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コミカライズ(進行中込み)

恋心なんて、売り飛ばしてやりますわ!【コミカライズ決定!】

「こちらで"恋心"を買い取っていただけるとお聞きしました」


 はらはらと零れ落ちる涙を、美しい絹のハンカチで押さえながら、ひとりの令嬢が"(まじな)い屋"を訪れた。


「まずは、お話をお伺いしましょうか? その上で、買い取りのご相談を」


 柔らかな声で店主が応じる。


 店主は年若い男性だ。魔術師のローブを深くかぶっているが、声や体格、姿勢からそれと分かる。

 彼は穏やかな所作で、令嬢に椅子をすすめた。


「ご安心ください。秘密は絶対に守ります。声も外には漏れません。ここは、そういう術を施された店ですから」


「うっ……!」


 こらえきれないように、令嬢が嗚咽を漏らした。


「もう無理なのです……。わたくし、これ以上は耐えられなくて……!」


 ぽつり、ぽつりと細い声が事情を紡ぎ出す。


 令嬢の名はメルジーナ・アルゼット。アルゼット侯爵家のひとり娘。

 ペトリュス侯爵家の次男、アンリ・ペトリュスと婚約中であり、相手の心ない振る舞いに、深く傷ついていると打ち明け始めた。



     *

    *

   *



「アンリ様ってば、私が初恋だったっておっしゃるの」


 メルジーナが、アンリとデートの約束をしていた日。

 彼について来た小柄な少女は、屈託なくそう笑った。


 ヴィヴィアン・ベルサール男爵令嬢。光に透けて揺れる金髪が愛らしい、可憐な十六歳。

 メルジーナと同い年だが、ヴィヴィアンの方がずっと幼く見えるのは、華奢な体つきと、あどけない仕草や表情のせいだろう。


 春に王都に出てきて以来、必ずと言って良いほどアンリに同道してくる彼女は、彼の従妹(いとこ)だという。


()せよ、ヴィヴィアン。恥ずかしいだろう?」


 自分の隣に座った少女を咎めるではなく、嬉しそうに照れているアンリは、婚約相手が目の前にいるメルジーナだということを忘れているように見える。


(わたくしは、何を聞かせられているのかしら)


 カフェのテラスで、そっとカップに口をつけ、目だけでふたりの様子を追う。


 ヴィヴィアンは、アンリへのスキンシップが多い。

 アンリもまた、美味しいお菓子を彼女に勧めて、ふたりの世界を創っている。


(またこのパターンなのね)


 婚約者との逢瀬はいつも、メルジーナが(・・・・・・)空気となって終わる。

 ここ最近、ずっとそうだ。


 アンリと出会った頃は、そうではなかった。

 メルジーナは侯爵家の長女。同格のペトリュス家から、次男アンリを婿として迎えるため、両家は早いうちから婚約を結んだ。


 初めて顔を合わせた時、一歳(ひとつ)上の凛々しい少年にときめいた。淡い金髪、空色の瞳。幼いながらも貴族らしく整った顔立ちは、緊張している初々しさも好ましく、自分も固くなっていたメルジーナは、そんな彼の様子に心(ほぐ)れて、打ち解けた。


 その後もアンリは紳士的で、メルジーナを常に優しく気遣ってくれていたし、婚約者として大切にしてくれていた。

 メルジーナはアンリのことが大好きになり、将来は彼と結婚するのだと、胸を弾ませながら大人になる日を夢見て来たのだが。


 あと少しで成婚という段になって、長く領地で保養していた彼の従妹・ヴィヴィアンが王都に出てきてから、アンリとメルジーナの関係は一変してしまった。


「ヴィヴィアンの父……つまり叔父上から、気にかけてやって欲しいと頼まれたんだ。僕も病弱な彼女を放っておけないし、キミと()うことを話したら、ぜひ挨拶したいって。構わないよね?」


 承諾したのがいけなかった。

 以降、何かにつけ、ヴィヴィアンがついてくる。そしてアンリは、それを「よし」としている。


「彼女もお芝居を観たいというから」

「彼女はお祭りを見たことがないから」


 あれも、これも、それも。

 ヴィヴィアンの要望が一番に優先される。


 たまにヴィヴィアン抜きでアンリに会えたと思ったら、「突然倒れたらしい。すぐに戻らなきゃ。心細がって、僕を呼んでるんだ」

 メルジーナは待ち合わせ場所に取り残された。


 "ヴィヴィアン様の容態なんて知らないわ!

 わたくし達には関係のないことでしょう?!"


 そう叫べたら、どんなに胸のすくことか。


 けれどもそれでは人として冷たすぎるとも思うし、淑女として褒められた態度ではない。おかげでいつも、聞き分けてしまっていた。


 作り笑顔でアンリを送り出すと、後日、回復したヴィヴィアンからは、彼と過ごした時間を自慢げに語られる。

 その態度の端々から、いやらしい優越感が透けて見えた。


 アンリに対し、やんわりと苦言を呈したことはある。

 控えて欲しいと強く頼んだこともある。


「何を言ってるんだ。ヴィヴィアンは妹みたいなものだよ。不要な心配や勘繰りはやめて欲しい」

 婚約者からの答えは、自覚のないものだった。

 何度言っても全く取り合って貰えなかったので、状況は一向に変わらない。


(私ばかりが、苦しい気持ちを抱えてる……)


 そうこうするうちに、さらなる問題が起こった。

 久々にアンリに招かれ、心弾ませて彼の屋敷を訪れると、険しい顔でいきなり非難された。


「見損なったよ、メルジーナ嬢。キミがヴィヴィアンに嫌がらせをしていたなんて」

「お待ちください、アンリ様。突然、なんのお話でしょうか?」

「彼女を呼び出しておきながら、すっぽかしたとヴィヴィアンから聞いたぞ。彼女は身体が弱いのに、雨降る中、外でキミを待ち続け、熱を出して寝込んでしまった。可哀そうに……」


 初めて聞く話だった。


 ヴィヴィアンとふたりで会おうと持ち掛けたことなどない。

 アンリ抜きで、彼女と約束をする意味もない。


 けれどもアンリは、メルジーナの言葉に耳を貸さなかった。

 一方的に責め立てる。


「このところ調子が良いようだったから安心していたのに……。聞けばこういったことは、何度もあったそうだな。そして会うたびにキミはヴィヴィアンを罵り、"立場をわきまえろ"と脅していたとか。ヴィヴィアンが何度も倒れていたのは心痛で、その原因がまさかキミだったなんて、失望した」


 "もし今後もこんなことがあれば、キミとの婚約を見直す"。



 アンリの宣言に、絶望的な気持ちで帰路に就いた。


 以来、外出する気にもなれず、屋敷にこもっていると、偶然、メイドたちの噂話が聞こえて来た。

 なんでも、街に珍しい"(まじな)い屋"が開店したらしい。


 (まじな)い屋とは、主に魔術師が営むお店。

 国の許可の元、ちょっとした魔法を請け負ったり、魔道具を売る商いをしている。



「でね、そこのショーウィンドウには、すごくキラキラした飾りが並べてあるの。"これは何ですか?"って尋ねたら、"恋心"なのですって!」


 年若いメイドは、興奮した声で言った。


「まあ」

「本当?」


 メイドは仲間たちの反応に気を良くし、もったいぶって頷く。


「ええ。なんでも魔塔の魔術師様が、一時的に出店しているらしくて……。"恋心"を売買するなんて、ちょっとどうかと思うけど、面白そうじゃない? おかげで離婚寸前だった夫婦が円満になったり、従者と身分違いの恋に苦しんでいた貴婦人が、吹っ切れたりしたそうよ」

「へえ……不思議なお話ね」

「行ってみたいわ。どのあたりにあるお店なの?」



(恋心を売る? そんな魔法みたいなこと、できるわけないわ。でも、もし……アンリ様への恋心を手放せたら……。そうしたらわたくしは、この胸の痛みから解放される?)


 アンリからの扱いは酷すぎる。

 なのに縁を切ろうと言い出せないのは、いまだ彼を好きすぎる自分の心のせいだ。


(彼からの信用は失い、私も彼を信頼出来ないのに、未練ばかりに縛られてる。こんな恋はもう、終わりにしたい)


 メルジーナは、思い切ってメイドに声をかけた。 



  *

   *

    *



「そういった次第で、こちらに伺ったのですわ」


 ひとしきり泣き終えて、メルジーナは目元を(ぬぐ)っている。

 対面の店主は、気遣うように確認した。


「本当に"恋心"を売ってしまわれてよろしいのですか? この先、夫婦となった折、お困りになるのでは……?」


「ふふ、実は最後の賭けをしようと思いまして」

「賭け?」


「今日、この時間にわたくしがこちらに来ることは、アンリ様にお伝えしています。止めに来てくだされば、婚約を続行。来てくださらなかった場合は解消させていただくと、最終通告を出させていただきました」


「解消といっても、婚約は家同士の取り決めでは?」


 女性側からの拒否は難しい。

 けれどメルジーナは"問題ない"と頷いた。


「このことは父も了承済です。わたくしは父にとって大事なひとり娘。そのわたくしが辛い我慢をしてまで、他の女性を大切にする殿方を迎え入れることはない、と、そう賛同してくれたものですから」


 もともと、アンリの生家ペトリュス侯爵家とは領地が近く、年齢も丁度良いから、まとまった話だった。ゆえに婿が絶対にアンリでなくてはならない理由はない。


 さらに言えば、アルゼット侯爵は腹に据えかねていたのだ。アンリの態度に。

 ヴィヴィアンという娘を、本館に入れたアンリの父ペトリュス侯爵に。

 若い男女が同じ屋根の下に暮らせば、こうなる未来も想像出来ただろうに、なぜ別館をあてがわなかったのかと。


 なお、ペトリュス侯爵はヴィヴィアンの滞在先に別館を用意したつもりだったが、自身が不在の間に息子が勝手をして、ヴィヴィアンを引き入れたことは知らない。監督不行き届きという点では、間違いなく責められて然るべきであった。



 何度も約束を反故にされ、泣きながら帰宅する愛娘の姿にアルゼット侯爵は胸を痛め、それでも婚約を続けていたのは、メルジーナの気持ちがアンリに向いていたから。


 けれども気持ちがなくなれば、話は別だ。

 親としてメルジーナには、もっと幸せな恋と結婚をして貰いたいと願っていた。



「なるほど。──ではもうしばらく、ご婚約者を待ってみますか?」


 "売ってしまえば、同じ相手には二度とときめかなくなってしまいます。"


 付け加えた店主の言葉に、メルジーナはきっぱりと言い切った。


「いいえ。買い取ってください。わたくし、お店の扉を開けるまでに、その……、それなりの時間、待ちましたもので」


 確かに扉の外に長く人の気配があった。いまも彼女を待つ侍女や護衛が、店外に佇んでいることが判る。


 諦めの表情を見せるメルジーナに、店主は静かに応じた。


「承知しました。お買取りの金額は、このくらいになります」


 さらさらと流麗な筆致で、書面に金額が記される。メルジーナは驚いた。庶民だったら、ひと財産だ。


「こんなに?」

「お客様の恋は初恋のようですから、とても純度が高く貴重でして。また、婚約解消の場合は周囲の理解が得られず、家を出て人生をやり直される方もいらっしゃるので、応援として色をつけさせていただいております」


「わかりました。お願いします。どうすればよろしいのかしら」


「こちらの魔道具に手を乗せて、恋した相手を心に念じてください。"恋心"が玉の内側に落ちていきます。きっとお心が、軽くなるかと存じますよ」


 透き通った丸い玉を、店主が卓の上に置く。メルジーナはそっと両手を乗せた。


 表現できない切なさが、胸を走り抜ける。すると──。


 ポタッ。ポタリ。

 ポタリ。ポタリ。


 ひとつ、またひとつと雫が玉の中に現れ、伝い落ちて、中央で結晶のように結ばれていった。

 朝露よりも明るく、雪解けの水よりも煌めいたそれは、まるで宝石のようだ。


「これが……、恋心なのですね。なんと綺麗な──」


 言いかけて、ぎょっと言葉を飲んだ。

 澄んだ粒の中に混じり、黒く淀んだ何かが、共に絞り出されていく。


 胸がひりつくような、不吉な思いを覚えるソレ──。


「こ、これは?」


 慌てて顔を上げると、魔術師が真剣な表情で自分を見つめている。


「あなただったのですね、メルジーナ様。私の探し人は……。この黒い淀みは、魔女が仕込んだ呪いです」

「ま、魔女?」


 突然の単語に驚き、何度か目を(しばたた)かせた後、メルジーナの口からはひとつの名が、自然とこぼれ落ちた。


「……ジーク?」

(私はこの男性(ひと)を、知っている?)


 メルジーナの呟きに、魔術師が目を見張る。


「! 俺のことを、思い出していただけたのですか?」


 その表情が、メルジーナのあずかり知らぬ記憶と一致し、途端に、思い出が弾けた。

 彼と共にあったのは、遠い遠い昔。ここではない場所。そう、それは確か、水底の宮殿。


「えっ」


 メルジーナの中に、突然、前世の記憶が蘇る。

 人間(ひと)として生まれる前、水世界の王女として生を受けた記憶が。


 成長後、水の魔女にそそのかされ、"人間"への"恋心"を植え付けられた。

 決して報われることのないよう、悪質な"呪い"まで添えられて。


 恋心に振り回されるように地上に出た前世のメルジーナは、想いを遂げることが出来ず、身を投げ儚く泡と消えた。

 以来、彼女の魂は地上で転生を繰り返し、叶わぬ恋ばかりを重ねて、何度も苦しんできた。


 いま目の前にいる彼は、姿かたちこそ違えど、懐かしい水の国の同胞で……。


「あなたは()められたのです、メルジーナ様。王位継承戦に巻き込まれ、相手方の雇った魔女によって、自分とは縁遠い存在に惹かれる"魔法"をかけられてしまった。俺が気づいた時には、あなたは地上に出た後だった」


 悔しそうに、魔術師が言う。


 そう、彼は。

 水世界でずっと寄り添ってくれていた、前世の幼馴染。

 真実の恋が芽吹く前に、魔女はその行き先を捻じ曲げた。


 彼女を守り続けていた彼が、魔術師として遠征を命じられ、離れている隙に。

 王女であったメルジーナは、ライバルの策略で、水の国から追い払われたのだという。


 

「呪いから解放される手段は、魔女によって埋め込まれた偽りの"恋心"を出してしまうこと。そのために俺も地上に出て、転生を続けました」


 魔道具の玉を作り、いろんな国、いろんな時代、ひたすらにメルジーナを探し続けてきたという。


 メルジーナの頬に、ポロポロと涙が落ちる。


 アンリに裏切られて泣いた涙とは別の、まるで生まれ変わったような新しい涙。

 魔術師の声が、万感の思いで掠れている。


「やっと、あなたを見つけた──」


「ジーク……っ。私、ずっと忘れてて……」

「無理もありません。転生に記憶を伴えるのは、魔道の研鑽を積んだ魔術師くらいです。思い出していただけただけで有難く、奇跡に近い」

「私を探してくれていたのね。私のために」


 にっこりと微笑んだ魔術師に、メルジーナは心からの信頼と、強い安心感を抱いた。

(不思議だけど、"ようやく帰れた"という気持ちがする。私の居場所は、彼の隣──)



「さて、これであなたに掛けられた呪いは取り除けたはずです。それにもうアンリ殿を見ても、微塵も心が動かないと思いますよ」


 メルジーナから出た結晶をかたく封印し、魔術師ジークはフードを外した。


 魂で"彼"だと認識しているが、転生した今の彼は、メルジーナの記憶にある容姿とは違う。

 美形なのは変わらないが──。


「えっ、あっ、えっ。銀の髪? 王家の? ま、待って、ジーク。あなたの今世の名前は、何というの?」


 クスッと優しい笑みが答えた。


「いまの名前はジークフリード・ルークセルブ。魔術にかまけるこの国の第三王子です。いろいろとお力になれるはず。メルジーナ様、ぜひ俺を利用してください」


「……!」


 有能な第三王子が魔術に()け、若くして魔塔主だという話は耳にしていた。

 公の場に出ることが少なく、社交を避けていたらしいので、侯爵令嬢であるメルジーナも彼を見かけることはまずなかったのだが。


(街で"(まじな)い屋"を開いていたら、それは会わないわよね……)


 それもこれも、自分を探してくれるためで。


 メルジーナの頬は、いっきに真っ赤に染まりあがったのだった。





 ◇





「待ってくれ、メルジーナ嬢! 婚約破棄だなんて、どういうことだ?」

「破棄ではなく、解消です、アンリ様。どういうことも何も、きちんとお話し申し上げていたはずですが?」


「あっ、ああ。確か伝言を貰っていたが……。ヴィヴィアンに付き添っていたから、確認したのが翌日だったんだ」

「なら、仕方ありませんわね。どうぞこれからは心置きなく、ヴィヴィアン様に尽くして差し上げてください。わたくしにはもう、関係のないことですので」


「関係ないだなんて。つれない事を言わないでくれ。キミとの婚約が無くなれば、次男の僕は婿入り先を探さないといけなくなる。いまからでは良い条件なんて望めない」


 それこそ知ったことではない。


 ヴィヴィアンの実家、ベルサール男爵家にはすでに、後継ぎ息子がいる。

 何らかの作用で運よく婿入り出来たとしても、爵位が低い。

 今のように上位貴族の交流には参加出来なくなるし、何より衣食住すべてが格段に落ちる。

 今日のパーティーとて男爵家のヴィヴィアンには、入場資格すらない。


 そんな現実に、今更気づいたのだろう。


 どこまでも自分本位な言い分で縋って来るアンリは煩わしく、メルジーナは眉を顰めた。


(王宮のガーデンパーティーで、とんだ醜聞だわ)


 そろそろ人の目にもついてくる。

 不快気な彼女の表情に気づかないのか、気づかないフリをしているのか。アンリはメルジーナから離れない。


「キミは僕のことが好きだろう? 僕と結婚できなくなって平気なのか?」


「書面でもお伝えしたように、あなたへの"恋心"は売り飛ばしてしまいました。ですので、なんの未練も残っておりません」


「っつ! 買い戻してくれ」


 呆れた言葉に、ため息が出る。


「なんのために?」

「恋心がないと、キミだってこの先困るだろう?」


「まあ。勘違いなさってらっしゃるの? わたくしが手放したのは、()()()()()()()。湧き立つ気持ちがあれば、恋する気持ちはいつでも、いくらでも生まれ出るものです」


「なら、もう一度僕に──」

「あいにくと。わたくしはもう、新しい恋に生きております」


 アンリが伸ばしてきた手から、メルジーナが逃げた時だった。


「メルジーナ()、こちらでしたか」


 張りのある爽やかな声が、メルジーナの鬱屈とした気持ちを払う。


「ジークフリード殿下!」


 上気した頬で、嬉しそうにメルジーナは声の主を見る。


 格式ある正装姿で、第三王子ジークフリード・ルークセルブがエスコートの手を差し出した。

 アンリを振り切り、メルジーナはあっさりと彼に自身をゆだねる。


「もうすぐ、私たち(・・・)の婚約発表です。陛下も楽しみにされていますよ」


 メルジーナに向ける柔らかな眼差しとは一転、ジークフリードは厳しい声でアンリを見た。


「アンリ・ペトリュス侯爵令息。過去はどうあれ、メルジーナ嬢は現在、私の婚約者。過度な干渉は、互いの名誉を傷つけるだけです。ご理解いただけますね?」


 有無を言わさぬ貫禄は、到底成人し立ての若者とは思えない迫力で、アンリから言葉と動きを奪う。

 そのまま元婚約者を残し、ジークフリードとメルジーナは連れ立って去った。



 ジークフリード王子は近く、アルゼット侯爵家に婿入りするという。


 願ってもない大物の婿入りにアルゼット侯爵は大歓迎し、嬉しそうな娘の姿に大感激して情緒が忙しく、アンリの陳情など完全無視、という話は、貴族であれば誰しもが聞いた噂らしい。


 アンリが婚約者であるメルジーナを軽んじていたことは、貴族間では知られていたため、「それも当然だろう」と皆頷き合った。


 なお、その後。かろうじて末端の貴族籍を父から貰ったアンリは、「こんなはずではなかった」と始終こぼし、それが原因で妻ヴィヴィアンと喧嘩が絶えず、あげく別れたという話は……、特に語るほどのない部分である。




 お読みいただき有難うございました!


 前作のコメディ『竜のツガイは「じゃない方」』から一転。今度は…、今度はなんだろう。

 タイトルが先に浮かんでしまったので(笑)、書いたお話です。


 メルジーナの名前をルクセンブルクの人魚伝説から借りたがために、ファンタジーが入りましたヾ(*´∀`*)ノ内容は完全に別物。


 お気軽に楽しんでいただけましたら嬉しいです。

 なお、下の☆を★に色づけていただけると、大喜びして舞い踊ります。どうぞよろしくお願いします!!(≧∇≦)/

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