が側に居たい」


 またしてもその場に沈黙が走った。男はもう、盗み聞きに夢中だ。これは、この世で自分だけが知っている彼らの秘事。そう思うと興奮も一入(ひとしお)だった。そして――


「なんで……あんな目に合わされて」

「……ユウキには関係ない――ッ! まッ、何して!」

「チカゲ()()、何で俺よりあんな男を取るの? 俺だって、役に立ってたでしょ?」

「ッ! 待て、止めろッ」


 衣の擦れるような音と、微かに暴れる気配が男にも伝わってくる。咄嗟に止める事も考えたが、エヴラール王とユウキの事を思うと躊躇してしまう。


 こんな秘事を王が知ったら一体、ユウキはどうなってしまうか。そう思うと迂闊には動けなかった。ユウキは()()()の同郷だ。彼が死ぬことを望んでいるはずがない。

 男は、その場から動けなかった。

 

「チカゲさんがここの言葉を理解出来なかった時、俺の事を頼ってくれたじゃん」

「さん付けなんかしな――っ!」

「あんまり暴れて大きな声出すと、気付かれて俺が殺されちゃうかも。アイツに直接牽制されたし……俺以外、城のみんなは殺されちゃったし」

「ッ」

「それは、チカゲさんも嫌だよね? 俺だってチカゲさんと同じ被害者だし」

「!」

「俺もさ、この世界来てからかなり成長したと思うんだ。日本ではとっくに高校も卒業してる頃だろうし……ここに来て少し、剣術も習って鍛えたんだ。……多分、チカゲさんはもっと辛い事、させられてたんだろうけど」

「ッ最初、から――」

「そう。最初からそのつもりだった。俺多分さ、チカゲさんが好きでどうにかしてあげたいと思ってる。でも、さっき言った事以外俺には何もできない。今も、チカゲさんが消えたあの時だってそうだ。……このままだと俺、城を追い出されると思う。だからせめて、その前に――」

「ッ本気で、そんな事言って⁉」

「本気だよ。じゃなきゃこんな場所に連れて来たりしない。それに、あんなのは――」

「うっ、止めろ、いやだ、……やめて……」

「お願いだよチカゲさん。多分、ちゃんと会えるのもこれが最後だから。俺の事、少しは気にしてくれてただろ? だからせめて。お願い」

「……ッ――」

「チカゲさん、好きだよ」


 その瞬間、男もそしてチカゲもまた、その場で息を呑んだのだった。


 それからの事は、男もよくは覚えていなかった。何度も何度も、その時の光景が頭の中で繰り返し流れる。チカゲと呼ぶユウキの声も、泣きながら何かを堪えるチカゲの声も。




◇ ◇ ◇


 

 あの日から程なくして、ユウキは本人が言うように城から追放された。そしてそれ以来、()()()が彼との再会を果たすことはなかったという。


 男はあの日のことを報告しなかった。おそらく、そうでなければユウキの追放はもっと早まっていたはずだ。

 同郷だというあの二人の逢瀬が、これ以上に減らされるのを黙ってみてはおれなかった。知らず知らず、男は二人の関係を応援してしまったのである。


 一部始終を知る男は、去っていくユウキを眺める彼の姿を、遠目に見ていた。窓から外を眺め、名残惜しそうにしているその姿はどこか哀愁漂うものだったように思われた。彼の表情は全く変わらないはずなのに、何故だか男にはそれが理解できてしまった。

 

 男は、ユウキの追放と共に近衛騎士の任を降りた。

 国に忠誠を誓っておきながら、場内の異常すべてを報告せよという、王より与えられたその使命を全うしなかったのだ。簡単に情に流される者は、城内の護りを司る騎士として相応しくない。男はクソをつけたくなるほどの真面目な人間だった。


 荷物を抱えながら城から去るその日、男はふと城の上階を眺めた。そこにはあの時と同じ、()()()()の姿があった。ユウキの時と同じように、彼は男を見送っていた。


『ありがとう』


 彼の口がまるで、そのように動いた気がして。男はその場で目を見開いた。けれど次の瞬間には、セヴランは窓から離れて行ってしまって、その真偽のほどを確かめるすべはない。

 男はまさか、と首をひねりながらも、少しばかり心が軽くなったような気がしていた。


 そしてその日以来、男はますますセヴランに心酔していくのだった。

 これは誰にも知られてはいけない、その男だけの秘密のお話。



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