第八四話 血縁者
▽一五七一年四月、澄隆(十六歳)鳥羽城
奈々と妙の妊娠が分かり、家中は喜ぶ声が満ちている。
もし、男子が産まれれば、九鬼家にとって待望の俺の後継者候補だ。
約四年前、九鬼嘉隆と争った際、家中のほとんどが嘉隆側につき、その者たちを戦で打ち破ったため、今の俺には血縁者が極端に少ない。
俺は、奈々と妙が無事に出産するなら、男でも女でも気にしないが、家中は男子を望んでいる。
確かに、血縁者の少なさは、俺に何かあった場合のことを考えると、九鬼家の脆弱性にも繋がる。
これまでは、血縁者が少ないことで、俺は特にしがらみもなく、好き勝手に何でも実行できるメリットはあったが、俺の憑依がいつ解けるか分からない中、生まれてくる子供たちのためにも、信頼できる血縁者を増やす必要はあるだろうな……。
▽
花見をしてから、約三ヶ月後。
定期的に情報をくれる堺の商人、小西隆佐から、有名なチート武将の訃報が届いた。
毛利元就が、史実通り亡くなったようだ。
戦国時代の超有名人。
元就は、一代で毛利家を安芸国の小領主から中国地方の十カ国を支配する大大名家へと成長させたチート武将だ。
元就が家督を継いだ当時、中国地方は尼子家と大内家という大大名が勢力を競い合っていた。
元就は、策略や調略を用い、忍耐強く、この二つの勢力が隙を見せたり弱まるのを待ち、下克上を果たして中国地方の覇者となった。
裏切りや騙し討ちなど、腹黒いことをいっぱいやったが、戦国時代の名将の一人だと思う。
俺は歴史オタクとして、一度、会ってみたかった。
毛利家は、これから、当主が元就の孫の輝元、そして、輝元の叔父にあたる吉川元春と小早川隆景の二人が、毛利家を盛り立てていくことになる。
それで、吉川元春と小早川隆景の二人!
この二人もチート武将だ。
武勇に優れた吉川元春、元就の知略の才を受け継いだといわれる小早川隆景。
毛利元就が亡くなっても、毛利家は強い。
できれば毛利家とは争いたくはないな……。
まあ、今後の状況次第だな。
………………
それで、俺は、懸案となっていたダーク吉継の結婚について、動くことにした。
そのために、近郷を俺の部屋に呼んだ。
念のため、近習たちも下がらせ、二人だけになる。
「近郷、急な話だが近郷には四人、娘がいるだろう? 上の三人はそろそろ結婚適齢期だったな。それで、相談がある」
俺は、近郷に顔を近づける。
「大和国攻略で手柄を立てた大谷吉継、石田三成、小西行長と、近郷の三人の娘たちを結婚させたい」
「……そ、それは」
近郷は、驚いた顔をしている。
俺は、真剣な顔で、近郷の顔を覗き込む。
「近郷、どうかな?」
「す、澄隆様。どうしてか、考えを聞かせて頂いても?」
俺は、近郷の目を見ながら話し続ける。
「そうだな……。吉継も三成も行長も、これからの九鬼家を支えていく人材と期待している。この三人なら、近郷も安心して娘たちを託せると思ってな」
戦巧者や政巧者の数値が高い人材は、その人材に適した仕事を任せると成長速度が異常に早く感じる。
やはり、数値の高さが能力に影響しているのだろう。
吉継、三成、行長の三人も戦で様々な経験を積んだからか、驚くほど成長している。
この三人は、政巧者の数値も高く、九鬼家の支柱になりうる。
近郷の娘たちの嫁ぎ先としては最良だと思う。
そして理由はもう一つある。
俺は、もっと近郷に近づいて、低い声を出す。
「九鬼家の血縁者の少なさの改善もある。俺には血縁者が数えるぐらいしかいない……。近郷は、俺の大事な血縁者だ。近郷の娘たちと、吉継、三成、行長とが夫婦になることで、血縁者を増やせる。近郷の娘たちを利用するようで、すまないが、どうだろうか?」
近郷は、俺の傅役であり、親戚筋に当たる。
血縁関係としては、それほど近い訳ではないが、少しでも血縁者を増やしていきたい。
近郷は、じっと俺を見詰めている。
俺は、近郷の目を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと考えを伝えた。
「近郷……。俺が勢力を広げたことで、近郷の娘たちにも縁談がいろいろ来ているのは知っている。この乱世、他家に嫁がせることも重要だが、俺は九鬼家を支えることになる若者たちに、近郷の娘たちを嫁がせたい」
近郷は、腕を組んで目を瞑ると数秒間固まっていたが、フゥと息を吐いたあと、笑顔になった。
「澄隆様が儂と娘たちとのことを心から気遣ってくれていることは分かっておりますぞ。吉継も三成も行長も良い若者です……。喜んで、澄隆様のお考えに従いましょう」
俺は、ホッとした声で、近郷の肩に触れた。
「近郷、ありがとう。俺をこれからも支えてくれ」
近郷のステータスウィンドゥが空中に出る。
ステータスを見ると、戦巧者も政巧者も、ほぼカンストしている。
近郷には、ずっと苦労をかけたからな……。
年齢も、前世の俺より上になっている。
【ステータス機能】
[名前:九木浦近郷]
[年齢:49]
[戦巧者:49(51迄)]
[政巧者:45(50迄)]
[稀代者:伍]
[風雲氣:伍]
[天運氣:伍]
~武適正~
歩士術:伍
騎士術:伍
弓士術:参
銃士術:壱
船士術:伍
築士術:伍
策士術:参
忍士術:壱
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:絹の小袖(参等級)
腕:無し
腰:絹の袴(参等級)
脚:絹の足袋(参等級)
騎乗:無し
近郷へは、言葉に表せないぐらい感謝している。
近郷も、近郷の娘たちも幸せにしてやりたい。
俺も頑張ろう。
……それと、今回、行長の結婚を決める前に、風魔の紺を呼んだ。
高取城攻略以降、行長と紺が仲良く話す姿を何度も目にしたので、念のため、紺が行長をどう思っているか聞いてみた。
紺曰く、行長はかわいい弟にしか見えないとのこと……。
うん、行長は紺に気がありそうだったが、残念だったな。
行長は、近郷の三女と結婚させよう。
▽
夏の日差しが厳しい季節になった。
先日、大谷吉継、石田三成、小西行長と、近郷の三人の娘たちとの祝言が無事に終わった。
近郷の娘たちは、近郷に似ず、愛嬌のある可愛い顔をしている。
奥さん似で良かったな。
三人の祝言を同じ日に執り行い、家中で盛大にお祝いをした。
吉継のお供の不良五助、三成の両親、行長の親の小西隆佐とその妻など、関係する人達も出席してもらった。
祝言では、ダーク吉継は珍しく顔を上気させ、とんがり三成も涙ぐみ、おにぎり行長は慌てていた。
これからは、三人は、血縁者になる。
九鬼家のために、さらに力を尽くして欲しい。
▽
まだ、残暑厳しい中、俺が定期的な領内視察から帰ると、小西如清が待っていた。
「澄隆様、お疲れの所、申し訳ありませんが、至急、お伝えしたいことが……」
「如清、分かった」
俺はひとまず汗をかいた服の着替えを済ませると、評定部屋に向かった。
部屋に入ると、近郷と宗政もいる。
皆、表情が暗い。
九鬼問屋のことで、何か問題が起きたのか。
九鬼問屋は、二艘の中型の安宅船を改造した荷船に、澄み酒を始め、九鬼家の特産品、鳥羽港で作った干物などを積み込んで堺に運び、代わりに堺では、米や糠、灘目素麺、阿波蝋燭などを仕入れてくる商売が軌道に乗り、儲けをかなり出している。
如清絡みだと、その九鬼問屋のことだろうな。
俺は、上座にすわり、如清の方を見る。
「澄隆様、悪い報告でございます。九鬼海運の安宅船一艘が堺から戻る際、熊野灘で海賊に襲われました……。海賊は、あの一帯を支配する熊野衆です。安宅船は逃げることができましたが、護衛につけていた小早船三艘のうち、二艘が沈み、一艘が捕まりました。……護衛の国府大膳殿が乗っていた船は沈み、おそらく亡くなったと思われます」
なんと、熊野衆か。
紀伊国の最南端の勢力だな。
俺は、目を閉じて、日に焼けた国府大膳の顔を思い浮かべた。
いつも、はにかんだ笑顔で人に接する、優しい男だったな。
以前は、敵対していた地頭の一人だったが、降伏してからは良く従ってくれた。
心から冥福を祈る……。
「如清、九鬼問屋にとって、堺までの航路の安全が脅かされるのは、死活問題だ。今後も同じことが起きる可能性がある」
俺は、近郷、宗政、如清の顔を一人ずつ見ながら、宣言する。
「大膳の弔い合戦だ。みんな、今度は、熊野衆を討つぞ!」
「「「!? ははっ!!!」」」
次は紀伊国攻略だ。
お待ちかねの戦闘回は、次回からになります!
題名は、『百足大行進大作戦』です。
(題名をお知らせするのも久しぶりですね)




